いい声になりました
というわけで俺たちはのど自慢大会で勝利すべく、停滞した時の部屋へ来ていた。
「中は真っ白にゃ!」
「雪景色のようなのだ」
「二人は中に入るの初めてか」
かくいう俺も数回しか入った事はないが。
何もない所だから面白くはないし、ここで過ごした時間分はしっかり歳を取るから損した気分になるのである。
時間に追われることもなかったし、こんなことでもなければ入ることはない。
「さて、明日の朝までをこちらの時間に換算すると、大会まであと十日くらいしかないはずだ。早速練習に入るぞ」
「にゃ!」
「なぁユキタカっち、またこいつを使うのかい?」
カイルが声録機を手にして問う。
「いや、声録機は使わない。代わりにこれを使うつもりだ」
そう言って鞄から取り出したのはプレハブ小屋のような巨大な四角い箱。
「これは歌部屋と言い、中にはマイクや音響器具が入っている。それで歌えば厳しく採点、指導して貰えるんだよ」
つまり小型カラオケボックスだ。
こちらの世界に来てからマーリンが歌好きだと知った俺は、カラオケボックスについて語り聞かせた。
マーリンはそれにすごく興味を持ち、俺に色々聴きながらこの魔道具を作り出したのである。
「なんだにゃ? それ」
「変な形の家なのだ」
「説明するより実際に使って見せた方が早い。中に入りな」
俺は歌部屋の扉を開け、中に入る。
中は全員が座れるようぐるりと椅子が設置されており、中央にはテーブル。壁にはテレビ。その上にリモコンが置かれている。
つまりまぁカラオケボックスを想像してくれればオーケーだ。
「なんかピカピカしてるにゃ」
「マーリンは凝り性だからなぁ」
もちろんミラーボールもある。
そんなところまで再現するなんて凝り性だよな。そうでなければ魔道具なんて作れないのかもしれない。
リモコンを操作すると、音楽が流れ始めてテレビに文字が浮かび上がる。
まさにカラオケだ。
「すげぇぜユキタカっち! こんな魔道具がこの世にあったんだなぁ!」
カイルが驚き声を上げる。
たしかに、これを初めて見た時は俺もびっくりした。
画面はガラスを薄く削り、その中に管を通して魔力の光をプログラムして走らせているとの事だ。
以前聞いたが、そもそも魔道具というのは魔力を電力の代わりに使っている機械のようなものらしい。
だから俺のいた世界の機械も再現しようと思えば出来るそうだ。
とはいえとんでもなく手間がかかるので、マーリンですらこれ一点しか作れなかった。
「画面に線が引かれているだろう? これが音程、それに合わせるように声を出せば、良い得点が出るんだ。これを使えばより効率的に歌が上手くなる」
「なんともすごいものなのだ」
「ユキタカっち、こんなもんがあるなら、なんでこっちを貸してくれなかったんだよ!」
「んー、こいつは使い方が複雑なんだよ」
歌部屋は声録機に比べるとかなり操作が複雑だ。
俺はともかく、機械に慣れてないカイルではまともに操作出来ないだろうしな。
流石に余計に歳を食うリスクを冒してまで、マンツーマンで付き合うほどお人好しではない。
「まぁいいや! よぉし、こいつで歌いまくるぜ!」
「おー! にゃ!」
ともあれ時間が惜しい。
俺たちは歌部屋の中で歌い始める。
音程に合わせながら歌うのは最初は慣れないようだったが、二、三日もすれば慣れてきて殆ど外さなくなってきた。
それでも80前半がせいぜいで、中々90点までは取れない。
「うにゃあ……飽きてきたにゃあ……」
「自分も疲れたのだ」
そこまで歌が好きでもないクロと雪だるまが挫折した。
「そろそろ外は明け方だろう。二人は外に出て時間までに俺たちを呼んでくれるか? カイルはどうする?」
「俺っちも残るぜ。だがユキタカっちの邪魔はしたくねぇからよ、ここを出て外でやるぜ。その採点するやつもいいけどよ、俺っちはもっと自由に、楽しく、好きに歌いてぇ。――自力でやる。出場の目的は達成したしな。あとはお互い頑張ろうぜ、ユキタカっち」
「――おう」
カイルはそう言うと、二人と共に歌部屋から出て行った。
しぃんとした空間だ。
今まで色々と騒がしかったし、集中するには丁度いいかもしれないな。
とりあえずあと三日くらいだろうか。
それまでひたすら歌うとするか。
……というわけで、俺は本格的に歌の練習をする事にした。
同じ歌をかけ続け、ミスったらやり直し。ミスったらやり直しをひたすら繰り返す。
喉が枯れたら万能薬を飲んで回復。
こういう無限の時間でひたすら特訓するってやつ、少年漫画とかでよく見るが実際やってみると案外心が折れるもんだな。
だが三日程度、頑張って見せるさ。
そして俺は歌いまくった。
疲れたら眠って、起きてはまた歌う。
寝起きは声が出にくいって事にその時気づいた。
割と虚無である。どんどん心が死んでいく気がする。
そういう時は無心だ。俺は無心で歌い続けた。
いつからか得点は徐々に上がり始め、85を超えるようになり、90台もちらほら出るようになり、90後半で安定し、そして。
「おおっ! つ、ついに出た……!」
画面に輝く100点の文字、パーフェクトだ。
やった。感動である。
「……この感覚を忘れないうちに、繰り返し歌って憶えないとな」
まだまだやれるぜ俺は。
というか俺自身、案外凝り性なのかもな。
人の事は言えないか、なんて苦笑しながらも、俺は練習を繰り返すのだった。
「ユキタカー! 時間だにゃー!」
丁度三日たった昼、クロが呼びに来たので応える。
「あぁ、久しぶりだな。クロ」
「にゃ!? ゆ、ユキタカ声がおかしいにゃ!?」
俺の声を聞くなり目を丸くするクロを見て、ぴょんと跳ねた。
「そうか? 普通だと思うが」
「絶対違うにゃ! いつものユキタカはもっとこう、ぼんやりした喋り方だにゃ! そんないい声してないにゃ!」
激しく抗議するクロ。
褒められてるのか貶されているのか、よくわからん。
だかどうやら声が鍛えられたのは確かなようである。
他に人がいないから普通に喋る事もないからな。
気づかぬうちに歌唱特化してしまったのかもしれない。
「あぁそうだ、カイルも呼ばないと」
「もうとっくに外へ出たにゃ! とにかく行くにゃ!」
「おう」
俺はいい声でそう答えるのだった。




