ちょっとやる気出て来ました
ずざざざざざざざざざ! と土煙を上げながら着地する。
エンジンを止めるとヘルメスは元の黒い車体に戻っていた。
ヘルメスの車体は魔力でコーティングされており、走行時は地面から少し浮いているわけだが、ある程度の高さから落下した場合はこれが緩衝材となり衝撃を吸収するのだ。
とまぁそういう機能自体は知っていたが……実際試すのはヒヤッとしたぜ。
一息ついていると、小さな影が空から近づいてくるのが見えた。
「ユキタカ、見つけたにゃ!」
「おう、クロか」
会場で俺を見つけて追ってきたのか、飛んできたクロが俺の頭に着地した。
「カイルは間に合ったにゃ! 今歌い始めてて、いい感じだにゃ!」
「ん、確かに耳を澄ませば聞こえるな」
微かにしか聞こえないが、それでも以前に比べると大分歌えていた。
カラオケの採点で80点は取れそうなレベルだ。あれなら合格できるかもしれないな。
「それより急ぐにゃユキタカ! 早く会場に行かないと参加できないにゃ!」
「俺はいいよ。間に合わないだろ」
「雪だるまがユキタカの分もお金払ってくれたにゃ! 今から急げば間に合うにゃ!」
俺の頭をたしたしと叩きながら、急かすクロ。
むぅ、そこまでやってくれていたのなら仕方ない。
「わかったよ。急ごう」
「にゃ! ボクに掴まるにゃ!」
言われるがまま手を取った瞬間、クロは俺を連れたまま空中へ舞い上がる。
「行くにゃ!」
そして風を切り、会場へとかっ飛んでいく。
到着した時、きんこんかんこんきんこんかんこん! と祝福するような鐘の音が鳴り響く。
どうやら丁度カイルの歌が終わったようだ。
司会の人がカイルに合格を言い渡していた。
「おおっ! カイルも合格したみたいにゃあ」
「『も』って事は、お前らも合格したのか?」
「もちろん、全員合格にゃ!」
得意げな顔で親指を立てるクロ。
「だからユキタカも頑張るにゃ!」
「……精一杯やってみるさ」
俺だけ落ちるのも恥ずかしいし、頑張らないとな。
地味にプレッシャーを感じつつ、ステージに上がる。
もう予選もほぼ終わりの時間だからか、観客はまばらで残っている人たちも既に帰る準備を始めている。
これなら気楽に歌えそうだな。
「それではエントリーナンバー199番、ユキタカさん!」
司会の人が合図を出すとともに、曲が流れ始める。
よく俺が歌っていた曲だ。
俺がクロたちに視線を送ると、雪だるまが頷いて返した。
どうやら雪だるまがリクエストをしてくれたらしい。
俺は感謝しつつ、歌い始める。
「~# ~♪」
うぐっ、思ったように声が出ない。
ステージの上では緊張しているようで、自分の声がやや上ずっているのがわかる。
出だしはミスったし、高音は出ないし、音程もちょいちょい外す。
……俺って本番に弱いタイプなんだよなぁ。
ちらりと横目で審査員を見ると、あまり印象はあまり良くなさそうだ。
まずい、このままでは不合格を食らってしまう。
落ち着け。心を整えろ。
丁度間奏に入ったその間に、中に浅く深呼吸をした。
そして再度、歌に戻る。
「~♪ ♪」
今度はちゃんとした声が出た。
声が伸びる心地よい感覚。
先刻まで厳しかった審査員の表情も和らいでいた。
そして――
きんこんかんこんきんこんかんこん! と、賑やかな鐘の音が鳴り響く。
「おめでとうございます! 合格です!」
司会の人が笑顔で祝福してくれた。
おおっ、何とか合格出来たか。
「ありがとうございます。嬉しいです」
「はい! 本戦は明日ですので送らずに来てくださいね」
司会の人に頭を下げ、ステージを降りていく。
ふぅ、緊張したぜ。
「ユキタカ! おめでとにゃ!」
「良い歌だったのだ」
「ナイスだぜユキタカっち。流石はばあさんの後継者だぜ」
クロと雪だるま、カイルが駆け寄ってくる。
「ありがとな。お前らも合格おめでとう」
「にゃ! 今日は宴にゃあ!」
