南の国へと旅立ちます
アクセルを回し、エンジンを吹かせ、砂煙を巻き上げて、魔導二輪車ヘルメスを走らせる。
副座席には黒猫のクロ、後部座席には雪だるまの雪だるまが乗っていた。
クロは大魔女マーリンの使い魔で、すさまじい魔法の使い手でもある。
だが基本的に何も考えておらず、特に記憶力に関してはゼロと言っても過言ではない。
雪だるまは雪の魔女ローザの使い魔で、氷の剣を使う武士のような雪だるまである。
実直な性格であり、見た目に反して常識人である。だが雪だるまだ。
そしてそんな二人と世界を旅して回っている俺は、ごく普通の一般人。名は羽村幸隆。
会社帰りに何故か異世界に飛ばされ、その時世話した大魔女マーリンから特盛りの魔道具を受け継ぎ、今は世界を旅して回っている。
まぁ特に目的のない、のんびりした観光の旅である。
今は火の国モーカを出て、南西の方角に向かっていた。
■■■
荒野を抜け、所々に草原が見え始める。
蒸し暑い空気は少しだけ涼しくなっていた。
「ユキタカ、次はどこへ行くにゃ?」
副座席にいたクロが俺を見上げ首を傾げる。
「海だよ。先日、俺を空高くに上げてくれただろ? その時に海沿いの街を見つけたんだ。そこへ行ってみようと思ってな」
そう、次の目的地は海である。
火の国はかなり暑かったからな。
そんな時に海を見たら、入りたくなるのが人情ってもんだ。
ちなみに海水浴場があるのも確認済み。
チラッとだが砂浜で遊んでいる人たちを見えたし、普通に泳げる海だろう。
「海!」
それを聞いたクロが尻尾をピンと立て、目を見開く。
「ということは魚が沢山食べられるのかにゃ!?」
「……あぁ、そうだな」
「楽しみにゃあ!」
クロはそれよりも食い気のようである。
まぁ俺も魚は楽しみだけれども。
「ふむ、そういう事なら自分に任せるのだ」
後部座席に座っていた雪だるまが呟く。
「自分は釣りの腕には多少自信があるのだ。美味しい魚を沢山釣るのだ」
「おっ、いいねぇ。俺も釣りは好きだぜ」
雪国では氷面に穴を開け、ワカサギ釣りに精を出したものである。
あれはかなり楽しかったが、海ならではのまた違った楽しみもあるだろう。
「ほほう、ユキタカ殿も釣りを嗜むか。ではここはひとつ、腕試しをしてみるというのはどうだろうか? 丁度いい具合にあそこへ川があるのだ」
「面白い。望むところだ」
こんな事もあろうかと……って訳でもないが、以前市場で買い物をした時に釣竿を買っておいたのだ。
ワカサギ釣りも面白かったし、また使う事もあるかと思っていたのだが、こんなに早くその機会が訪れるとはな。
「もちろんボクもやるにゃ!」
クロもやる気満々といった顔で、ふんすと鼻息を荒くしている。
「……言っておくが魔法はナシだぞ」
「わかってるにゃ!」
そう言って空に向かって猫パンチを繰り出すクロ。
シャッシュッと空を切る音が聞こえる。
……まぁ素手ならいいか。
「よし、じゃあ誰が一番魚を獲るか、競争だ!」
「おー! にゃ!」
というわけで俺は川の方へ向け、ヘルメスを走らせるのだった。
■■■
河原にはゴツゴツした岩が沢山転がっており、水の中には魚が沢山泳いでいるのが見える。
安全そうだし、ここなら落ち着いて釣りが出来そうだな。
「じゃあ時間は日が沈むまで、獲った魚の重さの合計が多い人が勝ちだ。大物も一匹に数えるのは不公平だからな。勝者から順に魚を選んで食べられるって事にしよう」
「それはいい考えなのだが……どうやって重さを測るのだ?」
「見た目でもある程度わかるだろうが、こいつを使う」
俺はその辺りに落ちていた板を、大岩の上に乗せる。
