3話 擬人化
「私は、聖剣エクスカリバーです」
輝く金色の髪をした女の子が、軽くお辞儀をしながらそう言った。
歳は俺と同じくらいだろうか?
背は低く体も小さいけれど、落ち着いていてしっかりとした印象を受ける。
精神的に成長しているからなのか、大人びて見えた。
静かな表情に、あまり感情を感じさせない瞳。
まるで人形みたいだ。
例えるなら、とても精巧な美術品で……
美人というよりは美少女という女の子だった。
「俺は……」
ひとまず自己紹介をしようと思い、言葉に詰まる。
彼女が家のことを知っていたら、面倒なことになるかもしれない。
「イクス・シクシスだ」
とりあえず、姓は適当に考えた偽名を使うことにした。
「えっと……あんたはなんなんだ?」
「聖剣です」
「いや、おかしいだろ。剣が人になるなんて、聞いたことがないぞ」
「なるほど……マスターは神具を手にしたことがないのですね。神具なら、擬人化なんてわりと当たり前のことなのですよ」
「擬人化?」
それって……人ではないものを人に描いて、ゆるキャラとかマスコットにしてしまう、あの擬人化のことか?
「一定のレベル以上の武具は、己の意思と魂を持ちます。それだけではなくて、擬人化……つまり、人の姿をとることができます。私は神具なので、擬人化するくらい朝飯前ということなのですよ」
「なるほど……なるほど?」
にわかには信じがたい話だ。
しかし、現にこうして擬人化した女の子が実在している。
「信じるしかなさそうだな」
「理解が早いですね。さすが私のマスターです」
「さっきから不思議に思っていたんだが、そのマスターっていうのは?」
「マスターはマスターです。私を目覚めさせて、主になった人……故に、マスターです」
「俺は聖剣の主として認められたのか……?」
「はい。マスターが私を買ってくれなければ……それ以前に、手に取ってくれなければ、私は目覚めることなくずっと眠ったままだったでしょう。そして、そのまま廃棄されていたでしょう。マスターは命の恩人です。恩に報いるためにも、これから精一杯、マスターに仕えさせていただきますね」
そういう聖剣は、とてもまっすぐな目をしていた。
俺に助けられて恩を感じているということ。
その恩返しをしたいということ。
目を見ればわかる。
それらの言葉はウソではなくて、本心から来るものなのだろう。
育った環境からか、人の悪意などを見抜くことは得意になったからな。
「ところで……一つ聞きたいのですが、今は何年ですか?」
「4019年だ」
「4000……それは、また……驚きですね。どうやら、私はかなりの間、寝過ごしてしまったみたいですね」
「どれくらい寝ていたんだ?」
「最後の記憶が3500年くらいなので、おおよそ、500年は寝ていたことになりますね」
「寝坊にもほどがある」
本当の人間だったら、干からびてミイラになっているぞ。
「仕方ないんです。私はマスターがいないと、ちゃんと起動することができませんから。今まで誰も私を扱える人が現れず、ずっと寝ていました」
「なるほど、そういう理由があるのか」
その話を聞くと、俺と彼女が出会ったのは運命のように思えてきた。
たまたま訪れた店で、たまたま彼女を見つけて……
確率にしたら、何パーセントになるだろうか?
たぶん、天文学的な数値になるだろう。
「私を目覚めさせることができるなんて、ひょっとして、マスターは世界的に有名な剣士ですか?」
「世界的どころか、誰も知らないような無名の剣士だな」
「そうなのですか? 神具を使うことができる人は、相当に限られているのですが……一定の才能と力量を持っていなければいけません。なにしろ、神さまが作った武具ですからね。それ相応の力と清らかな魂が求められるのです」
「そうなのか?」
「隠しているだけで、本当はすごい剣士なのではないのですか?」
「違う。本当に無名の剣士だ」
「そうなのですか……無名なのに、それほどまでにすごい力を持っているのですね。さすが、私のマスターです」
「何度も言うが、俺は大した剣士じゃないぞ? 小さい頃から剣の練習はしていたが、それだけで……誰も知らない無名の剣士だ」
「謙遜しなくてもいいですよ。マスターはすごい力を持つ剣士です。伊達に、聖剣をやっていませんからね。その人の力量は一目見ればわかります。マスターは相当にレベルの高い剣士ですよ」
初めて剣の腕を褒められた。
ただ、実際に剣を振るうところを見ての言葉ではないので、やや微妙なところではある。
「マスターに使われることができて、私は幸せな聖剣です。これから、よろしくおねがいします」
「よろしくな」
こうして……ひょんなことから、俺は聖剣を手に入れた。
擬人化するというオマケ付きではあるが、神さまが作ったと言われている武具だ。
頼もしいのだけど……
果たして、魔法ありきの世界でどこまで通用するか?
