20話 弟子の試練
あれからさらに話をつめて……
俺たちは、ロズウェルの屋敷の庭に移動した。
庭は広く、ちょっとしたスポーツができるくらいだ。
ここで模擬戦を行い、メアリーの力を試すらしい。
その模擬戦の相手が……
「父上……どうして、私がメアリーと戦わないといけないのですか?」
頭が痛いというような顔をして、スタックが父親にジト目を送る。
やや慌てながら、ロズウェルが言い訳をする。
「このような話を外に出すわけにはいかぬ。ただの世間話程度にとられるのならば構わないが……我が家を快く思わない輩にとっては、攻撃の材料を与えることになりかねん。故に、内々で処理しなければならないのだ」
「それはわかりますが……なぜ私が? 他にも適任者はいるでしょう?」
「スタック、お前ほどの優秀な魔法使いは他におらぬ。スタックは冒険者ではないが、すでに上級魔法を扱えるのだろう? ランクで換算したら、Bランクになるだろう。それだけの力を持ち、なおかつ秘密を絶対に守れる者……そうなると限られてくるのだよ」
「はあ……仕方ないですね。まあ、これも聞き分けのない妹に対する教育と思えば、無駄にはならないでしょう」
スタックはメアリーに厳しい視線を送る。
「メアリー。この勝負にお前が負けた場合、素直に家に戻る。冒険者なんてやめる。この言葉に二言はないな?」
「ないよ」
「迷いもなく言い切るか……ふむ。多少、心は鍛えられたみたいだな。しかし、実力が伴わなければ意味はない」
「実力もきっちりあるからね! 師匠に鍛えてもらったんだから、兄さんなんて敵じゃないんだから!」
「師匠……そこの男か」
今度は、スタックはこちらを睨みつけてきた。
以前よりも強い敵意を感じられた。
ロズウェルに対しては、やや失礼な態度をとったという自覚はあるが……
スタックに対してはなにもしていないはずだ。
以前よりもさらに強く恨まれる覚えなんてないのだが……
「大事な妹を惑わした悪の権化、とか思われているのでは?」
「まさか。いい歳をした大人がそんなことで恨むなんて、シスコンじゃないか」
「シスコンというものは、治療不可の病ですからね。メアリーさんが、自分よりもマスターに懐いているのが気に入らないのでしょう」
ヒカリは確信に満ちた様子で言う。
「……実は、ヒカリさんの言ってること、あながち間違いじゃないんですよねー」
今の話を聞いていたメアリーが、小声で言う。
ちなみに、俺の剣ということで、メアリーはヒカリに対しても丁寧に接するようにしている。
「前々から兄さんは私に対して過保護で、ちょっと引いちゃうくらいに溺愛しているんですよね。まあ、嫌われるよりはいいんですけど、たまに度が過ぎることもあって……」
「それは大変だな」
「なので、今回のことはいい機会です。私の力をきっちりと見せつけて、独り立ちしてみせますよ! それでもって、兄さんは妹離れをしてもらいます」
「できると思うか?」
「え? できるに決まってるじゃないですか。なんといっても、師匠に鍛えてもらったんですからね」
メアリーは欠片も自分の敗北を疑っていないみたいだ。
自身の力に対する信頼というよりも、俺に鍛えられたということに信頼を置いているみたいだ。
「信頼されていますね。さすがマスターです。ですが、この期待を裏切らないようにしないといけませんよ」
「……気をつけるよ」
ヒカリにニヤニヤしながら言われてしまい、俺はため息をこぼした。
――――――――――
準備が終わり……
ほどなくして、模擬戦が行われることになった。
広い庭で、メアリーとスタックが対峙する。
二人共魔法使いなので、武器の類は持っていない。
いかにして早く魔法を放つか。
そして、いかにして強力な魔力を練り上げるか。
それらの能力が勝負を分けることになるだろう。
審判はロズウェルが務めることになった。
今は治世に関わっているが、かつてはそれなりに名を馳せた冒険者だったらしく、魔法も中級まで扱えるらしい。
俺は魔法について詳しくないから、ぴったりの配役だろう。
スタックに有利な判定をくださないか、そこが心配ではあるが……
ヒカリも見張ってくれているし、そこまで愚かなことはしないだろう。
「両者、準備はよいか?」
「ええ、問題ありません。メアリー、多少は手加減してやるが、己の実力を正確に把握してもらうために、少しはいたい目に遭ってもらうぞ」
「それは兄さんの方だよ!」