簡易版シーソーの完成だ。
「両側に魚を乗せ、重い方が下がるってわけだ」
「おおっ! 頭いいにゃ!」
「なるほど、それはいい考えなのだ」
そこまでではないと思うのだが……まぁ誉め言葉は素直に受け取っておこう。
「雪だるま、全員分の水槽を作ってくれるか?」
「承知なのだ」
雪だるまは魔法で氷で水槽を生成していく。
「じゃあボクが水槽に水を入れるにゃ」
それにクロが川の水を大量に集め、注いだ。
三人分の水槽、準備完了である。
「ではよーい……」
「ドンにゃあ!」
合図と同時に、俺たちは各々仕掛けの準備に入る。
クロは身ひとつで川に飛び込み、浅いところで魚を狙っている。
クロのやつ、風呂に入れられるのは嫌がるくせに、川には喜んで飛び込むのかよ。
要は人にやらされるのが嫌なのだろうか。
だったら風呂にも自分から入れと言いたい。
雪だるまは氷で釣竿を生成していた。
氷で作っていらにも関わらず、ちゃんとしなっている。
多分一体化しているのではなく、関節みたいに部品に分かれているんだろうな。
「さて、俺も仕掛けを組むとするか」
鞄から取り出した釣竿に糸を通していく。
そして先端に、ルアーと錘を括り付けた。
生き餌の方がいいんだが、今は持ってないしな。
とりあえずこれで準備オーケーだ。
「よっ!」
釣竿を振って、狙いの場所へと落とす。
うっし、狙い通り。
魚は外敵に狙われないよう、基本的に障害物がある場所へ潜んでいる。
あのでっかい岩の陰には、恐らく大物がいるはずだ。
「にゃ! 捕まえたにゃ!」
声の方を向くと、早速クロが両手で魚を捕まえていた。
「一番乗りだにゃ!」
そう言って魚を水槽に入れるクロ。
サイズは小さいが、活きのいい魚である。
こりゃ意外と強敵かもしれんな。
「俺も負けちゃいられねぇな」
釣竿を揺らし、ルアーを動かして見せるのだ。
すると餌と勘違いした魚が、ルアーに食いつく――というわけである。
さーて、こいこい。
「釣れたのだ!」
雪だるまが声を上げる。
見ればそこそこ大きな魚を釣り上げていた。
うぐっ、また先を越されたか……
「また捕まえたにゃ!」
「また釣れたのだ!」
「またにゃ!」
「またなのだ!」
二人は次々と水槽に魚を入れていく。
だが俺はまだ一匹も釣れていなかった。
日はもう沈みかけている。
くっ、なんてこった。このままじゃ一匹も釣れないまま終わってしまう。
焦る俺の手元で、ぴくんと竿が跳ねた。
「むっ!」
来た! 待ちに待った手ごたえである!
だがここで焦ると台無しだ。
食いつくのを待って……ここだ!
思い切り引っ張り上げようとするが――重い! 何という重さだ。
竿が全く持ち上がらない。
それどころか俺が引きずられていた。
「んが……くっ、お、重い……!」
「ユキタカ、どうしたにゃ?」
「悪いが二人とも……手伝って、くれ……!」
「合点なのだ!」
クロは川から上がると、俺の足を咥えて引きずられないように踏ん張る。
雪だるまは自分の竿を離し、俺の元へ駆け寄ると反対側から俺の身体を押した。
二人の力のおかげで、俺が引きずられるのもようやく止まる。
「よぉし、ここからが本番だぜ!」
岩場に足を引っかけ、てこの原理で思い切り引っ張る。
やはり重い、重いが徐々に引き上げていくような感覚がある。
暴れないように動きを逃がしつつ、魚を疲れさせていく。
そして引く力が弱まった瞬間を狙い、一気に竿を上げた。
「おりゃあ!」
ざぱぁん! と水しぶきを上げ、巨大な魚が宙を舞う。
釣り上げた糸の先にはとんでもなく大きなナマズがかかっていた。




