16話 思わぬ再会
「父上っ、あのような冒険者を雇うなんて……!」
イクスが退室した後……
我慢の限界というように、スタックがロズウェルに噛みついた。
「Fランクの冒険者の力を借りないといけないなんて……ましてや、彼は剣士なのですよ? 調査によると、魔法を一つも使えないとか」
「らしいな」
「ご存知なのですか? なら、どうして……」
「スタックはミノタウロスを知っているか?」
「え?」
突然の問いかけに驚きながらも、スタックは己の知識を漁り、情報を口にする。
「Cランクの魔物ですよね? その体は鉄のように硬く、魔法に対する強い耐性を持つ。下級魔法では傷一つつけられないとか。それ故に、新人の冒険者キラーとなっている存在。ベテランの冒険者でも苦戦する相手で、8層以下で確認されている……こんなところでしょうか?」
「うむ。よく調べているな」
ロズウェルに褒められて、スタックはうれしそうな顔をした。
イクスの件について噛みついているものの、それはロズウェルのためを思っているからこその行動だ。
基本的に、スタックは父を尊敬している。
「イクス殿は、ミノタウロスを倒したらしい」
「なっ……!?」
「しかも、一撃で」
「……」
二言目にもたらされた情報に、スタックは言葉が出てこないほどに驚いた。
ミノタウロスを一撃で倒した?
そんなことはありえない。
考えられない。
中級魔法が使えるのならば、ミノタウロスを倒すことはできる。
しかし、一撃で、となると話が違う。
そんなことを可能とするには、上級魔法が使えるBランク以上の力が必要だ。
Bランクの冒険者になると、その数は限られてくる。
Cランクまでは昇格試験で自力で昇級できる仕組みになっているが、それ以上となると、ギルドの認定が必要になる。
ふさわしい偉業を達成しなければ、Bランクにたどり着くことはできない。
それ故に、Bランクの冒険者は数少ない。
国に100人いるかいないか、というところだ。
ちなみに、ウルグ王国の総人口は約300万人。
Bランクの冒険者というのは、3万人に1人しかなれない、選ばれた存在なのだ。
そんなBランクの冒険者と同等の力を持っている?
魔法を使えないという、落ちこぼれの剣士が?
スタックはありえないと結論を出した。
「そんなまさか。ありえません。魔法使いならばともかく、ヤツは剣士なのですよ? どのようにして、魔法に匹敵する力を出せるというのですか?」
「うむ、わしもそう思う」
「ミノタウロスを一撃で倒したという話……父上はどこで? その情報が間違ったものだと思いますが」
「それはないな」
「なぜ言い切れるのですか?」
「その情報は、メアリーによってもたらされたものだからだ」
「なっ……」
思わぬところで妹の名前が出てきて、スタックは絶句した。
年の離れた妹。
かわいい妹であり、目に入れても痛くないほどにかわいがっている。
ただ、少々行き過ぎた行動が目に余る。
最近は冒険者に憧れているらしく、勝手に資格を習得してダンジョンに出入りしている。
ダンジョンで大きな功績をあげれば、冒険者として認めてもらえると思っているのだろう。
幼稚な考えと言わざるをえないが……
妹が一定の成果を出していることは事実だった。
そして、その妹は嘘をなによりも嫌う。
常に誠実であり、まっすぐでありたいと思っているのだ。
そんな妹が、イクスがミノタウロスを一撃で倒したという話をした?
さすがのスタックも、父の話をありえないと一蹴することができず、迷うような顔を見せた。
「メアリーの話だ。ありえないと一蹴するわけにはいかん」
「それは……確かに、そうかもしれませんが……しかし」
「わかっている。スタック、お前の考えていることも、懸念していることも理解できる。ただな……見るがいい」
ロズウェルはスタックに右手を見せた。
スタックは不思議そうな顔をした。
特に右手に変わりはない。
手首から先が消えているわけでもないし、傷がついているわけでもない。
ただ、普通に震えているだけだ。
「震えが止まらないのだよ」
「父上……?」
「あのイクスという若者と対峙して……わしは、死神を相手にしているような気分になった。イクス殿を絶対に敵に回してはいけない。怒らせてはいけない。それだけを考えて、必死になって言葉を考えていたよ」
「それは……」
ロズウェルは冒険者ではない。
若い頃は無茶をしたが、戦う相手を魔物から書類に切り替えて、数十年が経過する。
ただ、それでも長い時間を生きたことによる、危険察知能力は得ている。
貴族ともなると、口上のやりとりだけでも命の危機に直結することがある。
今までに何度も危ない橋を渡ってきた。
そんなロズウェルが、イクスに恐怖を抱いていた。
未だに手が震えてしまうほどの恐怖を抱いていた。
異常だった。
「確かに、イクス殿の実力はわからぬ。魔法使いではなくて、剣士だというのに、どれほどの力を持っているのか……疑ってしまうところはある。しかし、敵に回してはいけないのだ。絶対に敵に回してはいけない。ならば、味方にしておくのが得策というものだろう?」
――――――――――
「あああぁーーーーーっ!!!?」
ロズウェルの屋敷を後にして……
門を越えた時だった。
やたらと大きな声が響いた。
聞き覚えのある声だ。
「師匠っ!?」
メアリーだった。
なぜ、こんなところにいるのか?
