6話 聖剣も規格外
「あら、イクスさん」
翌日……ダンジョンギルドを訪ねると、サナリーが笑顔を向けてくれた。
気のせいか、笑顔が昨日よりも柔らかい気がした。
「おまちしていました。こちらをどうぞ」
サナリーから小さなカードを受け取る。
ダンジョンに入るための許可証だ。
「コレがあればダンジョンに入ることができるのですか?」
ヒカリが隣から許可証を覗き込んできた。
「小さなカードですね。どこにでもありそうな紙で作られているように思えますね」
「ギルドの人の前でよくそんなことが言えるな」
「あっ……すみません」
「いえいえ、気にしていませんよ」
サナリーは笑顔を返す。
本当に気にしていないみたいだ。
「確かに、一見すると、なんてことのない普通のカードですからね。そう思われるのも仕方ないかと。ですが、本当はすごいカードなんですよ?」
「そうなのですか?」
「ダンジョンの入口は強固な門で閉ざされていますが、このカードをかざすだけで扉が開きます。いわゆる、オートロック機能ですね。さらに、偽造防止のための魔法も使われており、複製は不可能となっています。指紋で持ち主を認識することができるので、他人が持つことはできません」
「なるほど、とても優秀なのですね」
ヒカリが感心すると、サナリーはちょっと得意そうにしていた。
「イクスさんはこれからダンジョンへ?」
「そのつもりだ」
「なにか聞きたいことがあれば説明しますが……あと、色々な情報も売っていますよ?」
「いや、大丈夫だ。今日は一層だけのつもりだからな。一通りの知識はあるし、足りない部分は実戦で学ぶことにする。深い階層へ行く時は世話になる」
「そうでしたか。余計な心配でしたね。では気をつけてくだ……」
「いたっ。見つけたぞ!」
サナリーの言葉をかきけすように、大きな声が響いた。
見ると、俺と同じくらいの若い男がいた。
俺を睨みつけていて……
一直線に歩いてくる。
「なんだ、おまえは?」
「俺はシャルアクの兄貴の弟子だ!」
「シャルアク? ……ああ、この前のキザな男のことか。それで?」
「てめえのせいで、兄貴は一ヶ月も入院することになったんだ。そのツケ、払ってもらうぞ」
男は暗い表情を浮かべて、懐からナイフを取り出した。
サナリーを始め、周囲の人々が小さな悲鳴をあげる。
「兄貴が負けるわけねえ……兄貴は最強の魔法使いなんだ! 魔力ゼロの剣士なんていう無能に負けるわけがない!」
「あれは、審判がいる正当な勝負だ。それなのに、俺の勝利にケチをつけるというのか?」
「黙れ! きっと、なにか卑怯な手を使ったに違いない! でなきゃ、兄貴が負けるわけがない! 許せねえ……俺が天誅を下してやる」
「聞く耳持たずか」
慌てる必要はない。
サナリーなり他の職員が魔法を使い、すぐに男を取り押さえてくれるだろう。
……なんて思っていたのだけど。
「どうして、サナリーは避難しているんだ?」
サナリーはカウンターの奥に隠れてしまう。
声だけが返ってくる。
「建物内は、冒険者同士のトラブル対策のために、魔法が使えない結界が展開されていまして……武器を持ち出されると、私たち一般職員はどうすることもできないんですよ。今時、まさか武器を持ち歩いている人がいるなんて……ははは……憲兵なら対処できると思うので、到着を待つしか……」
なるほど、と納得した。
それで、男はわざわざナイフなんて取り出して脅しているのか。
普通に考えて、脅すなら魔法を使うはずだからな。
「仕方ないか」
俺に責任がないとは言い切れない。
ここは俺がなんとかすることにしよう。
「ヒカリ」
「はい」
俺の意図を察して、ヒカリが剣に変化した。
「な、なんだ? 女の子が剣に……?」
「さて……やるか?」
剣の切っ先を男に突きつけた。
リーチは遥かにこちらが上。
こうして脅せば、バカな真似はしないだろうと思っていたのだけど……
「くっ……イカサマ野郎に屈してたまるかよ! 俺はシャルアクの兄貴の仇をとるんだ!」
男は激高してナイフで斬りかかってきた。
「ちっ」
面倒な展開になった。
正当防衛は成立するかもしれないが、殺してしまうと過剰防衛になりそうだ。
武器を奪うことにしよう。
剣の腹でナイフを叩き落とそうとするが……
「あっ、バカ!?」
男が急に動きを変えたせいで、剣の軌道が変わってしまう。
刃が一閃されて……
「は?」
はたして、唖然とした声は男のものか。
あるいは俺のものか。
剣はナイフの刃を斬り飛ばした。
ほとんど抵抗がない。
まるで、バターを斬るみたいだった。
普通に考えてありえない。
いくら鋭い切れ味を持っていたとしても、鉄でできているナイフの刃を斬り飛ばすなんて……
聖剣の名前は伊達じゃない、っていうことか?
