24話 荒れ狂う魔物
レッドフォグのダンジョンは街の中心に位置する。
塔のような外観だ。
いざという時に備えて、その作りは堅牢なものになっている。
ギルドカードなしでは出入りすることができず、出入り口は強固に閉ざされている。
攻城兵器を撃ち込んでも、すぐには壊れないほどの耐久度があった。
その扉が……今、壊れた。
「グギャッ、ギャギャギャ!」
「キシャアアアアアァッ!!!」
「グルルルルルッ……!」
扉が吹き飛び、大量の魔物があふれてきた。
ゴブリン、スライム、オーク、オーガ、リザードマン、ウルフ、ゴーレム、キラービー、ワーム、キャタピラー、ゾンビ、フロッグ、キラースパイダー、アイアンアント、ブラッディベアー、ブラッドスネーク……
数えきれないほどの魔物が次々と姿を見せる。
その全てが、血のように紅い目をしていた。
スタンピードで暴走している状態を示していた。
ダンジョンの外に出たことで、魔物の体が端から崩れ始める。
しかし、その速度は遅く、完全に崩れるまで30分はかかるだろう。
その30分の間に、どれだけの破壊をもたらすことができるだろうか?
そのことを考えて、スタックは顔を青くした。
しかし、ここで怯えている場合ではない。
ロズウェルから迎撃を任されたのだ。
なんとしても父の期待に応えてみせる!
スタックは手をあげて……周囲の冒険者たちに号令を下す。
「攻撃開始!」
砦を囲むように防壁を築いていた。
急造なので、木材や鉄骨を積み重ねただけの簡易なものだ。
それでもないよりはマシだ。
防壁に身を潜めながら、塔を囲む冒険者たちが、一斉に魔法を放つ。
炎、氷、土、雷、光、闇……ありとあらゆる属性の魔法が吹き荒れて、魔物の群れを消し飛ばした。
しかし、敵の数は万に届くほどだ。
撃ち漏らしが損じてしまい、体の小さい魔物などが駆けてきた。
「予備隊、撃て!」
スタックの合図で、第二射が放たれた。
撃ち漏らした魔物たちを正確に射抜き、絶命させる。
これがスタックの考えた作戦だった。
まずは大火力をもって、敵の大部分を削り取る。
その後、後発組が撃ち漏らした敵を仕留める。
念のために、第三陣まで控えている。
(いけるっ、いけるぞ!)
第一波を掃討することができて、スタックは笑みを浮かべた。
急造の混成部隊であるにも関わらず、きちんと統制がとれていた。
事前の打ち合わせ通りに行動してくれている。
その結果、魔物の第一波を壊滅させることに成功した。
後は繰り返すだけだ。
こちらの魔力が尽きるか、魔物が全滅するか。
どちらが先か?
そこは賭けになってしまうが、決して勝てない戦ではない。
「いくぞ! 第二射、攻撃開始!」
必ず勝利してみせると意気込みながら、スタックは強い声で命令を飛ばした。
――――――――――
どれくらい戦っただろうか?
どれだけの魔物を倒しただろうか?
