さらば南の国
「ふぅー。食べたわぁー」
満足そうに腹を撫でるナギサ。
「うーん……もう入らないにゃあ……」
「とても美味しかったのだ」
「あぁ、すげぇ美味かったぜ。ユキタカっち」
三人もお腹いっぱいなようだ。
かなり作っていたはずなのに全部ペロッと食べちまうとは。
巻き寿司恐るべし。
「聞きしに勝る美味しさだったわ! ありがとうユキタカ、ごちそうさまでした」
「そりゃよかった」
ナギサはそう言って丁寧に手を合わせる。
「さて、こんな美味しいものをごちそうして貰ったのだから、お礼をしなきゃね。サラはあなたに魔法を授けたのよね。私もそれでいいかしら?」
「おおっ! それってもしかして……」
「私が授けるのは水の魔法よ。ユキタカ、手を出して」
言われるがまま右手を差し出すと、ナギサは俺の手と自分の手と重ね、目を閉じた。
青い髪がぶわっと浮き上がり、その手が眩く光り始める。
ナギサの手を通じて熱いものが流れ込んでくる感覚――
そして、次第に光が収まっていく。
ナギサはゆっくり目を開けると、微笑を浮かべた。
「……うん、ダメね」
ってなんじゃそりゃ!
思わずずっこけてしまう。
「いやー、あんたってば思った以上に魔法の才能ないのねぇ。結構魔力を注ぎ込んだんだけど、ピクリとも反応しないんだもの。驚いちゃった」
「悪いが筋金入りでね。マーリンも匙を投げたほどだ」
サラが俺に魔法を使わせられたのは、竜の血があったからだしな。
もしかしたらナギサにも……と思ったが普通に無理だった。
「ごめんごめん、私も案外いけるかもー? とか思っててさ。期待させちゃったわね。じゃあ代わりに加護をあげるから!」
そう言うとナギサはまた俺の手を取る。
が、また何も起こらなかった。
「……ってちょっと! なんでアンタこんなに加護が付いてるのよっ!」
「あー、そういえばこっちに来た時マーリンが俺に何かやってた気がする」
病気や怪我にならないよう、加護を与えるとかなんとか言ってたような……何の事かはわからなかったが。
「耐魔、耐病、魔物除け、身体強化に魔力強化に……幸運まで付いてるの!? しかも精霊の加護まであるじゃない!」
「それってすごいのか?」
「私の与えられる加護がないくらいにはね!」
俺が今まで困る事がなかったのはマーリンのおかげだったのかもな。
色々来てくれてたんだなぁ。感謝である。
「あぁもう、どうしようかしら……」
「気にする必要はないよ」
「いーえ、これだけの事をしてもらって何も返さないなんて、魔女としての沽券に関わるわ。……そうだ! 代わりと言っちゃあなんだけどさ、ユキタカの使い魔に私の魔法を使えるようにするわ。そこのイルカ、ちょっと手を貸しなさい」
「お、おい。ちょっと待てナギサ、カイルは――」
そう言ってナギサはカイルの前びれを取る。
カイルの身体が眩く光り、次第に収まっていく。
「はい、終わり! イルカ、あんた魔法を使えるようになったわよ」
ぱんぱんと手を叩くナギサ。
人の話を聞けよ全く……俺はため息を吐いた。
「……あのなナギサ、言っておくがカイルは俺の使い魔じゃないぞ」
「へ? そうなの? 一緒にいるからてっきり……」
「理由あって行動を共にしていただけだ。これが終わったら別れるつもりで――」
「――いや、俺っちは構わないぜ」
カイルがぽつりとつぶやいた。
熱っぽい目で真っ直ぐに俺を見つめ、言葉を続ける。
「ここ数日行動を共にして分かった。ユキタカっちは掛け値なしのいい男だ。こいつはまさに天啓。出来れば……いや、是非ともアンタと共に行きてぇ! なぁユキタカっち、よければ俺っちをアンタの使い魔に加えちゃくれねぇか!?」
カイルに真剣な言葉をぶつけられ、俺はたじろぐ。
そんな立派なもんじゃないんだがなぁ。
ちらりとクロと雪だるまの方を見ると、うんうんと頷いている。
「ボクはいいと思うにゃ」
「ユキタカ殿の良さがわかる者に悪い者はいないのだ。もちろん自分に異論はないのだ」