スタックもメルリもやる気十分だった。
「では……始め!」
ロズウェルの合図で、二人は同時に魔力を練り始めた。
「どちらが勝つと思いますか?」
観戦しているヒカリが、視線はメアリーに向けたまま、問いかけてきた。
「普通に考えて、あの男の優勢はゆるぎませんよね? 中級魔法を使えるみたいですし」
「別に、上位の魔法が使える方が優位なわけじゃない」
魔法の威力は術者の魔力に比例する。
大きな魔力を持っていれば、それだけ威力・精度が引き上げられる。
時に、下級魔法が中級魔法を上回ることさえある。
俺との訓練で、メアリーの基礎能力は大きく向上した。
魔力を練り上げる練度が上昇して……魔法を唱える速度が上昇した。
大量の魔力を生み出すことができて……魔法の威力が上昇した。
「確かに、メアリーは下級魔法しか使えない。しかし、純粋な実力で見たら……」
「実力で見たら?」
「……まあ、この先は自分の目で確かめるといい」
「最後まで教えてくれてもいいのに……マスター、いけずです」
「しっ、始まるぞ」
先に動いたのは……スタックだ。
「妹とはいえ、手加減はしませんよ。メガ・ファイアーデトネーション!」
業火が吹き荒れる。
使用したのは中級魔法で、魔力消費量も多い。
それなのに、スタックはメアリーよりも早く魔法を使用した。
実力があるという話にウソはないようだ。
「くっ」
荒れ狂う炎がメアリーに迫る。
メアリーは焦りの表情を浮かべるが……
だからといって、魔力を練り損なうという初歩的なミスはしない。
じっくりと……でも、確実に魔力を練り上げていき、形を仕上げていく。
そして、魔法を発動する。
「ファイアーデトネーション!」
同じ火系統の魔法を放つ。
しかし、メアリーは下級魔法だ。
対するスタックは中級魔法。
普通に考えて、スタックが勝利するだろう。
ただ……メアリーは普通ではなかった。
「なっ!?」
二人が放った炎が真正面から激突して……
勝負は一瞬で終わる。
メアリーの放った炎が、スタックの炎を一瞬で食い破ったのだ。
龍のごとく荒れ狂う炎は、そのままスタックへ食らいついた。
ゴガァッ!!!
空に届きそうな爆炎が立ち上がる。
煙が晴れて、スタックの姿が見えた。
結界のおかげで怪我は負っていないみたいだ。
しかし、魔力を完全に使い果たしたらしく、膝をついている。
立てる様子はない。
「ば、バカな……!? Bランクに匹敵する力を持つ私が、メアリーに負けるなんて……!」
「しょ、勝負ありっ! 勝者……メアリー!」
驚愕しながらも、ロズウェルは勝者の名前を告げた。
「メアリーさんが使ったのは下級魔法ですよね? どうして中級魔法に打ち勝ったのですか?」
「言っただろう。ランクが全てじゃない、とな。それだけ、メアリーの魔力が大きく成長していた、っていうことだ」
「全てマスターの訓練で得た力ですか……人を育てる才能もあるなんて、マスターの限界はどこに設定されているのでしょうね」
「やったー! やりましたよ、師匠!」
メアリーが笑顔いっぱいで飛び込んできた。
おもいきり飛びついてきたせいで、やや痛い。
が、念願の勝利ということで、今は野暮は言わないことにした。
「師匠、見ましたか!? 私、勝ちましたよ!」
「ああ、見ていたぞ」
「ありがとうございますっ、師匠のおかげです!」
メアリーはとても興奮している様子で、何度も何度もジャンプして喜びを表現していた。
すると、ロズウェルがこちらへやってくる。
「メアリー……お前は、いつの間にそれだけの力を……?」
「師匠のおかげだよ! 師匠に色々教えてもらったから、強くなることができたの!」
「なるほど……」
ロズウェルがこちらを見る。
その目は……妙に鋭い。
「イクス殿……あなたは力があるだけではなくて、人を育てることにも秀でているみたいだ。とてもすばらしい。あなたのような人は見たことがない。どうだろうか? イクス殿さえよければ、我が家の専門軍事顧問に……」
「あまり持ち上げないでくれ。俺は大したことはしていない。全てメアリーの力だ」
「いやいや、謙遜なさらなくてもいいですぞ。イクス殿の力は本物だ。だからこそ、ぜひ、ウチに迎え入れたい」
勝者はメアリーだ。
それなのに、なぜ俺が持ち上げられる……?
これでいいのかと、メアリーを見るが……
「あの父さんをこんな風にするなんて……さすが師匠です!」
当の本人は、なぜか満足そうにしていた。