のど自慢大会に出るようです
「つまりカイルは三日後に控えたのど自慢大会に出場する為に練習していた、と……」
「あぁそうさ。静かな夜の海は正確に歌の強弱や音程を確認するのに丁度いいんだぜ」
カイルは大マジな顔で言っている。
しかしのど自慢大会て……なんだかいきなり俗っぽくなったな。
「しかし大会に出る為に練習するのはいいと思うけどよ、夜な夜なってのはやりすぎだろう。島の人たちから苦情が出てるんだぞ。それとも余程の事情があるのか?」
俺の問いにカイルは神妙な顔をして頷く。
「一年前、偶然この辺りを通りかかった俺っちは砂浜から聞こえてくる歌に尾びれを止めた。海面から顔を出すとそこでは色々な人たちが歌っていてよ、それがのど自慢大会だったのさ。特に一人のばあさんがとんでもなく上手かった! その素晴らしい歌声に俺っちはすっかり聞き惚れ、魅了されちまったんだぜ!」
ばあさん? はて何か気になる単語が出てきたぞ。
首を傾げる俺に構わず、カイルは興奮した様子で続ける。
「大会が終わって俺っちはそのばあさんに会いに行ったのさ。すげぇよかったぜって言いにな。そしたらばあさん、応援ありがとね、ひっひっ。と言ってこのサングラスをくれたんだ。恐れ多くて頂けねぇって言ったんだが、ならあんた、来年の大会に参加しなよ。そしてそのサングラスはあんたの歌に感動した人にあげりゃいいさ。その人もそうなりゃ最高だ。色んな歌好きたちの間を渡り歩くサングラス、素敵じゃないか。って言われたのさ。確かにと思った! だから俺っちも今年は大会に参加して、俺の歌に感動してくれた人にこのサングラスを渡すんだぜ!」
ん、ちょっと待て。
その口調、どこかで聞き憶えがあるぞ。
しかもあのサングラスにも見覚えがある。
「……なぁカイル、そのばあさんってマーリンって名前じゃなかったか?」
「おう、そういえばそんな名前だったぜ」
……やっぱりそうか。
あのサングラス、そしてこのビーチ、見覚えがあると思っていたが、以前マーリンの家で見た絵だ。
マーリンは旅行先で時々自画像を描いてたらしいからな。
まさかここに繋がるとは思わなかったが。
「のど自慢大会! そう言えばマーリンが出てたにゃ!」
クロはようやく思い出したのか、目を丸くして首を持ち上げた。
いや、お前は流石に憶えていろよ。
「なんだよユキタカっち、あのばあさんの知り合いなのかい?」
「ユキタカはマーリンの後継者なのにゃ!」
「何ぃ!? そ、そうなのかいっ!?」
驚くカイル。俺もびっくりだよ。
まさかマーリンの知り合いにイルカがいたとは思わなかった。
「そうとは知らず無礼な態度を取って悪かったぜ。ばあさんは元気してるかい?」
「それは――」
かくかくしかじか、俺はカイルにマーリンについて一部始終を話した。
「……そうか、あのばあさん死んじまったのか……本当に残念だぜ」
「ありがとよ。カイルにサングラスを大事にしてもらえて、マーリンもあの世で喜んでるさ」
しかしマーリンは本当に知り合いが多いな。
イルカにまでこんなに慕われているとは、大したもんだよ。
そんな事を考えていると、浮遊していたカイルが地面に降り立った。
「……あのよ、ユキタカっち!」
いきなり大きな声を上げると、カイルは勢いよく頭を下げてきた。
「ばあさんの後継者を見込んで頼みがある! 俺をのど自慢大会に出場できるようにしてくれねぇか!?」
いきなり何を言い出すんだこのイルカ。
「大会くらい普通に参加すればいいじゃないか。誰でも出られるんだろう?」
「いや、駄目なんだ。大会参加者は毎年とんでもなく多くてよ、実力の低い者は予選で落とされちまうんだ。そして悔しいが今の俺の実力じゃ、予選突破はままならねぇ……! 頼む! あのばあさんの後継者であるユキタカっちにしか頼めねぇんだ! この通り!」
カイルは何度も頭を下げてくる。
もしかして俺を歌の後継者とでも思ってるんじゃないだろうな。
俺もカラオケはそれなりに好きだが、人に教えられるようなレベルではないぞ。
「ユキタカ殿、どうにかならないのだ?」
