2話 聖剣
明け方……まだ父さんも母さんも寝ている時間に俺は家を出た。
いや、家を捨てた。
その後、すぐに馬車に乗り街を離れた。
そのまま最東端に位置する街、レッドフォグに移動した。
このウルグ王国は、大陸の南に位置する国で広大な領地を持っている。
実家がある街とレッドフォグは、馬車で一週間はかかるほどに遠い。
俺が家を捨てたことをしれば、両親は追手を放つだろう。
あの人たちは、自分の思い通りにならないと気が済まないタイプなのだ。
だが、これだけの距離があれば、そうそう簡単に見つかることはないだろう。
できることならば国境を越えて、隣国のエンデュミオン魔法国へ行きたいところなのだけど……
あいにくと、俺は通行許可証を持っていない。
誰も彼も受け入れていたら、やがて国がパンクしてしまうし、犯罪者が紛れ込んでしまうこともある。
なので、通行許可証を持たない者は入国することはできないのだ。
通行許可証はいくらかの金と、第三者に身分を保証してもらわないと発行できない。
今の俺には無理だ。
いずれなんとかしないといけないな。
「ここがレッドフォグか」
馬車に揺られること一週間……俺はレッドフォグに着いた。
あちこちに露天が並んでいて、行き交う人々を呼び込む威勢のいい声が響く。
活気のある街だ。
レッドフォグはエンデュミオン魔法国に一番近い街なので、交易が盛んなのだ。
巷では商業都市と呼ばれている。
「さてと……まずは金を作るか」
家を出る際に、自分の金だけではなくて、金になりそうな物をいくつか持ち出している。
貴族の家に飾られていた美術品などだ。
きっと、それなりの値段で売れてくれるだろう。
とはいえ、そんなものを普通の店で売れば怪しまれてしまい、憲兵隊に通報されてしまうかもしれない。
でも、これだけの規模の街だ。
探せば、裏の売買ルートを見つけることができるだろう。
――――――――――
街の中心部から離れたところにある酒場を訪ねた。
なけなしの金などを使い情報収集をしたところ、この酒場で違法品の売買が行われているらしい。
昼ということもあり、客はまったくいない。
カウンターの向こうにいるマスターらしき壮年の男が、ちらりとこちらを見た。
「……いらっしゃい」
愛想のないマスターだ。
「注文は?」
「エンデュミオン魔法国産の酒をロックで」
「……度数は?」
「50%」
マスターは無言でカウンターの奥にある棚に手を伸ばした。
棚が横にスライドして、隠し通路が現れる。
この奥に違法品を売買している店がある。
さきほどのやりとりは一種の暗号で、知らないものは店に入ることができないという仕組みだ。
隠し通路を移動して地下に降りると、広い空間に出た。
倉庫のように、あちらこちらに色々な物が置かれている。
「いらっしゃい」
奥に店主らしき……男? が見えた。
疑問形になったのは、全身をローブで隠しているせいだ。
顔もすっぽりと覆われている。
声と背丈から男だろうと判断した。
「おや? お客さん、見たことのない顔だね」
「旅をしてる」
「ほうほう。それなのにウチを見つけたのかい。なかなか優秀じゃないか」
店主はクックッと気味の悪い笑い声をあげた。
「それで、どんなものをお望みかな?」
「売りたいものがある」
家から持ち出した美術品を店主の前に並べた。
「ほうほう。これはこれは、なかなかの品だ」
「いくらで売れる?」
「鑑定しないといけないから、すぐに答えることはできないね。ただ、パッと見でわかるくらいのいい品だ。値は期待していいよ」
「そうさせてもらおう」
「鑑定するのに時間をもらえるかい?」
「どれくらいかかる?」
「30分ほどだろうね。その間は、店を見てるといい」
違法品を取り扱う店なんて初めて訪れる。
興味がないといえばウソになるので、商品を見て回ることにした。
「色々なものがあるな……」
剣や斧といった武具に始まり、高級店で取り扱うようなドレスも並んでいた。
武具は今は使われることなんてないから、ただの観賞用だろう。
それだけではなくて、用途のわからない謎の薬や、動物の剥製。
明らかにこの国のものではない美術品なども見えた。
高く売れるのならばなんでも……という感じだろうか?
