9話 1層の主
メアリーと別れた後、俺たちは1層の探索を再開した。
「いいのですか? あのように扱って……捨てられた子犬のような目をしていましたよ」
「言うな、思い返してしまいそうだ」
別れ際……なにを血迷ったのか、メアリーは弟子にしてほしいと言い出した。
しかし、俺は速攻で断った。
メアリーはしょんぼりと肩を落として、それはもう気の毒なくらいに気落ちして立ち去っていった。
さすがに悪いことをしたか、と迷ってしまう。
「露骨に態度を変えたところはいただけませんが……しかし、マスターの力を評価したところは認めてもいいですね。根は悪い人ではないように見えたので、弟子にしてもよかったのでは?」
「弟子をとらない理由は、メアリーが気に入らないとか、そういう理由じゃない」
「ならば、どんな理由なのですか?」
「俺は未熟だからだ」
「えぇ……」
ヒカリが微妙な顔をした。
お前がそれを言うか? みたいな顔をしていた。
「俺は剣士としてまだまだ未熟だ。弟子を取れるような立場にいないからな」
「あれほどの力を持っておきながら未熟……マスターは、いったいなにを言っているのでしょうか? どれだけの力を手に入れたら自分を認めてあげるんですか?」
「そもそも、俺は剣士だ。魔法を教えることはできない」
「なるほど、それもそうですね」
その一言にヒカリも納得してくれた。
「剣を覚えたいっていうのなら、基礎的なことくらいは教えられるが……魔法となると無理だ。魔力ゼロの俺に教えられることなんて、なに一つない」
幼い頃は、魔力がゼロだとしても、いつか魔法が使えるのではないかと希望を抱いてあれこれと練習して勉強していたものの……
やがて無理だということを悟り、練習も勉強もやめた。
なので、技術だけではなくて知識もない。
ある程度勉強していたため、基礎的な知識は持っているが……
そんなものは、魔法使いなら誰でも知っていることだ。
新しい魔法を覚える方法とか、効率のいい魔法の練習とか、そんなものは知らない。
「納得ですね。そういう理由なら仕方ないと思います」
「ただ、メアリーなら『剣でもいいから教えてください!』って言いそうな雰囲気があったけどな」
「完全に諦めたわけではなくて、外で待ち伏せされているかもしれませんね」
「恐ろしいことを言わないでくれ」
一種のストーカーじゃないか。
ある意味で怖いぞ。
「それよりも探索を続けるぞ。気を抜かないでくれ」
「はい」
――――――――――
「マスター……」
ダンジョンに潜り、どれくらい経っただろうか?
ヒカリが疲れた様子でこちらを見た。
「どうした? 疲れたか?」
「いえ、それもありますが、その……」
きゅるるる、と情けない音がした。
ヒカリが耳まで赤くなる。
「そういえば、まだなにも食べていなかったな」
「す、すみません……」
「謝ることはない。そうだな……今日はこれくらいにしておくか」
今日の稼ぎは……
ゴブリンの魔石が34、一つ3グラム。
スライムの魔石が12、一つ1グラム。
そして、ミノタウロスの魔石が一つ……30キログラムだ。
全て換金したら、31万1400リムになる。
かなり稼ぐことができた。
特にミノタウロスの収入が大きい。
これなら当分宿に困ることはないだろう。
「ギルドで換金してから、宿に移動しよう。好きなものを食べていいぞ」
「本当ですか? 私、肉が食べたいです!」
現金なもので、食べものの話をするとヒカリは元気を取り戻した。
本当に剣なのだろうか?
ついつい苦笑してしまう。
「ところで……」
地上への道を歩きながら、ヒカリが思い出したように言う。
「その剣は使わないのですか?」
ヒカリは、俺の腰に下げられている剣を見た。
「見たことのない剣ですね。でも、とんでもない名剣という感じはしませんが……むしろぽんこつ……あっ、す、すみません」
「いや、気にしなくていい。実際、ぽんこつだからな。ただ……コイツは俺の愛剣だ。小さい頃に両親に買ってもらったものだよ。以来、ずっとコイツで訓練をしてきた」
「見てもいいですか?」
「ああ」
ヒカリが剣を抜いた。
そのまま刀身をじっと見る。
「……刃が潰れていますね。それに傷だらけで……とてもではありませんが、剣として使用するのは難しいですね。鈍器としてなら可能かと」
「言ってくれるな」
「あ、すみません」
「いいさ、本当のことだからな」
「どうして、そのような剣を持ち出したのですか?」
「お守りみたいなもんだよ。小さい頃からずっと一緒だったからな。コイツと一緒じゃないと落ち着かないんだ」
「なるほど。剣を大事にするのは、とてもいいことです。さすが、マスター。改めて、感心してしまいました。マスターなら、私のことも大事にしてくれそうですね」
言われるまでもなく、ヒカリのことは大事にするつもりだ。
聖剣をぞんざいに扱えば罰が当たるだろうし……
なによりも、一人の剣士として、己の魂といえる剣を粗末に扱うことなんてできない。
「おや?」
ふと、ヒカリが足を止めた。
「どうした? って、これは……」
「マスターも気がついたみたいですね」
「ああ……この先で戦闘が行われているな」
会話を止めて足音を消した。
そうして耳を澄ませると、騒がしい音が聞こえてきた。
それだけではなくて、ピリピリとした気配を感じる。
場所は……地上へ続く階段の手前だ。
「どういうことでしょうか……?」
1層の魔物は雑魚ばかりなので、よほどのことがないと苦戦することはない。
戦闘なんてすぐに終わる。
しかし、この先から聞こえてくる戦闘の音は、5分経っても消えない。
それだけの間、戦闘が続いているということだ。
「Fランク、Eランクの魔物しかいないと聞きましたが……これほどまでに苦戦するなんていうこと、ありえるんでしょうか?」
「もしかしたら……」
とある可能性が思い浮かんだ。
「様子を見に行くぞ」
「わかりました」
帰り道の近くだ。
少しくらい寄り道をしても問題はない。
そう判断して、戦闘音のする方へ足を向ける。
音のする方に進み……
しばらくして広間にたどり着いた。
冒険者らしき人が四人。
男二人、女二人の構成だ。
四人の冒険者と対峙しているのは、巨大なゴブリンだった。
通常のゴブリンは1メートルほどだけど、ソイツは十倍……10メートルはあった。
丸太のような巨大な木の棍棒を装備している。
さらに配下らしき無数のゴブリンを引き連れていて、冒険者パーティーと戦っていた。
「ゴブリン……でしょうか? それにしてはやけに大きいですが……」
「アイツは階層主だな」
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