人魚の正体はイルカでした
「ほら見ろよクロ。言った通りお化けじゃなかっただろ?」
俺は切り取られた水の中を泳ぎ回るイルカを指差し、クロに言った。
クロは恐る恐るそれを見て、ようやくお化けではないと認識したようである。
「……ほんとだにゃ。お化けでも人魚でもないにゃ」
「イルカなのだ。しかし何故イルカが歌を……?」
雪だるまの言う通り、謎である。
イルカの鳴き声が人の歌に聞こえるというのは昔からある話だが……首を傾げているとイルカが水から脱出しようと泳ぎ出す。
だが途中で弾かれ、水中へと戻ってしまう。
「ふふーん、無駄にゃ! 超強力な魔力壁で閉じているにゃ。フツーのイルカには破れないにゃ!」
得意げに俺を見上げるクロ。
うーんこのドヤ顔。
お化けではないと分かった途端、強気である。
「二人とも、あれを見るのだ!」
雪だるまの声に見上げると、イルカは諦めず何度も体当たりをしている。
どん、どんという衝撃音と共にひび割れるような音が聞こえてくる。
おいおい、やばいんじゃないのか? なんて思っていたその時である。
ばきぃぃぃん! と鋭い音がして、イルカが魔力の壁を破り外へ飛び出した。
「にゃーーーっ! ぼ、ボクの魔力壁がぁーーーっ!?」
先刻までのドヤ顔はどこへやら、大口を開き驚愕の声を上げるクロ。
イルカはそのまま海に帰る――かと思いきや、空中でぴたりと止まる。
「ぷはっ! やっと出られたぜ! おいおいアンタら、いきなり閉じ込めるなんてひどいぜ!」
そして、俺たちを見下ろし声を上げてきた。
ピンクの身体にサングラス、そして浮いている上に喋っている。
なんというか、突っ込みどころ満載なイルカである。
「い、イルカが喋ったにゃ!」
「しかも浮いているのだ。驚きなのだ!」
……いや、言っておくがお前らも大概だからな?
あのイルカも猫や雪だるまには驚かれたくないだろう。
異世界だし空を飛んで言葉をしゃべるイルカくらい、珍しくはない……のか?
おっとそうだ、こんな時はいい魔道具があったよな。
鞄を漁り、取り出したのは一枚のカードだ。
これはメモリカードと言い、この世界の生物の詳細が記憶されている図鑑のようなものである。
暇なときは眺めていても楽しいし、生物にかざしてみるとその詳細なデータが浮き出てくるのだ。
メモリカードをイルカにかざすと、その詳細が浮き出てきた。
――空イルカ。
名の通り空を飛ぶイルカ。普段は暖かい海に生息しているが、敵に襲われると海中から空中へ飛び上がって逃げる。
その機動力から繰り出される突進は抜群の威力を誇り、クジラをも怯ませる。
知能が高く、人の言葉を理解する魔獣。
……とのことらしい。
ちなみに魔獣とは魔力を持ち、人語を操る獣の事である。
空を飛ぶって言うか浮いている気がするが、カードに映った絵図から見て間違いなさそうだ。
「おいおい返事くらいしたらどうだい? 言っておくが、俺っちはそう気が長い方じゃない……ぜっ!」
イルカはそう言うと、空中を蹴り真っ直ぐ突っ込んでくる。
――ヤバい。咄嗟にクロを抱えて避けた場所にイルカが激突した。
見ると砂浜は大きくえぐれていた。
「ちょ! 待ってくれ!」
「問答無用だぜ!」
もう一度突っ込んでくるイルカの攻撃を、避ける。
「ユキタカ、あのイルカを倒すかにゃ?」
「いや、悪いのは俺たちだし、出来るだけ穏便に済ませたいんだが……」
だがイルカは俺の話に聞く耳を持つ気はないようだ。
くっ、まずはあのイルカの動きを止めるべきか。
あまり手荒な真似はしたくないのだが……頼むクロ、そう言おうとした時である。
急にイルカの動きが止まった。
よく見るとイルカの額に何か小さなもの――エイの子供が張り付いていた。
「あん、どうしたんだよオメェ? ……なに? この人たちは悪い人じゃない、だと? 何を言ってんだい? ふむ、命の恩人だからやめろ?」
イルカはエイと何やら話し始める。
エイはイルカの額をひれでぴちぴちと叩いて、抗議しているように見える。
「まずは話を聞いてやれ? はぁ、わかったよ。……ったく」
イルカがため息を吐くと、エイは嬉しそうにその背中にくっついた。
もしかしてあの時助けたエイだろうか。
