海中は巨大生物だらけでした
カイルの泳ぐ速度は速く、手を振っているナギサの姿はどんどん小さくなっていく。
「そろそろ海へ潜るぜ、ユキタカっち」
「頼む」
カイルは一瞬身体を浮かせると、勢いよく水へと潜っていく。
ゴボゴボゴボゴボ、と水音が鳴り響く。
ゆっくり目を開けると、俺たちの全身は泡で覆われていた。
……うん、あんまり苦しくないな。空気は新鮮だし、海水も冷たくない。
「すごいにゃ! 面白いにゃ!」
「不思議な感覚なのだ」
クロと雪だるまの声も聞こえる。
どうやら会話も出来るようだ。
これなら不自由はなさそうだな。
「そうだ、水圧は大丈夫なのかな」
「水圧ってなんなのにゃ?」
「詳しくは知らないがあまり深くまで潜ると、身体がぺしゃって潰れるらしい。深海から釣り上げた魚の目玉や内臓が飛び出るように、肉体は急激な水圧の変化に耐えられないんだよ」
「お、恐ろしいにゃ……」
俺の答えに、クロはブルブル震えている。
まぁ知るわけないか。いくらクロでもこんな所に来た事はないだろうからな。
「それなら俺っちもよく知ってるから大丈夫だぜ。そうならねぇようにゆっくり潜っていくからよ」
そう言ってカイルはゆっくりと深度を下げていく。
潜り始めて最初は日の光が届く明るい海だったが、次第に暗く、泳ぐ魚も深海魚が多くなっていく。
「結構潜ったが、大丈夫かい? ユキタカっち。それにクロたちも」
「あぁ、問題ない」
耳鳴りも頭痛も特には感じない。
これも魔法のおかげだろうか。
「ボクもだにゃ!」
「自分もなのだ」
「オーケー、何かあったらすぐ言ってくれよな」
カイルはそう言って、潜航を再開する。
大体百メートルくらい潜っただろか。
ようやく海の底が見えてきた。
白い砂が辺り一面に広がり、時折砂の中では小さなカニが沢山動いている。
「おー、小さくて可愛いなぁ」
以前あの島でみたのと同じ、中々いかつい風貌だ。
そんな姿のまま小さいのが何とも可愛らしいじゃないか。
「ユキタカっちはカニが好きなのかい?」
「あぁ、食べるのも好きだけど見るのもな。カッコいいし」
トゲトゲしい赤いボディに鋭い脚。そして巨大なハサミ。
断言するがロボめいたその姿に心踊らない男子はいない。
「ちっちゃいカニは丸ごと食べれるからボクも大好きにゃ!」
クロが物欲しそうにカニたちを見ている。
ったく食い意地張ってるな。今食べたばかりだろお前は。
「やめとけクロ」
「うにゃん」
不満そうに鳴くクロの首根っこを押さえた。
小さいまま食べるよりは大きくなってからの方がいいだろう。
釣りでも小物は大きくなるのを期待して逃がすものである。
――ふと、辺りが暗くなる。
どうやら巨大な岩が日の光を遮っているようだ。
「ってこれ、岩じゃないぞ!?」
見上げればそこにいたのは五メートルくらいはあるだろう、巨大なカニであった。
カニはじっと俺たちを見下ろしている。
「にゃ! やるのかにゃ!?」
「……いや、攻撃の意思はなさそうだ」
カニはただ俺たちを眺めているだけに見える。
よく見れば足元には沢山の卵を抱えており、そこから子ガ二が孵っているようだ。
「どうやら孵化の最中のようなのだぜ。あそこでクロっちが子ガニを食べてたら襲われたかもな」
「ユキタカ殿が止めてくれたおかげで助かったのだ」
「にゃうん」
カニは動く気配はない。どうやら見逃してくれるらしい。
それにしてもでっかいカニだ。
島で見た巨大ガニのオブジェもあながち誇張ではなかったようである。
まるで手を振るようにハサミを左右に振る巨大ガニに見送られながら、俺たちは進む。
すると、いきなりクロが尻尾をぴょこんと上げた。
「にゃ! おっきな魚だにゃ!」
「おいおい、魚くらい珍しくないだろ……ってうおっ! デカっ!」
釣られるように視線を追うと、そこには巨大なサメがいた。
普通のサメの倍はありそうだ。
「フシュー……!」
サメはゴボゴボとエラから水泡を吐き出しながら、こちらを見ている。
いやいや慌てるな。サメは見た目に反して臆病な性格だと事がある。
やけに血走った目をしているが、意外と友好的かもしれないぞ。
「シャアアアアア!」
なんて甘い考えが通じるはずもなく、サメは歯を剥き出して襲いかかってきた。
「そっちから来るなら遠慮はしないにゃ!」
そう言ってクロの毛がブワッと逆立つ。
途端、サメの動きがピタリと止まる。
動こうと足掻くが、クロの魔力による檻はそう簡単に抜け出せるものではなさそうだ。
「おおっ、動きを止めたぜ。やるなクロっち」
「助かったよクロ。さんきゅーな」
「フフン、任せるにゃん!」
得意げに鼻を鳴らすクロの頭を撫でてやる。
「今のうちに距離を取るぜ」
憎々しげに俺たちを睨みつけるサメに背を向け、カイルが泳ぎ始める。
それにしても流石は異世界の海、色々な生物がいるんだな。
何よりデカい。他の魚たちも一回りくらい大きい気がするぞ。
「なぁカイル、海の生物ってのはあんなにデカいものなのか?」
「いや、あそこまでいねぇデカいのは中々お目にかかれねぇ。運が良かったなユキタカっち」
運がいいのか悪いのか。苦笑しながらも俺はいいと思う事にしておくことにした。
ともあれ、海は広い。
人魚の国に行けばもっとすごいものを見られるかもな。
俺は期待に胸を膨らませながら、カイルの背に掴まるのだった。




