無事、受け継がれました
「にゃー♪ うにゃにゃー♪ にゃーにゃー♪ んにゃあー♪」
スケジュールは滞りなく進み、今はクロがにゃんにゃんと歌っていた。
観客のごく一部、審査員の数名が異常な声援を送り、周りはそれにドン引きしている。
「クロっちの歌、すげぇ人気だぜ……一部の連中の反応はナギサに負けるとも劣ってねぇ」
「ただ……その……なんというか、コアなのだ」
二人は半分呆れた様子で言う。
俺の予想通りというか、一部熱狂的ファンが出ているようだな。
……猫好き恐るべし。
「――聞いてくれてありがとにゃ!」
きゃああああああああああ! と、クロが頭を下げると共に黄色い歓声が上がる。
モテモテだな、クロの奴。水着美女たちの視線を独り占めである。
だがクロはそんな事を気にすることなく、ステージをひょいひょいと降りると俺の肩に乗った。
「ふぅ、楽しかったにゃ!」
「おつかれクロ」
なおクロの評価は真っ二つに割れ、3、2、10、3、10であった。
……まぁあの歌じゃまともな審査員は高得点を出せんわな。
現時点では総合点でナギサを上回っているものは一人もいない。
つまりナギサより得点を取れば優勝というわけだ。
「次は自分なのだ。行ってくるのだ」
「おう、頑張れよ!」
「がんばるにゃ!」
「雪だるまっち、ガッツだぜ!」
雪だるまは俺たちに親指(?)を立てて返し、ステージに上る。
渋い音と共に流れる古い民謡、雪だるまはコブシを聞かせて力強く歌う。
歌い終えた雪だるまの得点は、7、6、8、7、7、と参加者の平均くらいであった。
やはり夏の海に演歌は似合わないか。
「駄目だったのだ……」
「雪だるまは頑張ったにゃ!」
「そうだぜ、雪だるまっち。落ち込むことはねぇぜ!」
「あぁ、コブシの効いたいい歌だったよ」
「みんな、ありがとうなのだ……」
俺たちの激励に雪だるまは目を潤ませている。
相変わらず雪だるまの顔はどういう理屈で動いているのかよくわからん。
「ところでユキタカ殿、前から言っているそのコブシとは一体……?」
「あー……いや、まぁ気にしないでくれ」
そう言えば異世界だもんな。コブシを利かせるなんて概念はないか。
それでも自然にやっているんだからある意味すごい才能だ。
「さて、次は俺っちの番だぜ」
「おう、楽しんで来いよ」
「頑張るにゃ!」
「カイル殿、武運を!」
俺たちが親指(?)を立てると、カイルも同様に親指(?)を立てて返し、ステージに上る。
ていうかお前らの指はどこについてるんだよ。
「行くぜテメェら! 俺の歌を聞きやがれぇ!」
カイルの叫び声と共に、周りで水柱がどぱぁんと跳ね上がる。
噴水のように降り注ぐ水しぶきに、観客たちの悲鳴が上がった。
おおっ、あれは魔法だな。コンサートの花火みたいで面白い。
あぁいう使い方もあるんだな。
派手な演出に観客は驚いているようだ。
ただ、カイルの歌は微妙である。
練習を重ねたのは間違いないのだが、どこか自分勝手というか独りよがりになっているように思える。
そういえばマーリンの歌に近い。
マーリンも好き勝手、楽しみながら、ノリで歌っていたものだ。
だが元々の歌唱力のおかげでそれが独特な良さに繋がっている。
恐らくカイルはそれを参考にしたのだろう。
しかしあれは長年の歌い込みの賜物、文字通り年季が違いすぎて猿真似の域を出ていない。
どうしても声量と勢いで誤魔化している感がある。
観客の反応もイマイチ乗り切れていないようで、審査員たちもまた冷静な目でカイルを見ていた。
「――センキュウ!」
カイルが歌い終わると、ぱちぱちとまばらな拍手が起こる。
申し訳程度、って感じだ。
審査員たちは少ししてから手元の札を挙げた。
4、3、4、3、5と、得点は今までの参加者から比べて一回りも低かった。
もちろん最低点である。
……残念だが、やはり勢いでは誤魔化しきれなかったようだ。
カイルは一瞬ショックを受けたようだったが、すぐに観客に手を振りステージから降りてきた。
「カイル! さっきの水しぶき、すごかったにゃ!」
「見事な演出だったのだ」
「あぁ、かっこよかったぜ。カイル」
「へへ、ありがとよ……」
カイルはそう答えると、俺たちの出迎えをすり抜け背中を見せたまま止まった。
その背は震え、足元にはポタポタと水が落ちていた。
――泣いて、いた。
「……カイル? どうしたにゃ?」
「! クロ殿……!」
それを不思議に思ったクロが尋ねるが、気づいた雪だるまがすぐ止めに入る。
俺はカイルの後ろから声をかけた。
「……その、残念だったな」
「…………あぁ」
とだけ、短く答えるカイル。
俺の思ったことなど、本人が気づかぬはずがない。
これ以上何か言って追い打ちをかける必要は、ない。
「俺っちはよ、これでもすげぇ練習したんだぜ。俺っちの歌で誰かの心を揺さぶりたかった。ばあさんとの約束を果たしたかった……!」
――そのサングラスは返す必要ないよ。アンタの歌を聞いて感動した人にあげればいいさ。
そうマーリンはカイルに言った。
カイルはその為に頑張り、予選を突破した。
それで満足せず、本戦までずっと特訓していたのだ。
そのサングラスからは涙が零れ落ちていた。
「あのっ!」
いきなり、少年が声を上げた。
見知らぬ少年がカイルを見上げている。
「イルカさん! さっきの歌、すごくカッコよかったよ! 気持ちよくて、迫力あって、どこまででも飛んでいけそうで……俺、感動したっ!」
目をキラキラさせる少年を見て、カイルはぽかんと口を開ける。
蓼食う虫も好き好き、という言葉がある。
どんな歌でも意外と好きな人はいるものだ。
「よかったじゃないか、カイル」
俺は口元を緩めると、カイルの脇腹を肘でつついた。
カイルは戸惑った表情を見せた後、ギザギザの歯を見せ少年に笑いかける。
「……ありがとよ、少年」
「俺、歌下手なんだ。でもイルカさんみたいに歌えるようになるかな?」
「もちろんさ。……まぁ俺っちを超えるのは無理だろうけどな!」
「そんな事ないよ! 俺がんばるよ!」
「ハッ、言うじゃねぇか」
ガッツポーズをする少年。カイルはしゃがんで少年と目線を合わせる。
「……なぁ少年、いいものをやるぜ?」
「え? なになに?」
カイルはそう言ってサングラスを取る。
そのつぶらな瞳が露わになる。
カイルは少年にサングラスをかけた。
「わぁ。こんなの貰っていいの!?」
「あぁ、俺っちが心の師匠から貰った大切なモンだ。こいつをつけて練習すれば、いつか俺っちに並べる日も来るかもな。大事にしてくれよ」
「そ、そんな大事なものを貰っていいの……?」
驚く少年。カイルは少年の目を見て語りかける。
「構わねぇさ。少年、歌を上手くなって、いつかこの大会に出ろよ。そして少年の歌に感動したヤツがいたら、そいつに渡せばいい。そうやって受け継がれていったら最高だぜ」
「……うんっ!」
少年は満面の笑みで答えた。
どうやら無事、サングラスは受け渡されたようである。