このイルカの知り合いだったようである。
「んで、何の用だいアンタたち」
「先ずは謝らせてほしい。俺はユキタカ、こっちは使い魔のクロと雪だるまだ。アンタに用があってきた」
イルカは二人をじっと見ると、ふむと頷く。
「ユキタカとは変わった名前だぜ。使い魔を連れていることから察するに、アンタは魔法使いかい?」
「あぁ、一応ね。君の名は?」
「カイルだぜ! カッコいい名前だろ? フランクにカイルで構わないぜ!」
確かにかっこいい名前だとは思うが……それってただイルカの文字を並び替えただけなのでは? とは言わないでおこう。
「アンタたち、このエイのチビが人間に掴まってたところを助けてくれたらしいな。こいつに代わって礼を言うぜ。あー、ちなみに俺はこいつが迷子っぽいから拾ってやったんだぜ。食うつもりはねーから安心しな」
からからとカイルが笑うと、ギザギザの歯が見えた。エイはそれを見てやや後ずさる。
……何となく逃がしただけなんだが、食べなくて本当に良かった。
エイは俺の方を向いて、何度もお辞儀をしている。
「ふーむ、それにしてもユキタカ、ユキタカねぇ……ふーむ、どうも堅苦しいぜ。そうだ! ユキタカっちってのはどうだ! うん、これだな! こう呼ぶ事にするぜ」
「……好きにすればいいよ」
「じゃ、好きにさせてもらうぜ。それでユキタカっち、俺っちに用があるんだっけか? 一体なんだい?」
軽い口調で尋ねるカイル。
どこから離していいのやら……ちょっと入り組んだ事情だからな。
俺は言葉を探しながら、まずは現在の状況から話始める。
「実はこの島で歌う人魚の噂が流れてて、観光客が減ってるんだ。俺はそれを調べに来たんだが……」
「なるほど、事情は飲み込めたぜ!」
おいちょっと待て。話が早い。早すぎる。
まだ飲み込むほど話を広げてないぞ。
何故か得意げな顔をしているカイルを見て、俺は嫌な予感に襲われた。
「つまり、俺っちの歌で観光客を呼び込み、島を活性化させて欲しいという事だなっ!?」
「いや、全然違うから」
どこをどうしてそうなった。
言葉の断片を拾って適当くっつけてんじゃないぞ。
このイルカ、全く話を聞いてない。
「夜中にへたっぴな歌を歌うから、島の人たちが迷惑してるにゃ! ボクたちはそれをやめさせに来たにゃ!」
こっちはこっちで歯に布着せなさすぎる言い方である。
ストレートにもほどがあるぞこの猫。……頭痛い。
「何ィ!? 俺っちの歌が下手だなんて、そんな事あるわけないぜ!」
「へたっぴだにゃ! お化けかと思うくらいだにゃ!」
クロの奴、妙に噛み付くと思ったらお化けだと思ってビビったのを根に持っている様である。
逆恨みはよくないぞ。にゃーにゃーと鳴くクロをひょいと持ち上げる。
とりあえず話がこじれる前に二人の間に割って入った。
「まぁまぁ落ち着いてくれ、カイル。クロの言い方はアレだけど、あながち間違いではないんだ。島の人たちが不気味に思ってるのは本当なんだよ。せめて夜でなく、昼に歌うわけにはいかないか?」
俺の言葉にカイルは両ヒレで腕組みをして、考え込む。
「……それはできないぜ」
「何故だ? 今はまだいいが、街にずっと観光客が戻らなければ、街の人たちがお前さんを駆除しにかかるかもしれないぞ? 夜じゃなくて昼なら不気味がる人もいないだろうし、ひょっとしたら街の新名物になっていっぱい観客が来るかもしれないしな。カイルも客の前の方が歌い甲斐あるだろ」
「観客は邪魔だぜ。集中して歌えねぇからよ」
「カイル殿、このままでは面倒なことになるのだ」
「親切心は受け取るが、しばらく放っておいて欲しいんだぜ。この夜の練習にはとても重要な理由があるんだからよ……」
カイルは真剣な面持ちだ。
一体どんな理由があるのだろうか。俺たちは息を呑んで言葉を待つ。
「――それは、一年に一度行われるのど自慢大会」
「のど自慢大会」
いきなり飛び出した謎ワードに、俺たちは思わず言葉を繰り返した。
カイルは頷き、言葉を続ける。
「それに出場する為に、俺っちは歌の練習をしているんだぜ!」
おいおいおいおい、一体何の冗談だ。
と言いかけたがカイルは真剣な面持ちだった。




