29話 これからのこと。
翌日。
メアリーに仲介を頼み、ロズウェルの屋敷を訪ねた。
アトリーがスタンピードを引き起こしたこと。
そのために使用した魔道具は、まだダンジョン内に残されていること。
その目的は不明で、おそらく、もう街にはいないこと。
それらの事実を報告した。
「ふむ……まさか、アトリーが……」
俺の報告を受けたロズウェルは苦い顔をした。
それなりにアトリーに信頼を寄せていたのだろう。
アトリーは一冒険者として活動していたが……
ロズウェルに対しても、それなりの繋がりを持っていたみたいだ。
だからこそ、冒険者が遭難した時、捜索隊に組み込まれたのだろう。
ただ……
今になって思うと、あの時からすでにアトリーの計画は動いていたのだろう。
捜索に参加したのは下見なのだろう。
それと、魔道具の試し打ちというところか?
大量のモンスターは、その副産物だろう。
それらの推理を伝えると、ますますロズウェルの顔が渋いものになる。
「むぅ……」
一方で、ヒカリも微妙な顔をしていた。
いつもの落ち着いた顔ではなくて、ジト目でこちらを睨んでいる。
「どうした?」
「マスター、どうして私を連れて行ってくれなかったんですか?」
小声で問いかけると、拗ねたような声が返ってきた。
「一人で真犯人と対峙するなんて……」
「ヒカリは酔いつぶれていたから、仕方ないだろう?」
「うぐ……それを言われると弱いですが……ですが、無理矢理に起こしてでも連れていってほしかったです。私とマスターは、一心同体なのですから」
「……それもそうだな」
剣士が剣を手放して行動するなんて、よくよく考えたらありえないことだ。
「悪かったな。今度、同じようなことがあれば、その時は叩き起こしてでも連れて行く」
「はい、約束ですよ?」
機嫌が直ったらしく、ヒカリは笑顔になった。
一方で……
「むううう……」
メアリーも膨れていた。
たぶん、ヒカリと同じ理由だろう。
が、まだまだ未熟な弟子を危険地帯に連れて行く理由なんてないので、フォローはしないでおく。
「ううむ……にわかには信じがたい話だが……しかし、辻褄は合う。いや、だが……」
すぐに俺の話を信じることができないらしく、ロズウェルは唸り声をあげていた。
それも仕方ない。
俺はただの冒険者で、身元が保証されていない。
そんなヤツの言葉をいきなり信用することなんて、なかなかできないだろう。
まあ、実家の話をして、ヴァルハイトの名前を使えば、あるいは信じてもらえるかもしれないが……
実家とは縁を切った。
そんなことは死んでもしない。
「父上、イクス殿はウソをついていないと、私はそう思いますが」
同席していたスタックがそんなことを言う。
思わぬ援護射撃に、俺だけではなくてロズウェルも目を丸くした。
「それは……どうしたというのだ、いきなり? お前は、イクス殿のことを嫌っているように見えたが……」
「ええ、そうですね。昔の自分は浅はかでした。魔法が使えないというだけで、イクス殿のことを下に見るという愚かなことを……過去の自分に会えるのならば、殴り倒してやりたいです」
少しずつスタックの目が熱を帯びていく。
「しかし、そのような無礼なことをしたにも関わらず、イクス殿はこの街を救ってくれました。自分は、イクス殿がドラゴンを倒すところを見ました。イクス殿がいなければ、スタンピードを乗り越えることはできなかったでしょう。まさに救世主! そして、そのようなイクス殿がウソをつくなんてありえませんっ」
……ずいぶんとすさまじい手の平返しだな。
「単純な人なのですね……」
「兄さん、一見するととっつきにくい人なんだけど、実はものすごくわかりやすい性格をしているんですよ……」
ヒカリとメアリーも呆れた様子だった。
「う、うむ……まあ、お前がそう言うのなら調べてみることにしよう」
スタックの後押しもあり、ロズウェルを納得させることに成功した。
調査をしてくれるという約束をして……
その後、俺たちは屋敷を後にした。
「ねえねえ、師匠。約束してもらうだけでよかったんですか? 追撃隊を編成してもらうとか、あるいは報酬をもらうとか」
一緒についてきたメアリーがそんなことを言う。
「俺たちの話が本当だという裏付けがなければ、いくらなんでもすぐに動くことはできない。それなりの立場の人間だから、軽はずみな行動はできないだろう? あと、報酬は別にいらん」