「明日は本戦なんだから適度にな」
ワイワイ騒ぎながら歩く俺たちの前に、女の子が一人腕組みをしながら立ち塞がっている。
ふわふわな青い髪に鋭い視線。年齢は12、3歳くらいだろうか。
キツイ感じを受けるが、かなりの美少女である。
一体なんだろうと思いつつも、避けようと進路を変える。
だが女の子はひょこっと動いて、俺の前に立つ。
もう一度躱そうとするが、そうさせない。むぅ、なんなんだ一体。
「……何か用かな?」
俺が渋々尋ねると、女の子はずいと詰め寄ってきた。
「今の歌、あまり上手とは言えないわね」
「はぁ……」
いきなり何を言い出すかと思えば、まさかの駄目だしである。
呆れる俺に、少女は畳みかけるように続ける。
「かといって見込みなし、と言うわけでもないかな。こんな場所でアレンジなんてちょっとどうかと思ったけど、終わってみれば悪くはなかったと思うわ」
「はぁ……」
かと思えば誉めてくる。
いや、誉めているのか? とにかくよくわからない子である。
「まーでもやはり全体的に素人臭いわね。失敗も多かったし」
と思ったらまた叩いてきた。
少女はコロコロと表情を変えながら、俺の歌に評価してくる。
……一体何が言いたいのだろうか。
褒めたいのか貶したいのかよくわからん。
「なんにゃお前は! ユキタカを馬鹿にするのはユルさんにゃ!」
俺の肩に乗っていたクロが毛を逆て立て威嚇する。
雪だるまも俺の前に立ち、女性を睨みつけた。
「無礼者、名を名乗るのだ」
「ふっ、私はナギサ、歌姫ナギサと言えばこの街で知らない者はいないわよ」
長い髪をふぁさとなびかせるナギサ。
どこぞの強気なお嬢様みたいだな。
「あなた、ユキタカと言ったわね。少しは見所があるけど、私に勝つには十年早いわ! 明日の本戦では遊んであげるから、せいぜい楽しませなさい! おーっほほほほ!」
高笑いしながら去っていくナギサを、俺たちは茫然と見送るのだった。
「なんだったんだ一体……」
「自分にはわかるのだ。あの女の子はユキタカ殿をライバルと認めたのだ」
うんうんと頷く雪だるま。
「ユキタカ、あの子をぎゃふんと言わせてやるにゃ!」
「……いや、そいつは難しいかもしれねぇな」
カイルが腕組みをしながら呟く。
「以前ここでやってた大会であの子の歌を聞いたけどよ、マジ半端ねぇ歌声だったぜ。伝説の人魚の歌でも聞いているかのようだった。単純な歌唱力ならばあさんより上かもしれねぇ。なんせ去年の優勝者らしいぜ」
ってことはさっきの言葉は本当なのか。
エンジョイ勢の俺が勝てる相手ではないな。
「そうだユキタカっち! 停滞した時の部屋を使えばいいんじゃないのかい? 俺でもあれだけ歌が上手くなったんだ、ユキタカっちがあの部屋でマジに特訓すれば勝てるかもしれねぇぜ!」
「うーん、そこまでするのもなぁ……」
今から入れば一か月くらいは特訓できる計算になるが、その為に練習するモチベーションははっきり言ってない。
何かいいものでも貰えるとかならあるいは……なんてことを考えていると、ふと大会の賞品が目に入る。
優勝は金貨百枚、金は別にあるしなぁ……そんな事を考えながらふと視線を下にやると、副賞の海苔一年分に目が止まった。
「うおっ! まじか! 海苔一年分だってよ!」
今までこの世界を旅してきたが、海苔を見たのは初めてだ。
この間作った塩むすびも、ただ握っただけなので物足りなさを感じていた。
ここの市場にはあるかと思って探していたのだがなかったし……この世界には存在しないと思っていたぜ。
「海苔……」
「ってなんなのだ?」
「初めて聞くぜ」
三人は一様に首を傾げている。
という事はやはり珍しいものなのだろう。
そして中々手に入らない高級品なんだろうな。
是非ゲットせねばならない。
よし、少しはやる気が出てきたぞ。
大会に優勝して海苔をゲットしてみせるぜ。




