30話 家を捨てる・第二号
街を出ていくと告げた後……
メアリーは家に戻り、ロズウェルとスタックに旅に出る許可を求めたという。
しかし、反対された。
猛反対された。
当たり前だ。
元々、メアリーは独立を許されたわけではない。
俺と一緒にダンジョンに潜る許可は出たものの……
それだけで、家を出ていいという話ではない。
だが、メアリーは諦めなかった。
何度も何度もロズウェルとスタックを説得した。
説得して説得して説得して……
そして、そのまま家から出てこなくなった。
たぶん、業を煮やしたロズウェルかスタックが、メアリーの頭を冷やすために軟禁などをしたのだろう。
そのまま時間が流れて……
一週間が過ぎた。
「こんなところか」
食料や水。
その他、旅に必要なものを詰め込んだリュックを用意した。
旅の準備は完了した。
街で知り合った冒険者やギルドのサナリーたちに挨拶をした。
準備は終わり。
あとは街を出ていくだけだ。
レッドフォグに来て、約一ヶ月……
世話になった宿ともお別れだ。
一階に降りて、宿の女将と軽い世間話をして……
その後、宿を後にする。
すでに金は払っているので問題はない。
宿の外に出て……
そのまま街の入口へ移動する。
街の入口は関所のように堅牢な門が建てられている。
不審者、犯罪者を街に入れないためのものだ。
ただ、レッドフォグはそれほど厳しいところではないため、あからさまに怪しい人物でなければ出入りは自由だ。
幸いというべきか……
俺は救世主と呼ばれる立場なので顔パスだ。
俺の見送りを知り、憲兵たちが笑顔で手を振ってくれる。
それに応えて……
しばし、俺は門の前で待つ。
なにを待っているのか?
それは……
「マスター、いいんですか?」
「なにがだ?」
「メアリーさんのことですよ。置いていっていいんですか?」
「簡単に置いていくつもりはない。だから、こうして待っているんだろう?」
一応、メアリーの分の荷物も用意した。
メアリーが来なかった場合、荷物が倍になるが……
まあ、訓練と思えば特に問題はない。
「そうじゃなくて、迎えに行かなくてよかったんですか? メアリーさん、マスターが来てくれるのを待っていると思いますよ」
「そうかもしれないな」
「なら……」
「でも、それじゃあダメだ」
「え?」
「俺についてくるということは、家を出るということだ。ロズウェルなどの同意を得られていないとなると、家を捨てることになる。それ相応の覚悟が必要だ。それなのに、俺に……他人に誘われたから家を捨てるなんて、そんな決断じゃあ、この先やっていくことはできないだろうな」
ヒカリはじっとこちらを見て……
次いで、やれやれという感じで苦笑した。
「失礼しました。マスターはマスターなりに、メアリーさんのことを考えていたんですね。直球ではなくて、遠回しでわかりにくいから、誤解してしまいました」
「わかってくれればいい」
「えっと……こういうの、なんでいうんでしたっけ? 確か、ツンデレでしたっけ?」
「どこで覚えたんだ、そんな言葉……」
ウチの聖剣の将来が心配だ。
――――――――――
その後……
一時間ほど待ってみたけれど、メアリーが姿を見せることはなかった。
「ここまでにしておくか」
「でも……いいんですか? ひょっとしたら、うまくいっているかもしれないですし、ちょっと様子を見に行くくらいは……」
「言っただろう? 俺が手を貸したらアイツのためにならない。誰の力も借りることなく、メアリーは自分で選ばないといけないんだ」
「それは……そうかもしれないですが……」
「それができない以上、アイツは一緒に来ない方がいい。終着点の見えない旅なんだからな」
「そういえば……マスターは、これからどうするんですか? 他の街へ移動するのはいいとして、将来の目標というか着地点というか……それについては、どのような構想を?」
「将来か……」
この街でヒカリと出会い、メアリーと出会い……
色々な事を経験して、俺の剣がある程度通用することを知った。
ならば……
「魔法全盛期のこの時代で、剣一本でどこまでできるのか? それを確かめてみたいな」
「ふふっ、マスターらしい目標ですね。とてもいいと思います」
「付き合ってくれるか?」
「もちろんです。私はマスターの剣なのですから」
「ありがとな」
「ふぁっ」
ぽんぽんとヒカリの頭を撫でると、変な声がこぼれた。
「どうした?」
「い、いえ……こんな風にマスターに優しくされるなんて初めてのことなので、ついつい驚いてしまいました……」
……これからは、もう少し優しく接することにしよう。
反省する俺だった。
「さて、それじゃあ荷物を……」
「……ょー……」
「うん?」
「今、なにか……」
聞こえたような気がした。
ヒカリも同じ意見らしく、不思議そうな顔をしていた。
周囲に視線を走らせると……
「し……しょぉおおおおおぉぉぉーーーーーっ!!!!!」
ドドドドドッ、と盛大に土煙をあげながらこちらに駆けてくる物体が一つ。
いや、あれは……
「メアリーさん!?」
隣でヒカリが驚いていた。
俺は……秘密だ。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……ぜひゅー、ぜひゅー、ふぴぃ……!!!」
メアリーは急ブレーキをかけて俺の前で止まり……そのまま死にそうな顔をして、何度も何度も荒い吐息をこぼした。
たぶん、家からここまで全速力でずっと走り続けたのだろう。
さすがにかわいそうに思い、そっと背中を撫でてやる。
「大丈夫か?」
「は、はひぃ……ご、ごしんぱいおかけしますぅ……ふへぇ……ぐひゃあ……」
大丈夫ではないな。
女にあるまじき声がこぼれているぞ。
「師匠っ!」
数分の休憩の後、元気を取り戻したメアリーがぐいぐいっと詰め寄ってきた。
だから近い。
「私も連れて行ってください!!!」
「ロズウェルとスタックはどうした? 反対されていたが、説得できたのか?」
「いいえ、できませんでした!」
「うん? なら、どうした?」
「何度も何度も説得して、でもダメで、そのうち頭を冷やせと軟禁されちゃったんですけど……そこまでされたら私も頭にきちゃうじゃないですか。だから、こっそりと抜け出してきました!」
晴れやかな顔でそう言う。
「私は師匠みたいな冒険者になるんです! だから、あんな家になんていられません! いる必要がありません! 家出します! そして師匠についていきます! だから……お願いしますっ、私も連れて行ってくださいっ!!!」
「くっ……ははは」
思わず笑ってしまう。
元気なヤツだとは思っていたが、メアリーにここまでの行動力があるなんて……
ある意味で、俺よりも上じゃないか?
「マスター。今のメアリーさんを見る限り、特に問題はないように思えますが」
「ヒカリさぁん……」
ヒカリの援護を受けて、メアリーが感動に涙した。
「わかっている」
「えっ、それじゃあ……」
「メアリーが決めたことなら、俺は文句は言わない。好きにするといい」
「あっ……」
メアリーは目を大きくして、
「はいっ、好きにしますね! 師匠、これからもよろしくおねがいします!!!」
にっこりと笑った。
「それじゃあ……改めて出発するか。行くぞ」
「はい、マスター」
「了解ですっ、師匠!」
ヒカリとメアリーを連れて……
俺は新しい旅に出た。
この先、なにが待ち受けているのか?
それはわからないが……
俺の剣でどんな道も切り開いていこう。
ひとまずここで完結となります。
プロット考えた部分、書ききってしまったので……^^;
読んでいただき、ありがとうございました。