人魚の国に入ります
小一時間程泳いでいただろうか、延々と続いていた海底にポツンと何かが見えた。
「見えてきたぜユキタカっち、あれが人魚の国だ」
「おお、あれがそうなのか」
鞄から遠眼鏡を取り出して覗き込むと、そこには巨大なサンゴ礁が映っていた。
長い海藻と岩が壁のようにそそり立ち、ナギサと同じような人魚たちが泳いで見える。
おお、あれが人魚の国か。すごく幻想的だな。
「ボクも見たいにゃ!」
そう言ってクロは俺の持つ遠眼鏡を強引に覗き込んできた。
「こら、危ないだろ」
「クロっちよう、そんな事をしなくても、もうすぐ着くから近くで見れるぜ」
「……あ、そういえばこんな姿じゃ街に入れてもらえないかもしれないな」
いくらなんでもこんな海底で人間なんて、不自然すぎる。
クロたちは使い魔で通じるだろうが、俺が人間の姿では目立ちすぎるだろう。
「せめて姿だけでも変えておくか」
鞄をゴソゴソと漁り、取り出したのは一本の杖だ。
これは『幻身の杖』。振るった者はその姿を思うように変えることが出来るという魔道具だ。
んー、たぶん人魚になるのが正解だよな。
ナギサを参考に自身の人魚姿をイメージして杖を振るう。
すると俺の両脚が巨大な魚の尾ひれへと変わっていく。
「にゃ! ユキタカの脚が魚になっていくにゃ!」
「まさしく人魚の姿なのだ」
「見た目だけ、だけどな」
この杖で変化した部分、見た目は魚だが感覚的にはいつもの自分と変わらない。
周りのカイルの生み出した泡も見えないだけで、ちゃんと存在している。
「ともあれこれで問題はないだろう。さ、行こうぜカイル」
「オッケーだぜ!」
元気よく返事すると、カイルはまっすぐ人魚の国へと向かっていく。
しばらくして、人魚の国に辿り着いた。
鎧兜を纏った人魚兵士がサンゴで出来た門を守っている。
「何者だ! そこで止まれ!」
兵士が俺たちを見て驚いたように声を上げる。
この姿でも警戒されてるみたいだ。姿を変えて来てよかったな。
人間の姿のままだったら即捕縛されててもおかしくはなかった。
「こんにちは。俺はユキタカと言います。こっちは使い魔のクロと雪だるま、そしてカイルです」
俺が紹介すると、皆一様に頭を下げた。
俺の姿は人魚に見えているはずだが、クロたちに関してはどうしようもない。
下半身が魚の猫や雪だるまとか、逆に不自然だからな。
「ほほう、それが猫という生き物か。地上の生物をこんな海底まで運ぶとは大した魔法使いのようですな」
「そちらの白い球体が雪だるま……ですかな? 雪の地方で時折見られると聞いたことがありますが……動くのですな」
兵士たちはクロと雪だるまに興味津々だ。
陸上生物は人魚からすればとても珍しいのだろう。
まぁ雪だるまは生き物と言っていいのかどうか不明だが。
「以前出会ったナギサという魔女にここを聞き、観光に訪れました。ぜひこの国を見てみたいのですが、入ってもよいですか?」
「おお、ナギサの知り合いでしたか」
「でしたら問題はありますまい。どうぞ中へ入るとよい」
兵士たちは事情を離すすんなりと構えていた槍を下ろし、道を空けてくれた。
「ありがとうございます。お世話になります」
頭を下げながら中に入ろうとすると、兵士たちが真面目な顔で俺を見ている事に気付く。
「あの、何か?」
「……実はこの国は今、少々困った事態になっていてな……十分な歓迎は出来ないかもしれないが、了承して欲しい」
「ここへ来る途中に見たかもしれないが、この辺りの海域では生物が異常なまでに巨大化しているのだ。おかげでこの国にも少なからず被害が出ている。気を付けるとよいだろう」
兵士たちは疲れた様子でため息を吐く。
言われてみれば門は傷だらけだ。
ここから見える建物もボロボロだし、人魚たちが建物を修繕しているのも見える。
「なるほど、大変なのですね」
「それとユキタカ殿、この国では他で使われているような貨幣は使えない。なので金を支払う際は、その前に代わりに労働をする旨を店主に話すと良いだろう。幸か不幸か巨大生物のおかげでいくらでも仕事はあるからな」
「わかりました」
そういう事なら仕方ない。
旅番組とかで、一宿一飯のお礼にそこで働く、なんてのもあったし、これもまた旅の楽しみの一つかもしれないな。
「わざわざ教えて下さってありがとうございます」
「いやいや、気にしないでくれ。ではごゆっくり」
道を開ける兵士たちに見送られ、俺たちは街の中へと入るのだった。
「おー! ここが人魚の国かぁー!」
門を潜った俺は、感嘆の声を上げる。
見渡すとそこかしこに石造りの建物が並んでおり、人魚たちが泳いでいた。
人魚と一口に言っても、鱗の色も違えば尾びれが二つに分かれていたり、背びれが長かったりと様々だ。
多分、人魚にも様々な種類があり、色んな国があるんだろうな。
余裕があったら行ってみたいところだ。
建物を見ていて気になったのが、入り口がそこかしこにあることだ。
水の中なら地面に面した場所に入り口を作る必要はないのだろう。
人魚たちはいろんな場所から出入りしている。
「なんとも幻想的な街だな」
「そこらにお魚が泳いでるにゃ! これならいつでもご飯が食べられるにゃ!」
そこらを泳ぐ魚を見て目を輝かせるクロ。
確かに、クロにとっては天国のような場所かもしれないな。
「おいおいクロっち、この国の人魚たちにとってここらの魚は人間にとっての犬猫みてぇなもんだからよ。勝手に食べたらダメだぜ」
「よく見れば魚と一緒に泳いでいるのだ」
「へぇー、ペットにしてるってことか」
フグなど一部の魚類はとても頭が良く、飼い主に懐くと聞いた事がある。
手のひらを差し出すと気持ちよさそうに乗ってくるとか、水槽に顔と近づけると寄ってくるとか。
水中では犬猫を飼うわけにはいかないだろうし、魚を飼っててもおかしくはないか。
他にもカニやカメ、クラゲなどを連れている人たちもいる。
よく見れば可愛い気もしてきた。
「てなわけでクロ、そこらにいる魚を食べちゃダメだぞ」
「うにゃっ!? た、食べないにゃ!」
そうは言っても目でチラチラと魚を追ってるぞ。
ここではクロをあまり空腹にさせない方が良さそうである。
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