大会は始まってました
俺たちは女将に礼を言って旅館を後にする。
島は今は閑散としており皆暇そうにしているが、カイルは歌を止めたしそのうちまた観光客が訪れて忙しくなるだろう。
女将さんがいい噂を流してくれと言ってたし、今日は本島へ戻ってみるか。
「ユキタカ、のど自慢大会の会場を見に行ってみるにゃ!」
「おお、そうだな」
一応下見くらいはしておいた方がいいだろうな。
というわけで俺たちは島を出て、本島へと向かう。
――結論から言うと、大会の開かれる場所はすぐにわかった。
何故なら大量の人が集まっていたからだ。
何故ならもう予選が始まっていたからだ。
「~♪ ~~♪ ~~~♪」
歌の途中、カーンと鐘が一つなり、ステージにいた老人がとぼとぼと帰っていった。
まずい、まさかもう予選が始まっていたとは。
どこで受付をすれば……きょろきょろと辺りを探していると、見つけた。
受付と書かれたテーブル。そこにおじさんが暇そうにあくびしながら座っている。
「すみません! 今から参加したいんですが間に合いますか!?」
「お、おぉ……びっくりしたね。飛び入り参加かい? 今いる人たちが全員歌い終えるまでは終わらないから、大丈夫だよ」
そう言っておじさんはステージの裏側を指差す。
そこにはスタッフらしき人の後ろに、五人ほど並んでいた。
ってもう五人しかいないのかよ!
一人三分と計算しても、たった一五分しかないじゃないか。
「クロ、雪だるま、今から列に並んでくれ。俺はカイルを呼んでくる!」
「わかったにゃ!」
「任せるのだ」
よし、これで少しは時間が稼げるはずだ。
と言っても増えた時間は二人分、ギリギリ間に合うかどうかも怪しい。
「おじさん、こいつらと今から呼んでくるイルカ、合わせて三人分金を払っておきますので、くれぐれもよろしくお願いします」
「い、イルカかい? そりゃ構わないけどよ……間に合うのかい? もう終わりだよ」
「必ず間に合わせますのでどうか」
「お、おう……だが間に合わなかったら知らねえぞ。特別扱いは出来ないからな。遅れたら駄目だぞ」
「もちろんです。では!」
俺は三人分の参加費を払い、すぐにヘルメスの元へ走る。
「速攻で戻らないとな……!」
こういう時こそこいつの出番だ。
火の魔法をヘルメスに注ぎ込むと、車体が真っ赤に染まっていく。
即ち、ヘルメス=ニトロである。
座席に跨りアクセルを回すと、ガオン! と爆音が響いた。
どおおおおおおおおん! と爆発するように弾かれたヘルメス=ニトロは、海を飛ぶように走り小島へと向かっていき、あっという間に停滞した時の部屋がある砂浜へと到着した。
砂浜に長々とカーブ痕を刻みながら、迷彩スプレーにより作られた岩を吹き飛ばした。
砂煙が晴れると、大きなコテージが姿を現わす。
「あと十分!」
扉を開けて中に入ると、真っ白な空間が地平線の向こうまで広がっていた。
中は空間が歪んでおり、外から見た以上に広いのだ。
すぐ脇にある巨大砂時計を回るように螺旋階段が設置されており、その上が個室になっている。
「カイル! いるか!? おい!」
階段を上りながら声を上げるが、返事は聞こえない。
というか歌も聞こえない。何やってんだあいつ。
階段を登り切り、扉を開けるとカイルがぐーぐーと寝息を立てていた。
どうやら睡眠中だったようである。
「カイル! 起きろ!」
「んが……おう、ユキタカっちじゃねぇか。どうしたんだぜ? 俺っちの修行の成果を聴きたくなったのかい?」
「そんな場合じゃない! もう予選始まってるぞ!」
「何ィ!? ど、どういうことだいユキタカっち!?」
「話は行きながら話す。いいから来い!」
「わかったぜ!」
カイルを連れ出し、振り落とされないようヘルメスの後部席に括り付ける。
「いでっ! いでえよユキタカっち!?」
「しっかり掴まっていろ」
ちらりと時計を見るが、もう既に一五分経っている。
クロと雪だるまで長引かせた分を考えてもギリギリだ。
俺はカイルの身体をぎゅっと縛ると、アクセルを全開に回した。
排気筒なら炎が吹き出し、凄まじいGと共に一気に加速する。
「んぎゃーーーっ!し、死ぬぅーーーっ!?」
「が、我慢……し、ろ……っ!」
何とか目を開けると、向こう岸が見えてきた。
だが止まって走っていけば間に合わないかもしれない。
俺はブレーキをかけるのを止め、逆にアクセルを回した。
「ゆ、ユキタカっちー!? 何をするつもりなんだぜーっ!?」
「――飛ぶ」
「とととと、と、飛ぶ!?」
慌てるカイルに構わず更にアクセルを回す。
エンジンがフル回転し、唸りを上げている。
狙うは……あそこだ。海岸へと押し寄せる高波へとハンドルを切る。
高速で突っ込んでいくヘルメス=ニトロは狙い通りに波を捉え、飛んだ。
「ぎゃあああーーーっ!?」
空高く飛んだヘルメス=ニトロは砂浜を超え、人混みを超え、ステージの丁度真上へと辿り着く。
ステージの上では雪だるまが頭を下げていた。丁度終わったところのようである。よし、ギリギリセーフ。
俺はロープを解き、カイルを離した。
「じゃあカイル、頑張れよ!」
「うおぉーーーっ!? わ、わかったぜーーーっ!」
落ちていくカイルに、俺は親指を立てて見送るのだった。