「いらないんですか?」
「今は財布は潤っているからな。無理に催促するようなことをしても、面倒になりそうだ」
一連の事件の解決に協力したこと。
また、ドラゴンの魔石を手に入れたこと。
それらのことで財布が一気に潤った。
まだ換金していない魔石はあるが……
今の手持ちは1000万くらいなので、当分、食うのに困ることはない。
「うーん、残念。師匠の名声をさらに高めるチャンスなのに」
「マスターの武勇が轟くということなら、そのチャンスを逃してしまうのは惜しいですね」
ヒカリが話に乗っかる。
「今回の事件でマスターは救世主と呼ばれるようになりましたが、まだ、この街の全ての人がマスターの力を知っているわけではないですからね。この機会に、マスターの武勇、人柄を全ての人に知ってもらいましょう」
「いいですね、それ! ヒカリさんに賛成ですよ」
「やめろ……」
ただでさえ、救世主という呼び名には辟易としているんだ。
俺はそんな大層なものじゃないというのに……
これ以上、話が大げさになると、いずれ羞恥心でどうにかなってしまうかもしれない。
「ところで……メアリー。二つ、話がある」
「はいっ、なんですか!?」
ビシッと敬礼をして、俺の呼びかけにメアリーが応えた。
憲兵団みたいで堅苦しい。
ただ、本人は気に入っているらしく、にこにこしていた。
気に入っているのならいいか。
そう思い、メアリーの大げさな反応はスルーして話を進める。
「食料と水。それと旅に必要な道具が欲しい。それらをスムーズに入手できる店を知らないか?」
「そんなもの、普通にお店で買えばいいんじゃないですか?」
「まだ少し、街は混乱しているだろう? そんな中であれこれ買おうとしても、うまくいかないことが多いんじゃないか?」
「あっ、それもそうですね。スタンピードのせいで被害を受けた店もありますし……うん。師匠の言う通り、スムーズに買うにはちょっとした裏技が必要かも」
メアリーは考えるような仕草をとり、うーんうーんと悩む。
ややあって、ぽんっ、と手の平を叩く。
「兄さんと父さんに頼んでみますね。二人なら手を回して、色々と入手できると思うので」
「それ、大丈夫なのか? 後で揉めないか?」
権力を振るうとなると、揉め事の原因になりそうだが……
「あの二人、頭が回るから大丈夫ですよ。無茶はしないし、問題のない方法を選んでくれると思いますよ」
「そうか……なら頼む」
「それにしても、旅支度をするなんてどうしたんですか? もしかして、街を出ていくとか? あっはっはー、そんなことありませんよねー」
「いや、その通りだが?」
「なんですってぇ!?」
メアリーはひっくり返ったような声をあげて……
ぐぐぐっ、と勢いよく顔を寄せてきた。
近い近い。
「し、師匠っ、この街を出ていっちゃうんですか!? ここに永住してくれるんじゃないんですか!?」
「そんなことは一言も言っていない」
「そ、そんなぁ……」
メアリーは泣き出しそうな顔になり、へなへなとその場に座り込んでしまう。
そんなメアリーを見て、ヒカリが同情するような顔になる。
「マスター。メアリーさんがかわいそうですよ。マスターの考えていること、なんとなく理解したので……早く二つ目の話をしたらどうですか?」
「わかってる。今しようと思っていたが……コイツが勝手に騒ぐから、なかなか切り出せなかったんだよ」
「ふぇ……?」
「メアリー……二つ目の話をするぞ。俺はこの街を出る。アトリーの調査のことがあるし、準備もあるからすぐにとは言わないが……まあ、一週間後には出ていくだろうな」
スタンピードが起きたとなれば、周囲の街にも情報が流れるだろう。
俺の実家にも話が届くかもしれない。
そうなるとかなり面倒なことになる。
あの両親のことだ。
俺を連れ戻すために傭兵を雇い、このレッドフォグに派遣するということもしかねない。
そんな面倒はごめんだ。
なので、街を出て……
両親の力が及ばない他国へ移動するつもりだ。
それに……消えたアトリーのことも気になるからな。
他国へ移動して、ヤツの手がかりを探してみようと思っている。
それらのことをメアリーに告げて……
「メアリーはどうしたい?」
「わ、私は……」
「街に残るか? それとも……俺についてくるか?」