23話 スタンピード
スタンピードと呼ばれる災厄がある。
ダンジョンには定期的に魔物が生まれるが……
時に、ありえないほどの量の魔物が出現する。
その数は数え切れないほどで……
ダンジョンに収まりきらずに、外にあれふ出す。
そして、イナゴの群れのように全てを破壊し尽くしてしまうのだ。
もちろん、魔物はダンジョンの外で生きることはできない。
しかし、即座に死ぬわけではない。
多少の活動はできるのだ。
ダンジョンからあふれ出した魔物は全てを飲み込む。
過去に数回、スタンピードが発生したという記録がある。
その数回は……
いずれも街が壊滅するという最悪の結果を迎えていた。
「ま、まさかスタンピードなんて……なにかの間違いではないのか!?」
「いえ。興味を持ち、調べたことがあるのですが……間違いないかと。黒い渦が出現して、そこから大量の魔物があふれる……そして、いずれダンジョンに収まりきらなくなり、地上へあふれだす。資料で見た通りです」
「そんなバカな……」
「以前、モンスターハウスの魔物が勝手に移動するという事件がありましたが……今にして思えば、あれはスタンピードの前兆の一種だったのかもしれません」
「ど、どうすれば止められる!? この黒い渦を破壊すれば……!」
「いけません! そんなことをしたら、一気に魔物があふれてくると言われています。そんなことをしたら、なにも対策を打てなくなってしまいます」
「くっ……! スタンピードの発生まで、どれくらいだと思う?」
「おそらく……2~3時間というところかと」
「たったそれだけなのか……」
スタックは絶望を覚えて、神に祈りたくなった。
しかし、神がいつも人の願いを叶えてくれるとは限らない。
人の手でできることは、人の手でしないといけないのだ。
「僕はすぐに地上へ戻り、父にこのことを伝える! 迎撃準備と……あと、できる限り住民を避難させておこう。アトリーは、本隊と合流して地上へ戻るように伝えろ!」
「はいっ」
スタックとアトリーは全力で駆け出した。
その背後で、黒い渦がゆっくりと広がっていた。
――――――――――
11層の攻略を開始して、3時間ほどが経っただろうか?
攻略は順調だ。
時折、見たことのない魔物と遭遇するものの……
状態異常をしかけてきたり、魔法が通じないなどというような厄介な展開が訪れることはなくて、普通に倒すことができた。
この魔物の情報は、後にダンジョンギルドに登録されて、多くの冒険者が知ることになるだろう。
途中、階層主の部屋を発見した。
5層以下になると、階層主は自分だけの部屋を持つようになる。
そこで悠々自適に過ごしているわけだ。
階層主を倒さなくても、下層へ移動することはできる。
なので、今は避けて通るという判断がくだされた。
俺もその方が正しいと思う。
階層主はとんでもない力を持っているし、下手にぶつからない方がいい。
ヒカリとメルは、「「マスター(師匠)なら一刀両断できると思いますよ」」なんてことを言うが、そんな簡単にはいかないだろう。
戦うにしても、事前にしっかりと情報を集めて、万全の準備をしてから挑みたい。
俺は石橋を叩いて渡るタイプなのだ。
その後……11層を踏破した。
ポーターを設置。
少しの休憩の後、12層へ。
その時、異変が起きた。
ポーターが起動して、一人の男が姿を見せた。
アトリーだ。
ポーターが設置されたことで、追いつくことができたのだろう。
スタックと共に行動をしているはずなのだけど、ヤツの姿は見えない。
「どうしたんだ?」
「イクス……大変だ! 他のみんなも聞いてくれないか!?」
何事かと周囲の冒険者たちが不思議そうな顔をした。
「スタンピードが起きる!」
「なっ!?」
俺を含めて、全ての冒険者たちが顔色を変えた。
「スタンピードですか……まさか、そのようなことが……」
「うそ……そんなことって……」
ヒカリとメアリーも顔を青くしていた。
スタンピードは遥か昔から定期的に起きている災厄だ。
なので、ヒカリも知っているらしい。
冒険者見習いであるメルは、当然、知っている。
「確かなのか?」
「ああ、間違いないよ……スタックさまが妙な魔力反応を見つけたと言っていただろう? そこを調べてみると、スタンピードの予兆が見つかった。時間的に考えて、もう発生しているかもしれない」
「おい、本当にスタンピードなのか? それらしい様子はないぜ……?」
冒険者の一人が訝しげに尋ねた。
アトリーは焦りを滲ませながら早口に答える。
「発生地点は10層だ。そして、魔物は地上へ向かって移動する。それより下層の11層では、異変なんてわからないさ」
「し、しかしなあ……本当にスタンピードが発生するなんて……」
「ここで迷っている場合じゃないんだ! おそらく、もうスタンピードは発生していて……最悪、外に魔物があふれているかもしれない。急いで街に戻らないと!」
アトリーが必死に訴えるが、冒険者は動こうとしない。
他の冒険者も戸惑うような顔をしていて、動きが鈍い。
わからなくはない話だ。
スタンピードが本当なら、万に届く魔物を相手にしなければならない。
普通に考えて生き残ることはできない。
それならば、ダンジョンに潜ったまま、やり過ごした方がいいのでは?
