18話 弟子が成長した
二日後。
再び、メアリーと一緒にトレーニングを行うことになった。
……ちなみに一日空けたのは、メアリーがひどい筋肉痛のせいで動けなかったためだ。
「師匠、こんにちは!」
宿を出て、街外れに移動するとメアリーの姿があった。
ここで待ち合わせをしていたのだけど、早いな。
今日は30分くらい早く起きたので、俺の方が先に到着すると思っていたのだが……
「やる気たっぷりだな」
「はい! 師匠に色々と教えてもらって、強くなりたいですからね」
「すごいガッツですね。あんな目にあったというのに、これだけの元気があるなんて……気力だけなら、すでにマスターを超えているかもしれませんね」
ヒカリが心底感心するくらい、メアリーは元気いっぱいだった。
「それで、今日のトレーニングだが……」
「は、はひっ!」
ビクリ、とメアリーが震えた。
なぜか青い顔になる。
「どうやら、前回のトレーニングがトラウマになっているみたいですね。まあ、それも仕方のないことですね。私でも、あんなことをさせられたらトラウマになる自信があります」
ヒカリが遠い目をして、乾いた笑いをこぼしていた。
「トレーニングというか、今日は実戦形式の訓練をしようと思う」
「実戦ですか? もしかして、私、師匠と戦うんですか?」
「そのとおりだ」
「えぇ!? 無理無理っ、無理ですよ! 私が師匠に勝てるわけないじゃないですか!」
「マスターはメアリーさんに恨みがあったのですか? 斬りたいのですか? さすがに、私は力を貸せませんよ……? 盗賊とかならともなく、なんの罪もないメアリーさんを斬りたくありませんからね」
「あのな……実戦形式といっても、殺し合いをするわけじゃない。ヒカリも使わない。俺は、刃の落ちたこの剣を使う」
「刃が落ちているといっても、マスターなら軽く両断しそうですね。剣だから斬れるのは当たり前だろう、とか言いそうです」
「はいそこ。外野うるさいぞ」
ヒカリは好き勝手騒いでいた。
楽しそうだな、おい。
まあ……悪いことではないか。
500年も眠っていたのだ。
久しぶりの世界に、色々と新鮮なものを感じて、はしゃいでいるのかもしれない。
……単に俺をからかっている、という説も残るけどな。
「で、でもでも、神具を使わなかったとしても、師匠に勝てる気なんてしないんですけど……」
「別に勝つ必要はない。今回の訓練は、経験を積むことが目的だ」
「経験?」
「メアリーは、俺がとんでもなく強いと思っているんだろう? 俺は、そんな実感はないが……まあ、それはいい。とにかくも、メアリーは俺のことを格上に思っているわけだ。間違いないな?」
「はい、そうです!」
「格上の相手と戦うと、色々と得られるものがある。どのように戦えば効率よくダメージを与えられるか? どうすれば攻撃を回避できるようになるか? ……などなど。戦闘の経験を積み重ねることで、自然と技術が向上するだろう」
「なるほど……確かに」
「考えながら戦え。どうすれば俺に勝てるか? どうすれば出し抜けるか? 常に思考を張り巡らせながら戦うんだ。そうすることで、力よりも大事な技術を身につけることができる」
「わかりました!」
「納得したか? なら、さっそく始めるぞ」
「お、お願いしますっ」
俺は剣を構えた。
メアリーは魔力を練り上げる。
「ファイアーデトネーション!」
メアリーが魔法を放ち……
それを合図に訓練が開始された。
――――――――――
実戦形式の訓練が開始されて、10分ほどが経っただろうか?
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
私は汗まみれになっていて、肩で息をしていた。
腕立て伏せ1000回よりは楽だろう。
開始前はそんなことを思っていたけど……とんでもない。
実戦形式の訓練の方が遥かに辛い。
いや……やばい。
誇張ではなくて、死んでしまいそうだ。
「くっ!?」
しっかりと注視していたはずなのに、師匠の姿が消えた。
まるで蜃気楼だ。
一挙一足、見逃さないようにしていたのに、その動きを視認することができない。
「終わりだ」
気がつけば背後に回られて、首に剣を突きつけられていた。
「これで、34回目だな。まだ続けるか?」
この10分の間で、私は34回も師匠に負けていた。
これが実戦なら、34回も死んでいることになる。
「は、はいっ!」
「いい返事だ」
師匠はバックステップで離れて、仕切り直した。
その間も闘気は衰えない。
殺気も消えない。
実戦形式だからなのか、師匠はとんでもない闘気と殺気を放っていた。
対峙しているだけでやっとだ。
気絶しない自分を褒めてやりたい。
ただ、心は摩耗していた。
師匠の前に立つだけで足が震えて、妙な汗が流れる。
なるほど……と師匠の言葉を理解した。
格上の相手と戦うだけでも得られるものはある。
確かにそのとおりだ。
この経験は貴重なもので、他では得られない。
ただ……私、生きていられるかな?
