島は閑散としてました
風呂に入ってさっぱりした俺たちは、夕飯を求めて旅館を出る。
「二人とも、何を食いたい?」
「お魚にゃ!」
「おっ、いいねぇ」
やはり海が近いし、折角だからその土地のものを楽しみたいもんな。
「自分も魚がいいのだ。でもここは小さな街だから店もすぐ閉まりそうだし、早めに探した方がいいと思うのだ」
「確かにな」
女将さんに道を聞いて商店街の方へ向かっているが、のんびり風呂に入っていたのでもう結構位。
雪だるまの言う通りこういう小さな街では店は早く閉まりそうだし、急いだ方がいいだろう。
「ユキタカ、あれは何だにゃ?」
クロが指差したのは、大きなカニを象った看板だ。
看板には『かに極楽』と書かれている。
かに◯楽の巨大カニ看板そっくりだ。こっちは流石に動かないけど。
「あんなおっきなカニ、初めて見たにゃ! あれが食べられるのかにゃ!?」
「いやいや、ただのオブジェだと思うぞ」
異世界だし巨大ガニの一匹や二匹いてもおかしくはないが、それを出すならあの店の大きさでは難しいだろう。
「そうなのかにゃ……」
「しょんぼりするなって。だがカニってのはいい考えだ。入ってみるとしよう」
暖簾をかきわけ、店へと足を踏み入れると狭い店内には客どころか店員すらいない。
もう店じまいなのかなと思いつつも、声をかけてみる。
「こんばんはー、誰かいませんかー」
「はーい、いらっしゃーいな」
すると奥からのんきな声が帰って来た。
奥から出てきたのは目の細いおばちゃんだ。
「すみません、まだやっていますか?」
「えぇ、やってますよ。どうぞ好きなところにおかけになって下さいな」
「ユキタカ、ここ座るにゃ!」
クロが椅子にちょこんと座り、テーブルに両手をたしたしと叩きつける。
「あら! かわいらしいにゃんこちゃん! お兄さんの使い魔ちゃんかしら? 触ってもいいかしら?」
「え、えぇと……構わないか? クロ」
「少しだけにゃ」
「ありがとぉ~! よしよし、かわいこちゃんねぇ!」
おばちゃんは幸せそうな顔で、クロの背中をさすりはじめる。
クロは少しうっとおしそうに、尻尾で払うような仕草をした
ただおばちゃんにとってはご褒美なのか、嬉しそうに微笑むだけだったが。
「……もういいかにゃ? お腹空いたにゃん」
「あらごめんなさいね。ではお兄さん、注文はどうします?」
「じゃあこのカニ鍋で」
テーブルに置かれたメニューを指差す。
メニューには金額を何度も書き換えた跡が残っており、カニ鍋一つ銀貨一枚だった。
そこに描かれた絵によると大きなズワイガニが一匹丸ごと入ってこの値段のようだ。随分お安い。
「はいはい、わかりました。では少しお待ちくださいね」
おばちゃんはニコリと微笑むと、厨房へと戻っていった。
それにしても銀貨一枚とはな。あっちの砂浜ではイカ焼き三つで銀貨一枚だったぞ。
この世界でのカニの相場はわからんが、それと同額ってのは得した気分だ。
「カニ鍋楽しみだにゃあ」
「だな」
カニなんて高級品、元いた世界ではほとんど食べた事なかったからな。
こっちの世界では何気に初である。正直言って楽しみだ。
「それにしても人が少ないのだ」
雪だるまがポツリと呟く。
「そういやそうだな。旅館も料理も向こうより全然安いし、船を出してでもこっちで遊んだ方が良さそうなもんだが……」
そう、この小島には観光客らしき人がいないのだ。
少し遅いが飯時だし、もっと人がいてもいいはずなんだが。
「――それはね、人魚が出るからなのよぅ」
「うわぁ!」
いきなり後ろから声をかけられ、びくっとなる。
お、驚いたな……振り向くとおばちゃんが不気味な顔で俺の背後に立っていた。
ちなみにクロは驚きのあまり固まっている。
「実は一年ほど前から、島の周りで人魚が確認されるようになってねぇ。不気味な歌を歌うからってみんな怖がっちゃって、それ以来お客さんたちも怖がって島に来なくなっちゃったのよ。昔はウチも人がいっぱい来たんだけれど……おじいちゃんが作ってくれたあの大看板が泣いてるわぁ」
巨大カニの看板を見て、深いため息を吐くおばちゃん。
祖父の忘れ形見といったところか。
観光街にこれだけ人が来なければ大打撃だろう。
「それは、大変ですね」
「まぁ心配してくれるの? ありがとう。でもね、そんなに困っているわけではないのよ。今思えば以前は働きすぎだったからね。長い休暇だと思ってのんびりしているの。もちろんこのままじゃ困るけど、その時は店を畳んでこの島を出るしかないのかしらねぇ……」
明るく笑うおばちゃんだが、最後は少しだけ暗い顔をしていた。
この店はかなり古い。大分昔からあるのだろう。あの看板も大分年季が入っているもんな。
「あらいけない。しんみりしちゃったわね。さぁさ、カニ鍋が出来たからたーんと食べてくださいな」
そう言っておばちゃんはテーブルにどかっと。絵の通り、絵以上のズワイガニが丸ごと入った鍋を置いた。
「美味しそうにゃ!」
「美味しいわよぉ。ゆっくり食べてね、にゃんこちゃん」
おばちゃんはデレデレしながら去っていった。
俺たちはカニ鍋をハフハフ言いながら食べた。
とても、とても美味かった。
俺たちだけで食べるのはもったいないくらいに。