思わず不思議そうな顔をしてしまい、立ち止まっていると……
ダダダッと犬のように駆けてきて、キラキラと瞳を輝かせる。
「師匠っ、師匠ですよね!? まさか、こんなところで再会できるなんて……どうしてここへ? はっ!? まさか、私のことを正式に弟子にしてくれるとか……!?」
「違う。というか、師匠ってなんだ? お前を弟子にした覚えはないし、それは断ったはずだろう」
「でもでも、私にとって師匠は師匠なんです! 心の師匠なんです! だから、他に呼び方はなくて、師匠を師匠と呼ぶしかないんです! ですよね、師匠!?」
いかん。
師匠がゲシュタルト崩壊してきたぞ。
「はい、ストップです。落ち着いてください」
見かねたヒカリが間に入ってくれた。
俺に詰め寄るメアリーを引き離してくれる。
引き離されたメアリーは、不満そうに唇を尖らせる。
「なによ、あんた……って、よくよく見てみれば師匠の仲間?」
「私はマスターの仲間というよりは、マスターの従者であり、マスターのものなのですが」
「師匠のもの!? ということは、師匠はこんな美少女を自分のものに……!? あわわわっ」
「おい、待て」
なにやらものすごい誤解をされているみたいなので、仕方なく、ヒカリが神具であることを説明した。
「人の姿になれる聖剣……それの所有者が師匠……」
「やっぱり、こんな話は信じられないか? でも、まぎれのない事実で……」
「すごいですっ!」
欠片も疑っていない様子で、メアリーは再び瞳をキラキラと輝かせた。
コイツ、将来詐欺に遭うんじゃないか?
「師匠はタダ者じゃないと思ってましたが、まさか、神具を手に入れているなんて! それだけじゃなくて、神具に主として認められているなんて! さすが師匠です! 普通の人は、そんなことはできませんからねっ」
「あー……わかったわかった。とりあえず、落ち着け」
久しぶりに会った飼い主と忠犬みたいだな。
メアリーの背中に、ないはずの尻尾がブンブンと揺れている幻想を見た。
「それで、師匠はどうしてこんなところに? あっ! もしかして、私を弟子にしてくれるとか……!?」
「違う。というか、話がループしているだろう……まったく。俺たちは仕事の話をしていただけだ」
ロズウェルに仕事を頼まれたことを話した。
「なるほどなるほど。お父さん、師匠に依頼をしたんですね。師匠に目をつけるとは、なかなかですね」
「うん? お父さん?」
「あれ、言ってませんでしたっけ? 私のフルネームは、メアリー・ラインハルト。ロズウェル・ラインハルトの娘ですよ」
あのおっさん、息子だけじゃなくて娘もいたのか。
でも、納得だ。
アトリーの話だけで、俺をあそこまで信用するのはおかしいと思っていたが……
メアリーも加われば別だろう。
メアリーのことだから、誇張を交えてあれこれと話をしたに違いない。
娘の言葉だからロズウェルも耳を傾けて……そして、今回の話に至ったのだろう。
「こんなところで会うなんて運命的ですね! これはもう、私を弟子にするしかないですよ」
「どういう話の流れだ……」
頭が痛い。
「ところで……どうして、メアリーさんはマスターに弟子入りしたいのですか?」
不思議そうにヒカリが尋ねた。
「そりゃあ、師匠がとんでもなく強いから……」
「ああ、いえ。そういうことではなくて……すみません。質問の仕方を間違えましたね。どうして強くなりたいのですか?」
メアリーは偉い人の娘で、何一つ不自由のない生活を送っているだろう。
それなのに冒険者なんて危険なことをして、ダンジョンに挑んでいる。
メアリーはなにを考えているのか?
そこは、確かに謎だった。
「私は……父さんに認められたいんです」
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