……そう考えるのも仕方のないことだ。
「くっ」
アトリーが悔しそうな顔をした。
しかし、死地に強制的に赴かせることはできず、それ以上の言葉はない。
俺は、そんなアトリーに静かに声をかける。
「俺は行くぞ」
「イクス……いいのかい?」
「俺はレッドフォグの出身じゃないから、この街がどうなろうと構わない……なんて言えるほど、人間、腐ってはいないつもりだ。誰かを見捨てるようなことはしたくない」
父さんと母さんのことが頭をよぎる。
実の子でありながら、魔法が使えないという理由で俺をあっさりと見捨てた。
俺は、あんなようにはならない!
「さすがマスターです。マスターなら、どれだけの数の魔物が相手でも恐れることなく、そう言うと思っていました。マスターの力になるべく、私も一緒に行かせてもらいます」
「もちろん、私も着いていきますからね! なんといっても、私は師匠の弟子ですからね! 師匠の行くところ、弟子ありです!」
「で……」
改めて冒険者たちを見る。
「こんな女の子たちも戦うと言っているわけだが、お前たちはどうするんだ?」
――――――――――
一足先に地上へ戻ったスタックは、ロズウェルのところへ急いだ。
これから大事な会議があるというロズウェルを引き止めて、スタンピードが起きるという話をした。
ロズウェルは顔を青くして……
次いで、頭を抱えた。
現在、レッドフォグの領主は街の外に出ている。
急いで連絡をしたとしても、戻ってくるのに数日はかかるだろう。
領主不在の状況なので、ロズウェルがスタンピードの対応をしなければいけない。
しかし、どうしろというのだ?
発生すれば必ずといっていい割合で街が壊滅する災厄なのだ。
抗いようがない。
しかし、ロズウェルは無能な男ではない。
領主から留守を頼まれるくらいには信頼されていて、仕事ができる男だ。
ロズウェルは絶望的な気分になりながらも……
自棄を起こすことなく、できることを一つずつこなしていく。
まずは住民の避難だ。
たった数時間で街の全員を逃がすことは不可能だ。
避難先も決まっていない。
なので、街にある教会や図書館などの堅牢な建物を避難所にして、そこへ人々を移動させた。
長距離を移動するわけではないので、いくらか混乱は起きたものの、なんとか避難を完了させることができた。
次は、国に対する救助要請だ。
これは簡単だ。
信頼のおける部下数人に手紙を預けて、馬で走らせた。
あとは、一分一秒でも早く救助が来ることを祈るばかりである。
最後に迎撃の準備を進めた。
回避不能の災厄とはいえ、黙ってやられるつもりはない。
しかし、多くの冒険者はダンジョンに挑んでいる最中だ。
なぜこのタイミングで……
神を呪わずにはいられなかった。
それでも愚痴をこぼすことなく、レッドフォグにいる全ての冒険者をかき集めた。
憲兵隊も全員、動員した。
その他、戦える者を募集して……考えられる限り、最大の戦力を集めた。
そして……その時が訪れた。