「ちょっと可哀想だにゃ」
「うーん、そうだなぁ……」
とはいえこれだけ一生懸命に頼むカイルを見捨てるのも、悪い気がするな。
かと言って安請け合いするのもなぁ……そうだ。アレを使えば何とかなるかもしれない。
「わかったよ。顔を上げてくれカイル。俺にどこまで出来るかは分からないが、手を貸そうじゃないか」
「ユキタカっち……ありがてぇ!」
妙案を思いついた俺は、カイルの手を取り立ち上がらせる。
そのサングラスの下からは涙が溢れていた。
「さて、歌についてだが……基本的には音程や強弱を付けるだけでもかなりマシになるはずだ。それには手本となる曲を聴き、それに真似るように歌う……その繰り返しが手っ取り早い」
歌に限らずだが、芸というのは上手い人を真似るのが一番上達が早い。
例えば絵だってそうだ。模写をすれば誰でもそこそこ上手くなる。
小学校の時に漢字の書き取りをしなかった人はいないだろう。
目で見て耳で聞き、手を動かす。
これ以上の方法はない。
「なるほど、俺っちは手本もうろ覚えでただひたすら自己流で歌ってたから……」
「それじゃいつまでたっても上手くはならないだろうな」
よほど才能があれば別だが、それなら俺に教えを請わずとも勝手に上手くなっているだろう。
「でも手本なんてどうするのだ? 何かツテでも?」
「そんなのないさ。だから最初は俺も断ろうとした。だが思い出したんだよ。……こいつをな」
そう言って鞄の中から取り出したのは、一本のマイクだ。
「こいつは声録機。名の通り声を録音するものだ。マーリンとはこれでよく歌ってた」
つまりは自宅用カラオケセットとでもいうべき魔道具なのである。
音も流れるし、それで歌う事も出来る優れものだ。
こんなものを自力で作るなんて、マーリンの歌好きにも困ったものだ。
「思い出したにゃ! そういえば一時期、メチャメチャハマってたにゃ!」
クロが思い出したかのように手を叩く。
俺もカラオケは嫌いじゃないが、一人でやる程ではないしもう二度と使う事はないと思っていたが……まさかこんなところで役立つとはな。
「なんだいそりゃあ? そいつから手本の歌が流れるのかい?」
「あぁ、使って見せた方が早いだろう。……ぽちっとな」
声録機を押すと、盛り上げるような伴奏音が流れ始める。続いてマーリンの歌声も。
「おおっ! あのばあさんの声だぜ!」
マーリンの生き生き、のびのび、はつらつとした声が辺りに響き渡る。
「懐かしいにゃあ……」
「――だな」
まだ元気だった頃のマーリンの声に、クロは目を閉じ感じ入っている。
全くだ。俺も同様に懐かしい声に耳を傾けていた。
「ふむ、これがあのマーリン殿の……確かに心に残る良い声なのだ」
「なるほど……こいつを真似れば確かに上手くなれそうだぜ! ありがてぇ!」
「……いや、これだけじゃダメだな。圧倒的に時間が足りない」
いくらなんでも三日じゃ限度がある。
カイルの今の歌からして、少しマシになった程度じゃとても出場は無理だろう。
「そこでもう一つ、こいつを使う」
鞄から取り出したのは小さな家ほどもある、大きなコテージだ。
「ユキタカっち、こりゃあ一体何なんだぜ?」
「これは停滞した時の部屋と言う。この部屋の中では時間の流れが異なり、こちらでの一日が部屋の中では一ヶ月になるんだよ」
「なんと! ……ってことはこの中に入れば三日で三ヶ月練習出来るのかい!?」
「あぁ。水と食料など、生活に必要なものは入っているから安心してくれ」
「ひゃっほう! そういう事なら早速中に入るぜ!」
「あーちょっと待て、こいつを持ってけ!」
慌てて中に入ろうとするカイルを止め、マーリンの遺してくれた説明書を貸し与える。
使い方がわからないとどうしようもないだろう。
「一応迎えにはいくが、ちゃんと日付は数えて準備しておけよ」
「わかってるって! 恩に着るぜユキタカっち! この礼は必ずするからな!」
そう言って、カイルは中に入っていった。
……大丈夫だろうか。まぁ手本とやる気、そして時間があるのだ。
一人で何とかするだろう。




