26話 英雄
人は無意識のうちに力をセーブしている。
全力を出したとしても……
実際は30%ほどの力しか出せていないという。
100%の力を出すと、その負荷に肉体が耐えられない。
故に、どれだけ意識しても30%が限界だという。
その無意識下にかけられているリミッターを解除するのが、『四之太刀・絶空』だ。
本来、30%しか発揮できない力を100%の状態に引き上げることができる。
人の持つポテンシャルは相当なものだ。
100%の力を引き出すことができれば……
「グギャアアアアアッ!!!?」
返す刃でドラゴンの片腕を切り飛ばす……こんなこともできるようになる、というわけだ。
(す、すごいです……意図的にリミッターを解除するなんて、そんなことができるなんて……)
戦いながら念話で説明すると、ヒカリの唖然とした声が聞こえてきた。
(これも教本で得た力だ)
(漫画ですか……もはや、なんでもありですね、漫画。というか、こんなことができるのならば、最初から使っていればよかったのでは?)
(できることなら使いたくないんだよ。とんでもない負荷がかかるから、後で相当痛い目に遭う)
リミッターを解除してまだ一分も経っていないけれど、すでに身体の各部が悲鳴をあげている。
筋肉がギシギシと鳴り、今にも切れてしまいそうだ。
100%の力で剣を振るうと、骨がきしみ、耐えられない部分からヒビが入っていく。
100%の負荷に耐えられるように訓練をしてきたつもりだけど……
まだ成し遂げることはできず、こうして、反動に苦しめられている。
(長くは保たない。一気に決めるぞ)
(はいっ、マスター!)
片腕を失いながらも、ドラゴンが怒り狂い、もう片方の腕で俺を押しつぶそうとしてきた。
振り下ろされる腕を剣の腹で受け止めて……
即座に反撃に転じて、縦に切り裂いた。
「グアッ、ギャウウウウウッ!!!?」
要塞のごとき防御力を持つ己の体が簡単に切り裂かれて、ドラゴンは軽いパニックに陥る。
痛みに苦しみ、体液を撒き散らすようにのたうち回る。
それでもまだ生命力は途切れていない。
動き回る体力も残っているらしく、咆哮を撒き散らしている。
ただ、これ以上の戦闘は避けることを望んだらしい。
翼を広げ、宙へ羽ばたく。
撤退を決めて、そのまま飛び去ろうとするが……
「逃さねえよっ!」
足に力を込めて……跳躍!
リミッターを解除しているから、羽のように軽い。
直上に飛び……
ドラゴンを追い抜いて、遥か上空で反転する。
その後、重力に引かれて落下して……
その勢いを剣に乗せて、全力の一撃を叩き込む!
「三之太刀……月影!!!」
半円を描くように剣を振る。
刃がドラゴンの首を切り飛ばして、その生命を断つ。
ドラゴンの巨体は、朝日に消える闇夜のように散り……
巨大な魔石となって地面に落ちた。
「お……うぉおおおおおおおおおおぉぉぉっ!!!!!」
誰が最初に声をあげたのか。
最大の難敵が屠られたことを喜び、冒険者たちが歓声をあげた。
それは次々と伝染していき、この場にいる者が皆、手を高く掲げて、声を張り上げた。
その後……
俺も着地して、そのまま膝をついた。
「マスター、大丈夫ですか!?」
擬人化したヒカリが駆け寄ってきた。
ぎゅうっと抱きつかれるのだけど……
「痛い痛い痛いっ……!?」
リミッターは元に戻したけれど、反動が消えることはない。
むしろ、悲惨なのはこれからだ。
筋肉痛のように、後からじわじわと遅れて痛みと苦しみがやってくる。
「あぁっ!? す、すみません、マスター」
「いや……とりあえず、離れてくれるとうれしい」
「は、はいっ」
ヒカリが素直に離れてくれた。
危なかった。
今の俺は、超虚弱体質のようなものだからな。
今なら、子供にもケンカで負ける自信があるぞ。
「ヒカリ……すまん。ポケットにポーションがあるから、取ってくれないか? 今は体を少し動かすだけでも、ものすごく痛い……」
「わ、わかりました。えっと……これですね? はい、どうぞ」
ヒカリがポーションを俺の口にあてがう。
取り出すだけでよかったんだが……
まあいいか。
今は、本当に体を動かすだけでも辛いので、素直に甘えることにする。
「……ふう」
ヒカリにポーションを飲ませてもらい、少しは痛みがマシになった。
「どうですか、マスター? 大丈夫ですか?」
「なんとかな。まだあちこち痛いが……とりあえず、動けるようにはなった」
立ち上がり、体のあちこちを動かして具合を確認する。
ヒビが入っているが……
幸いというか、折れている箇所はなさそうだ。
治癒院で回復魔法をかけてもらえば、後遺症もなく治るだろう。
「おいっ、あんたすげえな!? まさか、あのドラゴンを倒しちまうなんて……驚いたぜ!」
「他のヤツに話を聞いたが、剣士なんだって? それなのにあんな力を持っているなんて、くううう、反則だろう。すごすぎて、嫉妬を通り越して尊敬しかねえよ!」
「今度、握手をしてくれよ! おまえさんは、この街の英雄だ!」
残った魔物の掃討を終えた冒険者たちが、皆笑顔で駆け寄ってきた。
それぞれ、興奮気味に話しかけてくる。
「……」
思わずぽかんとしてしまう。
どうして……こんなことに?
俺は落ちこぼれの剣士で、彼ら彼女らは魔法使いで……
蔑まれることはあっても、褒められることなんてない。
そんなことは今まで、一度もなかった。
それなのに……
「マスター」
ヒカリがとても優しい顔をしていた。
「あまり引け目を感じないでください。マスターはすごい剣士です。魔法が使えなくても、魔法使い以上の力を出すことができる、すごい剣士です。そのことは、他の皆も認めています。こうして、認めてくれているんです。だから……今は、素直にその賞賛を受け取りましょう。胸を張って、誇りましょう」
ヒカリの言葉がとても温かい。
胸に染み渡るみたいだ。
俺は……誰かに認められたかったのだろうか?
こうして、よくやった、と声をかけてもらいたかったのだろうか?
今までに、そんなことは一度もなかったから、そういうことを求めて……
そういうこと……なのだろうか?
「……」
わからない。
ヒカリに言われたけれど、まだ自分の心は整理できない。
ただ……
俺は皆の歓声に応えるように、勝利を掴みとったというように、拳を高く高く突き上げた。
歓声がよりいっそう強くなる。
どうするべきか、まだわからないが……
今はヒカリが言ったように、素直に称賛を受け取ることにしよう。
そして、それに応えることにしよう。
「ふふっ、さすが私のマスターです」
ヒカリは上機嫌な様子で、にこにこと笑っていた。
いつも落ち着いているから、そういう顔は珍しい。
そして……
「しっ、ししょぉおおおおおぉぉぉっ!!!!!」
満面の笑みを浮かべて、メアリーが駆け寄ってくるのが見えた。
あ、イヤな予感。
「さすが師匠ですっ! ドラゴンを圧倒するなんて、すごすぎますっ! 師匠、最高ですっ!!!」
思い切り抱きつかれて……
「ぐあっ!!!?」
思わず悲鳴をこぼしてしまう俺であった。
締まらない結果になったものの……
かくして、レッドフォグを襲う危機を乗り越えることができたのだった。