おもいきり手加減はされているんだけど……寸止めさせているんだけど……
それでも、倒れてしまいそうなほどの疲労と恐怖を覚えていた。
でも……負けてたまるか!
私は強くなるんだ。
師匠のように強くなって、冒険者になって……父さんに認められるんだ!
だから……
「ファイアーデトネーション!」
絶対に師匠に食らいついてみせる!
――――――――――
「……よし、今日はここまでにするか」
「あ、ありが……ありひゃとう……ござい……ましたぁ!」
ふらふらになり、目をぐるぐると回していたけれど……
メアリーはなんとか最後まで意識を保っていて、ぺこりと頭を下げた。
「大丈夫ですか? はい、水ですよ」
「あ、ありがとう……ございますぅ……」
ヒカリに介護されているメアリーは、疲労困憊という様子だった。
初日から飛ばしすぎただろうか?
本当の実戦同様に殺気も叩きつけてみたのだけど……やりすぎたかもしれない。
しかし、強くなるにはこれくらいしないとな……
今後のためにも、強くなったという実感を得た方がいいかもしれない。
その方がやる気も増すだろう。
「メアリー、まだ動けるか?」
「マスター、まだ訓練させるつもりですか? さすがに、メアリーさんはここが限界かと。自分を基準にしたら、誰もついていけませんよ」
「訓練じゃないさ。ちょっとした、成果の確認だ」
不思議そうな顔をするヒカリは置いておいて、改めてメアリーに尋ねる。
「どうだ、メアリー? 動けるか?」
「は……はいっ、大丈夫です!」
「よし、いい気合だ。なら、なんでもいいからそこの岩に魔法をぶつけてみてくれ」
「えっと……? でも、あんな岩を砕くことなんてできませんよ?」
「いいから、やってみてくれないか? そうすれば、俺の言葉の意味がわかる」
「……わかりました!」
メアリーはふらふらとしながらも立ち上がり、1メートルほどの小さな岩を睨みつけた。
魔力を練り上げて、手の平を向ける。
「ファイアーデトネーション!」
火球が放たれて……
爆発と共に岩を破砕した。
「え……? ウソ……」
そこまでの威力があるわけがないと、そう思っていたであろうメアリーは、目を丸くして驚いていた。
一方の俺は、予想していた結果なので驚くことはない。
「うまくいったみたいだな」
「あの……師匠、これはいったい……? 私程度の力なら、あんな岩を砕くことはできないのに……」
「訓練の成果だな」
「で、でも、まだ初日なのに……しかも、私はやられてばかりで……」
「でも、最後まで諦めることはなかった」
「あ……」
「魔法って、極論だけど心の強さと比例しているだろう? 精神的に優れていれば、それだけ上手に魔法を扱うことができる。さっきの訓練で、メアリーの精神はそれなりに鍛えられたんだよ。その結果が……コレというわけだ」
砕けた岩を指さした。
「他にも色々と考えて戦っていたから、全体的に大きく成長したんだろう。その成果だよ」
「私がこれを……」
成長しているという実感を得ることができたのだろう。
メアリーは呆けたような顔から、うれしそうな顔になる。
「すごいです! まさか、たった一日で成果が出るなんて……さすが師匠です!」
喜ぶメアリー。
そして、ヒカリは微妙な顔をしていた。
「マスターは剣士なのに育成もできるなんて……もしも、マスターが軍事教官になれば、同じような力を持つ生徒が大量生産……?」
ヒカリがよくわからない妄想を働かせていた。
俺なんかが大量生産されても、大して意味はないだろうに。
「十分に意味はありますよ。世界征服も可能かもしれません。それほどまでに、私のマスターはすごいのですから」
そんなことはない。
俺はしがない、落ちこぼれの剣士だ。
「マスターは、自身を過小評価する癖をなんとかした方がいいですね」
「なんで俺の考えていることがわかる……?」
「マスターはわかりやすいですから。感情が表に出ていて、簡単に読むことができますよ。どうやら、ポーカーフェイスだけは苦手みたいですね、ふふっ」
ヒカリにやりこめられてしまい、俺はやれやれとため息をこぼすのだった。