スタックはそんな疑問を抱くが……
疲労が邪魔をして、まともにものを考えることはできない。
魔物を迎撃することだけを考えて、ひたすらに魔法を放つ。
「ファイアーデトネーション!」
途中からスタックも攻撃に参加していた。
指揮官が直接戦闘に参加することは好ましくないが……
長時間の戦闘に耐えられず、次々と魔力切れを起こす者が出てきてしまい、その穴を埋めるために参戦せざるをえなかったのだ。
すでに陽は遥か彼方に沈み、月が輝いている。
単純計算で、半日は戦い続けている。
辺り一面に数えきれないほどの魔石が散らばっている。
街の財源を大幅に潤すことができるだろう。
……ただし、この戦いを乗り切ることができれば、の話であるが。
「スタックさま、また魔物の増援が!」
「くっ、まだ続くというのか!」
倒しても倒してもキリがない。
無限なのかと思うほどに、魔物は次から次にあふれ出てきた。
すでに戦線は崩壊しつつある。
防衛ラインを越えて、街に入り込んでしまった魔物もいる。
それでも、諦めるわけにはいかないのだ。
諦めてしまえばそこで終わりだ。
それに、勝機がないわけではない。
ダンジョンに潜ったままの冒険者たちが戻ってくれば、戦力の回復が期待できる。
立て直しを計ることができる。
やけに遅いことが気になるが……
もしかしたら、スタンピードの影響でポーターが使用不能になっているのかもしれない。
絶望的な気分になりながらも、スタックは戦い続けるが……
その心を決定的に折る出来事が起きた。
「グルァアアアアアァァァッ!!!!!」
仲間であるはずの魔物を踏み潰し、その巨体を見せつけるように翼を広げながら、ソレが姿を現した。
大きく口が裂けていて、牙は一つ一つが槍のように大きく鋭い。
全身を覆う鱗は鋼鉄のように硬く、さらに魔法に対する高い耐性を持つ。
その巨体を飛ばす力を持つ翼は天を覆うほどに大きい。
ドラゴン。
Aランクの魔物だ。
非常に強力な個体で、ドラゴン一匹で街が壊滅したという話があるほどだ。
その力はすさまじく、Bランクの冒険者でさえも歯が立たないという。
国に数人しかいないと言われているAランクの冒険者でなければ倒すことはできない。
そして……この場にAランクの冒険者はいない。
「くっ……!」
スタックは絶望に飲み込まれかけるが……必死に気力を奮い立たせて、その場に踏みとどまる。
自分は指揮官なのだ。
指揮官が戦意喪失したら、そこで全てが終わってしまう。
「怯むなっ、全員、全力で攻撃をしろ!」
スタックは冒険者たちに激を飛ばした。
それに応えるように、冒険者たちは魔法を詠唱する。
炎の矢。氷の槍。土の弾丸。雷の剣。風の刃。光の奔流。闇の魔法陣。
ありとあらゆる種類の魔法が放たれる。
それらは横殴りの雨のように、破壊の嵐を吹き荒れさせる。
絶え間ない攻撃に、ドラゴンが怯むような仕草を見せた。
それを見た冒険者たちは、さらに攻撃を加える。
一時も休むことなく。
ただただ魔法を唱え続ける。
数十人もの魔法使いが同時に魔法を放つ。
一発一発が、小さな魔物なら一撃で倒せるほどの威力がある。
それを百……いや、千発以上。
到底、耐えられるものではない。
そこに、さらにダメ押しの一撃が加えられる。
「ギガ・ファイアーデトネーション!!!」
スタックが上級魔法を解き放つ。
巨大な炎の塊が宙に現れた。
10メートルは越えるだろう。
小さな家なら丸ごと飲み込んでしまいそうだ。
炎塊は熱波を撒き散らす。
その表面温度はいくらだろうか?
鉄ならば軽く溶けてしまうかもしれない。
スタックが手を振り下ろして……
その動きと連動するように、炎塊がドラゴンめがけて落下した。
まるで隕石だ。
炎がドラゴンを飲み込み……
爆炎となって吹き荒れる。
周囲のものをことごとく吹き飛ばして、天に届きそうなほどの巨大な火柱を立ち上げて……
全てを塵に返していく。
冒険者たちが歓声をあげた。
あれほどの一撃を食らえば、いくらドラゴンでも無傷というわけにはいかない。
生きていられるわけがない。
ドラゴンを倒すことができた。
街を守ることができた。
スタンピードを乗り越えることができた。
喜びの声をあげる。
そんな人々を見て、スタックも笑顔を取り戻した。
しかし……その笑顔はすぐに固まる。
「グルルルゥ……」
煙が晴れて……
その先にドラゴンの姿があった。
無傷だった。
ドラゴンの強靭な鱗を突破できた攻撃は皆無だった。
怒りを買うだけであり、意味のない行動だった。
「そ、そんな……」
心が折れて、スタックはその場に膝をついた。
他の冒険者たちも似たような様子だ。
ドラゴンの圧倒的な力を思い知り、それに抗う術はない。
ドラゴンは冒険者たちをなぶるように、ゆっくりと巨大な口を開いた。
鋭い牙が並んでいるのが見える。
その奥に炎が収束していき、破壊を撒き散らそうと……
ガァンッ!!!
突如、空から降ってきたなにかがドラゴンの頭を叩いた。
ドラゴンはその打撃に耐えきれず、頭を地面にめりこませてしまう。
ドラゴンが初めてまともなダメージを負う。
それを成し遂げたのは……
「間に合ったか」
イクスだった。