「お、俺のナイフが……なんだよ、そ、その剣は……?」
ありえない出来事を目の当たりにして、男は怯えていた。
気持ちはよくわかる。
あまりの切れ味に、俺もちょっと引いていた。
「そ、そうか! その剣だな? その剣を使ってイカサマをしたんだな!? 魔法剣とか、そういうヤツだろう! そうに違いない!」
(イチャモンをつけないでほしいですね。私の性能が高いことは認めますが、勝負に勝ったのは、純粋にマスターが強いからですよ。私の自慢のマスターが、あの程度の男に負けるわけないでしょう)
頭の中でヒカリが反論するが、当然、男には聞こえない。
男は、柄だけになったナイフをこちらに投げつけてきた。
さらに突進して、組み付いてきた。
「こいつ……!?」
「その剣をよこせ!!!」
ちっ、油断した!
男に剣を奪われてしまう。
剣を取り返すために、俺はすぐに行動を……
「ぐわっ!!!?」
突然、男が床に沈んだ。
剣が重すぎるという様子で、剣の下に埋もれている。
「なんだ、あれは……?」
(一種の防衛機能ですよ)
念話でヒカリが説明してくれる。
(神具は選ばれた人でないと使うことはできません。そうでない人が手にしようとしても、無理ですね。その重さは何十倍にもなり、まともに持ち運ぶことさえできません)
(最初、ヒカリは店に飾られていたが?)
(あの時はまだ覚醒していなかったので、防衛機能も働いていなかったんです。ですが、起きた今なら……)
男を押しつぶす剣が、くるりと勝手に回転した。
ふわりと浮き上がり、一人で勝手に俺の手に戻ってきた。
(勝手にマスターのところへ戻るという機能も備わっています)
(……盗難対策は万全だな)
驚きすぎて、そんなコメントしかできない。
(さて……マスター。念のために、この男を処理しておきましょう)
(おいおい、まさか殺すのか? それは面倒なことになるぞ?)
(いえ、そんなことはしません。男の心を断ちます)
(心を……?)
(この男を突き動かしている復讐心を斬るんです)
(そんなことができるのか?)
(はい、可能ですよ。私たち神具は、全てを斬ることができます。魔法だけではなくて、感情も斬ることができます。もっとも、それが私の力の全てというわけではなくて、まだ一端にすぎませんが……まあ、その話はまた今度にでも。今はあの男を)
(わかった。やってみる)
俺は剣を構えて、じっと男を見つめた。
すると、黒いモヤのようなものが男にまとわりついているのが見えた。
これが男を突き動かす復讐心なのだろうか?
剣を一閃。
男を傷つけることなく、黒いモヤを切り払う。
風に散らされるように、黒いモヤは消えてなくなった。
「あ、あれ? 俺はいったい、なにを……」
男は憑き物が落ちたような顔をして、呆然として……
やがて、涙を流し始めた。
「な、なんてことを……逆恨みをして、あんなことをするなんて……うぅ、すまない、すまない……!」
どうやら成功したらしい。
男は改心した様子で懺悔を繰り返して……
その後、駆けつけてきた憲兵に連れて行かれた。
「……すごいな」
改めて、聖剣の力を思い知る。
ある程度の自律行動をして、魔法を斬るだけではなくて、人の感情も断ち切る。
しかも、他にもまだ隠し玉があるらしい。
とんでもない、という感想しか出てこない。
「イクスさん!」
サナリーが俺の手を握る。
その目はキラキラと輝いていた。
さながら、英雄に憧れる子供のようだ。
「ありがとうございました! イクスさんのおかげで、私たちは怪我することなく助かりました!」
「まあ……俺が蒔いた種みたいなものだからな。俺が対処するのが当たり前だろう」
「今時、そんな風に考えることができるなんて……イクスさんは、とてもすばらしい人なんですね。腕が立つだけではなくて、しっかりとした心も持っているなんて……聖人? 素敵です、憧れてしまいます」
「いや、その……」
サナリーは俺をおだてるわけではなくて、本気でそう言っている。
だから困る。
純粋に好意を向けられることなんて、一度もなかったから……
どうしていいかわからない。
助けを求めて、擬人化したヒカリを見るのだけど……
「むう……マスターが褒められることはうれしいことなのですが、なぜでしょうか? もやもやとして、複雑な気分ですね……これはどういうことでしょうか? むう」
ヒカリは不機嫌そうな顔をして助けてくれない。
その後……
しばらくしてサナリーから解放されて、俺たちはダンジョンギルドを後にした。
ヒカリの機嫌が悪く、あれこれとなだめることになったけれど……それは別の話だ。
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