ナギサの歌姫
「みんな、待たせたな」
停滞した時の部屋を出て、雪だるまとカイルに声をかける。
俺の声を聞いた二人が驚愕に目を見開いた。
「ゆ、ユキタカ殿、その声は一体どうしたのだ? なんだかとっても良い声なのだ」
「あぁすげぇぜユキタカっち。そんな美声で歌ったらよう、渚の水着美女たちの視線を独り占めに出来ちゃうんじゃねーの?」
「冷やかすなよ。それよりカイル、お前はどうなんだ?」
「チッチッ、すっげぇ練習したからよ。言っておくが自信アリ、だぜ」
「そうか。お手柔らかにな」
どうやらカイルはかなり自信がありそうだ。声もよくなっている。
俺が休憩している時もずっと歌が聞こえていたからな。
だが俺だって自信はあるぜ。
念のための秘策もな。
「それより早く会場に行くにゃ」
「おっとそうだったな。急ごう」
前みたいなギリギリはごめんである。
社会人たるもの五分前集合は基本だ。
早歩きで会場へ向かうと、すごい人だかりが出来ていた。
「こりゃすごいな。人が多すぎてステージまでまっすぐ行けないぞ」
「ユキタカ殿、こっちからステージ裏へ向かうのだ」
雪だるまの指差す先には、合格者たちが集まっていた。
そこはロープで区切られており、観客が入らないようになっている。
俺たちは人ごみをかき分け、何とか目的の場所へと辿り着いた。
「ふー、間に合った……」
「何とかセーフだぜ」
係の人に通してもらうと、ロープで囲まれた中では参加者たちが集まっていた。
もちろんその中には青髪の少女、ナギサもいる。
ナギサは俺を見つけると、挑発的な笑みを浮かべた。
「あら、ちゃんと来たようね! 逃げ出すかと思ったわ!」
「んなわけないにゃ! ユキタカはギリギリまで練習してたのにゃ! 歌を聞いたらきっとびっくりするにゃ!」
俺の歌を聞いたわけでもないのに、クロはナギサに反論する。
おいおい、いきなりハードル上げるなよ。
それを聞いたナギサは楽しげな笑みを浮かべる。
「へぇーえ。それは楽しみ」
「ふふん、楽しみにするにゃ」
クロとナギサはバチバチと火花を散らしている。
場外戦はやめて欲しいものだ。
「ユキタカ! アンタも使い魔にばかり言わせてないで、何か言ったら?」
こっちにまで絡んできたので、パタパタと手を振って返す。
「あー、まぁ。せいぜいがんばるよ」
「……あら、少しはいい声になったのね」
俺の声を聞いたナギサは少し目を丸くした。
「ふーむ、随分声帯を苛め抜いたようね。以前とは別人だわ。一体どんな手品を使ったのかしら?」
「しいて言うなら……努力?」
もちろん魔道具あってこその、だがわざわざそれを言う必要はない。
それを聞いたナギサは不敵に笑う。
「……ふふっ、そうこなくっちゃやり甲斐がないってもんよ。それでも勝つのは私だけどね!」
と言って去っていく。
「ていうかあいつ、なんで俺に絡むんだ?」
「ユキタカっちに惚れてるんじゃねぇの?」
冷やかすカイルだがそんなはずはないだろう。
年齢差もありすぎるしな。
まぁ女心ってのはよくわからないし、あまり深く考えるのはやめておこう。
「えー、皆さまお待たせいたしました!」
そんなやり取りをしていると、ステージの方で声が上がる。
次いで、わあああああああ! という歓声も。
どうやら大会が始まったようである。
「それでは! 南国名物のど自慢大会、決勝戦を始めたいと思います! 皆様、厳しい予選を勝ち抜いてきた参加者を拍手でお迎えください! それではエントリーナンバー1番、ナギサさん、どうぞ!」
トップバッターはナギサか。てか1番って早いな。
ヘタしたら前日から受付に並んでいたのかもしれない。
そんな意識高い奴からしたら、俺みたいにギリギリで滑り込むようなのは気にくわないのかもなぁ。
ナギサはステージの上で大きく息を吸うと、歌い始めた。
「――――♪!」
良く響く声。空気が震えるような声量にもかかわらず、声質にブレは微塵もない。
確かに見事な声だ。その見事さに、観客たちも一瞬で心を奪われたようだ。
もちろん俺もである。渚の歌姫を自称するだけの事はある。
「す、すごい歌だにゃ……」
「これはとてつもない歌なのだ……」
「あぁ、あの時と同じ……マジで半端ねぇ歌声だぜ!」
三人も感嘆の声を上げている。
確かにすごい。だが、停滞した時の部屋でずっと歌の練習をしていた俺にはわかる。
あれはただ歌っているだけではない。
魔法だ。魔法でステージ周辺を空気の壁か何かで覆い、音を反響させているのだ。
音の反響効果は絶大で、風呂場などで歌うと本来よりも上手く聞こえるのである。
「つまり、魔法はアリなんだな」
審査員たちもナギサの魔法には特に口出しするつもりはないようだ。
これならあの手も使えるだろう。
しばらくすると歌が終わり、辺りは万雷の拍手で包まれた。
審査員たちが机に置いていた点数の書かれた棒を立てる。
得点は――9、10、10、9、10。
言うまでもなく高得点、観客たちがおおーと歓声を上げた。
「いやあ、相変わらず素晴らしい歌声でした。ありがとうございました」
「ふふ、どうも♪」
ナギサは得意げにスカートの裾を持ち上げると、ステージを降りていく。
そして俺をチラリと見て、どうかしら? とでも言わんばかりに微笑む。
確かにいい歌だった。
だが俺も簡単に負けてやるわけにはいかないぜ。
なんせ海苔がかかっているんでな。