……むぅ、そこまで言うなら。
俺としてもカイルがそう言うなら、断る理由はない。
「わかったよ。カイル。俺の使い魔になってくれるか?」
「いいのかいユキタカっち!? ありがてぇ!」
これからの旅、海を行く事もあるだろう。
そんな時にカイルがあれば心強いかもしれないしな。
俺はカイルと握手を交わした。
光が輝き、俺の手にイルカの紋章が浮き出てくる。
契約完了だ。
「おー、なんかまとまったみたいねー」
「何人ごとみたいに言ってんだ。人の話を最後まで聞けよな」
「えへへ、ごめんごめん。でも水の魔法は中々面白いわよ? 泡を纏えば水中でも自在に行動できるからね」
「ってことは……俺たち水に潜れるのか?」
ナギサは俺の質問にこくり、と頷く。
おおっ、生身で水の中に入れるなんてすごいじゃないか。
ダイビングって、一度やってみたかったんだよな。
「ありがとう、ナギサ! 最高だよ!」
「ふふん。そうでしょうそうでしょう!それを踏まえて、最後にとっておきの情報教えてあげるわ」
ナギサは咳払いをすると、人差し指を立てて小声になる。
「……実はね、ここから北に真っ直ぐ進んだ深海の底には私たち人魚の国があるのよ。アンタのことは話を通しているからさ、遊びに行ってみるといいわ」
「人魚の国、か」
竜宮城のようなものだろうか。
何ともワクワクしてきたじゃないか。
「よーし、それじゃあ次の目的地は人魚の国に決定だ」
「にゃあ!」
クロは俺の肩に飛び乗ると、賛同するように手を挙げるのだった。
■■■
「おおっ、これが魔法ってやつか! 確かにこれを使えば海中でも呼吸出来るぜ!」
海水から顔を出すカイル、その顔面は泡で覆われていた。
食事を終えた俺たちは、一度島へ戻ってカイルの魔法を実験していた。
ヘルメスも回収しないといけないしな。
「ところでカイルはイルカなのに海の中で呼吸出来ないのかにゃ?」
「まぁ陸上生物よりはずっと長く潜ってられるけどな。ちょいちょい顔を上げて呼吸しなきゃなんねぇんだよ」
イルカは哺乳類だからな。
その頻度は高くないのだろうが、呼吸の為には海から出なければならないのだ。
でもよく考えたらおかしいよな。
「カイルは宙に浮いてるし、陸上生物とは違うのか?」
「俺たち空イルカはいわばトビウオみたいなもんよ。海中で危険を察知した時に空へ流れるのさ。……まぁ俺っちはただ気に入って浮いているだけなんだがよ」
「き、気分で浮けるものなのか……」
気合いでどうにかなるレベルを超えてる気がするぞ。
「空イルカの中でもカイルは生まれつき魔力が高いのね。だからこれだけ地上で活動出来るのよ。多分、無意識のうちに空気中の魔素を利用して泳いでいるのね」
「そういえば時々ひれを動かしてるな……」
よく見れば泳いでいる、ともとれる動きだ。
「ともあれよぅ、これなら水の中に潜れると思うぜ!」
「にゃ! 大丈夫だったにゃ!」
ちなみにクロは既に体験済み。
なら俺たちも水中に潜れるだろう。
「さ、背中に乗ってくれ! 目指すは人魚の国だぜ」
出発を前に、俺は立ち止まり待ちの方を振り返る。
南の国ザパン、色々あったが楽しい街だった。
思い出を振り返りながら、俺はやり残した事を思い出していた。
「悪いカイル、ちょっと待っててくれ」
「? おう、わかったぜ」
俺はカイルを待たせ、売店へと走る。
えーと……あったあった、これだ。
目当てのものを購入し、再び戻ってきた。
「なんだったんだぜ?」
「あぁ、こいつを買いに行ってたんだよ」
キラリと太陽の光に反射しているのは、『ようこそ、南の国ザパンへ』と刻まれたキーホルダーだった。
それをヘルメスのキーに取り付けた。
「国を訪れた記念だよ」
「へぇ、イカすじゃねぇか」
ヒュウ、と口笛を吹くカイル。
俺はクロと雪だるまと共に、カイルの背中に乗り込む。
「それじゃあユキタカ、楽しんでらっしゃいな」
「あぁ、ナギサも元気で」
ナギサに手を振り、南の国に別れを告げるのだった