色々なものが並んでいて、けっこうおもしろい。
見ているだけで楽しむことができて、いい時間つぶしになった。
「ん?」
店の奥に移動したところで、ふと、目を惹かれるものを見つけた。
ゴミ箱のようなところに、無造作に剣が詰め込まれていた。
どこか惹かれるものを感じて、手に取る。
「店主、コイツは?」
「ん? ああ、それかい。ソイツは聖剣エクスカリバーだよ」
「もしかして……これは神具なのか?」
「ああ、そうだよ」
神具。
神が作ったと言われている武具のことだ。
その数は限られていて、世界で12本しかないらしい。
曰く、100年使い続けても刃こぼれ一つしない。
曰く、鉄をバターのように切り裂く。
曰く、戦況を一人で覆すような秘めた力が存在する。
その真偽は不明だが、絶大な力を秘めていると言われている。
俺は剣士なので、当たり前のように神具のことを知っているが……
そうでない世間の魔法使いたちも、神具のことを知っている。
それほどまでに知名度が高い。
「エクスカリバー……」
まさか、こんなところで伝説の神具と出会えるなんて……
不思議と目を離すことができなかった。
運命というのだろうか?
輝く剣は俺の心をがっちりと掴み、離してくれない。
「かつて魔王を倒したと言われている、聖剣エクスカリバー。ウチのおすすめの品……だったものさ」
「だった? どういうことだ?」
「今は魔法全盛期の時代だろう? 神具とはいえ、誰も剣なんて求めていなくてねえ……観賞用ですら手にとってもらえない。置いといても店のスペースを圧迫するだけでね。捨てようと思っていたところさ」
「神具を捨てる? 冗談か?」
「本気だよ」
神具だとしても、剣ならば価値はまるでないということか……
剣は時代遅れの代物。
実際に手に取ることはなくて、観賞用にすら扱ってもらえない。
世知辛い世の中だ。
「お客さん、そいつが気に入ったのかい?」
「ああ」
「なら、買うかい? 今なら、100万リムにまけておくよ。おっと、金がないなんて言わないでくれよ? お客さんが持ってきたものは、なかなかの品でね。100万で買い取ろうと思う」
「ってことは、あれらの美術品と交換……っていうことか」
「ケチはつけていない。適正な鑑定額だよ。いい買い物だと思うが……どうする?」
「買った」
「まいどあり!」
――――――――――
非合法の店を後にして……
それから宿にチェックインした。
部屋に移動して、聖剣エクスカリバーを机の上に置いた。
「おもいきった買い物をしたんだけど……不思議と後悔していないんだよな」
この剣を手元に置いておきたい。
そんな欲求があり、今は満たされた気分だ。
それに、俺は剣士だ。
一応、家を出る時に愛用の剣を持ち出しているが……
それは刃が潰れていて、ほぼほぼ鈍器のようなものなので心もとない。
なので、伝説の聖剣を使えるというのなら心強い。
「とはいえ、これで新たに金を稼ぐ必要が出てきたな……多少の金はあるが、すぐに尽きてしまうだろうし……うん?」
今、聖剣が動いたような……?
不思議に思いながら、じっと見る。
カタッ。
「動いた……よな?」
カタカタカタッ。
「絶対に動いてるぞ!?」
触れていないのに、聖剣が小刻みに振動した。
その動きはどんどん激しくなり……
ぼんっ。
……という音と共に、剣が消えた。
その代わりに女の子が現れる。
「ふぅ、よく寝ましたね」
「なっ……なっ……」
「あなたが……私のマスターですね? この度は、廃棄される予定だった私を助けていただき、ありがとうございます」
女の子がペコリと頭を下げた。
対する俺は、頭を抱えて絶叫する。
「ど、どういうことだっ!?!?!?」
聖剣が……女の子になった!?
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