正直なところ、不安は残るが……
俺は俺の好きなように生きると決めた。
なら、前に突き進むまでだ。
――――――――――
「とりあえず、お前の名前をつけようと思う」
彼女が小首を傾げた。
「私には、エクスカリバーという名前があるのですが」
「呼びにくいだろ、そんなの。人の名前には聞こえないし、人前で名前を呼ぶことができない。だから名前をつける。いいな?」
「わかりました。マスターの思うままにしてください。マスターの言うことならば、私はなんでも従いますので」
「あのな……おまえみたいな女の子が、なんでも、とか言うな」
「なにかいけないのですか?」
「あー……いいや、なんでもない。なんか、俺が薄汚れた人間に思えてきた」
彼女はとてもピュアな心を持っているのだろう。
それに比べて、邪なことを考えてしまう俺っていうやつは……
ちょっとだけ凹んだ。
「そうだな……」
それはともかく、彼女の名前を考える。
黄金色の髪が目に入る。
太陽の光を反射して、ほのかに輝いている。
「ヒカリ……なんてどうだ?」
「ヒカリ……ヒカリ……」
彼女は噛みしめるように、俺が考えた名前を何度も口にした。
それから、そっと己の胸に手を当てる。
「とても良い名前だと思います。ありがとうございます、マスター。今後は、私のことはヒカリと呼んでください」
彼女……ヒカリは笑みを浮かべていた。
どうやら気に入ってくれたらしい。
「よし。じゃあ、名前はこれで決まりだ。次は、これからのことについて話をしよう」
「これからのことですか? どのような予定を立てているのですか?」
「金を稼ぐ」
「地味ですね。神具を手に入れたのですから、もっと大きいことをするのかと思っていました」
「あのな……繰り返しになるが、俺は無名の剣士だ。大した力もない。そんな俺が、いきなり大きなことをできるわけがないだろう」
「私も繰り返しになりますが、マスターはすごい力を持っていますよ? なぜ、そのことを自覚しないのでしょうか?」
「あのな……そもそも、この世界で剣士が名を馳せるなんて、無理な話なんだよ」
「それはどういう意味ですか?」
ヒカリが不思議そうな顔をした。
そうか……ヒカリは500年も眠っていたから、今の世の中の事情を知らないのだろう。
剣であるヒカリには酷な話かもしれないが……
今後のためにも、きちんと事実を伝えておく必要があるな。
「今は魔法の時代で、剣は必要とされていないんだ」
「はて? どういうことでしょうか?」
「詠唱一つで、なんでもできる魔法が最強と言われている。魔法全盛期の時代なんだよ。そして、剣がなければ何もできない剣士は落ちこぼれとして扱われているんだよ」
「えっ、そのようなことになっているのですか? 驚きの事実ですね……500年前は、そんなことにはなっていませんでしたが」
「この500年で、魔法技術はかなり進歩したからな。剣など、武具を扱うものは魔法の技術の発展についていくことができず……脱落して、結果、さっきも言ったが落ちこぼれと言われているのさ」
「世知辛い話ですね……ですが、そのような世の中なのに、どうしてマスターは剣を?」
「俺は生まれつき魔力がゼロなんだ。魔法を使いたくても使えない。だから、剣の道を進むことにした。もっとも……誰にも認められず、親からも蔑まれていたけどな」
「そうですか……すみません。イヤなことを聞いてしまいました」
「いいさ。もう過ぎたことだ」
気にしていないといえばウソになるが……
マイナス思考に囚われるのも馬鹿らしいので、気持ちを前向きなものに切り替える。
「そういうわけだから、俺についてくると苦労するかもしれないぞ。改めて聞くが、それでもいいのか?」
「元より、この身はマスターに助けられた命です。マスターについていく以外の選択肢はありません。それに……」
「それに?」
「魔法が最強と言われている中で活躍をすれば、とてもおもしろいことになりそうです。私とマスターの力で、魔法こそが最強と言う人々の鼻を明かしてやるのも、それなりに楽しそうですね」
「……意外と過激なことを言うんだな」
「マスターは反対ですか?」
「いや、賛成だ。ヒカリは俺好みの性格をしているな」
「剣は主に似るみたいです」
ニヤリと笑い合う。
うまくやっていけそうな気がした。
本日19にもう一度更新します。