幽霊の正体は……
「なぁ、この辺りに出るらしい人魚だけどさ――」
「――ボクたちで追い払うのかにゃ?」
帰り際、俺の呟きにクロがそう返してきた。
言いかけた言葉の続きを先回りされ、思わず目を丸くする。
「驚く事はないのだ。ユキタカ殿ならそう言うかと思っていたのだ」
「ユキタカはお人好しだからにゃあ」
二人はうんうんと頷いている。
いや、確かにそう言おうとはしたけどさ……それにただ人助けただをしようなんてお花畑な気持ちで言ったわけでもない。
「……このまま島に観光客が来なければ、ここの人たちは人魚を追い払おうとするだろう。人魚がどんな存在かは知らないが、血なまぐさい事になったら寝覚めが悪い。穏便に済ませられるならそれに越したことはない。……ついでに人魚も見てみたいしな」
そう、別にお人好しだから、とかではないのだ。うん。
だが二人は俺の言葉を聞いてやれやれと言った風に首を振る。
「やっぱりお人好しにゃ」
「やはりユキタカ殿なのだ」
そう説明したが、二人には何故か逆に納得されてしまった。解せぬ。
■■■
女将さんから話を聞いた話では、どうやら人魚は夜に出るらしい。
真夜中に不気味な歌が聞こえたら、そりゃ怖いだろうな。
俺はそれを確認しに行くため、ヘルメスにて夜のドライブに出かける事にした。
街中を夜に走っていると近所迷惑になるので、海岸までは押して歩いた。
トトトトト、と低速で海岸沿いを走らせていると、波の音が聞こえてくる。
「しかし夜の海ってのは何となく不気味だな」
街の明かりもほとんどなく、月明かりや灯台の光すらも海の暗さに飲まれてしまっている。
こんな中で不気味な歌が聞こえたら、そりゃ観光客が怖がるのも無理はない。
「にゃあ……」
ちなみにクロは怖いのか、ヘルメスの中で丸くなり震えていた。
「なんだクロ、怖いのか?」
「そそそそ、そんな事ないにゃ!」
声が震えているぞ。全然大丈夫ではなさそうだ。
「だって、もし人魚じゃなくておおお、お化けとかだったらどうするにゃ!?」
「お化けって……お前いつも似たようなのを軽く倒しているじゃないか」
言うまでもなく魔物の事である。
ここへ来る途中も随分倒してもらったもんだ。
魔物はよくてお化けが駄目とかわけわからんぞ。
「魔物は倒せるから大丈夫にゃ! でもお化けは倒せないのにゃ! 夜に外へ出たり起きてたりするとお化けが来るってばあさんも言ってたにゃ!」
目をウルウルさせ、怯えているクロ。
うーむ、この世界ではお化けはそんなに恐れられているのだろうか。
俺はこっそりと雪だるまに尋ねる。
「……そういうもんなのか?」
「実在する魔物と違い、お化けとは人が創作した存在なのだ。伝承や物語などでも広く親しまれているのだ」
ははぁんなるほど、大体話が読めてきた。
つまりクロはマーリンにこう言われたのだろう。『言う事を聞かないとお化けが来てあんたをたべちゃうよー。ひっひっひ』……なんて。
マーリンなら言いそうだ。そう思って俺は苦笑する。
「そんなに怖いなら宿にいればよかったじゃないか」
「一人になるのはもっと怖いにゃ!」
「あ、お化け」
「にゃぎゃああああああっ!?」
驚いたクロはぴょんと跳び上がり、俺の懐に潜り込んだ。
「すまん、柳の葉が揺れただけだったわ」
「ふにゃ! ユキタカ! 脅かすにゃ!」
ぷんすかと鼻息を荒らげながら俺の身体を叩くクロ。
面白い。マーリンが怖がらせて遊んでいた理由がよくわかる。
まぁ可哀想だから一度でやめておくけどな。
「ふーっ……!」
「悪い悪い……」
唸り声を上げるクロを宥めながら、俺はふと何かの音に気づく。
「ん、何の音だ?」
俺はヘルメスのエンジンを停め、辺りを見渡す。
クロが懐から顔を出して、俺を睨んだ。
「ゆ、ユキタカ! またボクを驚かそうとしてもそうはいかないにゃ!」
「いや、今度はマジなんだが……」
微かに聞こえる不気味な音。
不協和音と雑音、外れた音が折り重なった様な音だった。
言われてみれば確かに歌のようにも聞こえるだろうか。
音は海から聞こえている。
その方向を探すと……いた。
「ほらあそこだ!」
「にゃっ!?」
両目を隠したまま、クロは俺が指差した方を向く。
静かな夜の海、さざ波の中に黒い影が動いている。
人のシルエットだが、時折跳ねる大きな尾びれがそうでない事を物語っていた。
おばちゃんが言っていたように、影は何か不気味な歌を口ずさんでいるようだった。
「お化けだにゃあ!?」
「いや、人魚だろ」
趣旨を忘れているんじゃないかこいつは。
人魚探しにきたんだぞ。
……それにしても音程がおかしいと言うか、妙な違和感を感じる歌。
端的に言うと、下手なのだ。
普通人魚と言えば歌が上手いと相場が決まっていそうなもんだが。
まぁそれはいいか。とにかく接触しなければ。
俺は海に近づき、影へ向かって声を上げた。
「おおおーい! ちょっといいかーーーっ!」
影は俺の声に応えず、不気味な歌を歌うのみだ。
むぅ、聞こえていないのか。
よし、近くまで行ってみよう。
俺はヘルメスに跨り、アクセルを回す。
ドドドドド、とエンジン音が鳴り響き、海の上を走り始める。
近づいていくと影は歌を止め、水柱を上げ海へと潜った。
「やべっ、逃げられる! クロ、あの辺りの海を丸ごと持ち上げれるか!?」
「任せるにゃあ!」
気合いの駆け声と共に、クロの全身が総毛立つ。
クロが海面を睨みつけると、影が逃げた周囲の海面がざわりと波打った。
そしてゆっくりと海面から水が伸びるように、浮き上がっていく。
海中から抜き取られた巨大な水の塊が空中に浮かんでいく。
「うおお、すげぇなクロ!」
「なんという魔力……! クロ殿の力はすさまじいのだ」
俺も雪だるまもクロの魔法に度肝を抜かれていた。
だがクロは沈んだ顔でぽつりと呟く。
「……でもお化け相手だったらこんなの意味ないにゃ」
そんなクロもお化けには完全にビビっているようだ。
マーリンの奴、お化けをどんな恐ろしい存在だと言い聞かせていたのだろうか。
俺はため息を吐きながらクロの頭を撫でた。
「大丈夫だよ。ほら、見てみな」
俺が指差す先、クロが抜き取った水の塊の中に慌てて泳ぎ回る影が見える。
魔法で火の玉を生み出し、照らした。
そこには人魚――ではなく、一匹のイルカがいた。




