13話 一騎当千
(マスター、魔物の反応です。ゴブリンがまとめて20匹ほど)
「気をつけて、イクス! 今、僕たちが魔法を……」
「はっ!」
斬撃を四回。
五匹ずつ斬り伏せて、ゴブリンの群れを一掃した。
――――――――――
(マスター、魔物の反応です。スライムがまとめて10匹ほど)
「気をつけて、イクス! 今、僕たちが魔法を……」
「ふっ!」
極大の一撃。
スライムの群れをまとめで薙ぎ払う。
――――――――――
(マスター、魔物の……)
「気をつけて、イクス! 今……」
「一之太刀……疾風!」
二人がなにか言うよりも先に、超高速の斬撃を繰り出した。
襲いかかろうとしていたオーガの首が飛んで、そのまま魔石と化した。
――――――――――
(ふう……)
ヒカリがため息をこぼした。
(疲れたのか? 休憩するか?)
(いえ、疲れたわけではなくて……驚いているのやら呆れているのやら……そんなところです)
(どういうことだ?)
(私のナビなんて必要ないというように、斬って斬って斬り捨てていますからね。マスターはどれだけ規格外なのですか?)
(そう言われてもな……)
俺にとってはこれが当たり前のことだ。
他の剣士を知らない……つまり、『普通』を知らないから、なんともいえない。
(マスター、アトリーさんを見てください)
(うん?)
言われて後ろを見ると、アトリーを始め、皆、どこか呆然としていた。
「あれだけの魔物を何度も、同時に相手にできるなんて……しかも、ほぼほぼ瞬殺。いったい、イクスはどうなっているんだろう……?」
「ひょっとして、俺たち、役立たずなんじゃあ……?」
「アイツ一人にまかせても問題ないんじゃないか……? むしろ、俺たちがいると足を引っ張るんじゃあ……?」
暗い顔で、ぶつぶつとつぶやいていた。
(ほら。マスターがやらかすものだから、みなさん、自信を喪失していますよ)
(そんなことを言われてもな……)
前衛である俺が手を抜くわけにはいかないし……
俺で完結できるのだから、わざわざ後衛の手を借りる必要性が感じられない。
もちろん、いざという時は力を貸してもらうつもりでいるが……
俺一人でなんとかなるのならば、任せてもらいたい。
楽ができるのなら、それに越したことはないだろうに。
まあ、俺は俺のやりたいようにやらせてもらおう。
そう決めて、ダンジョンを進んでいく。
(マスター!)
目的地の3層にたどり着いて、少しした時のことだ。
ヒカリが鋭い声を発した。
(魔物の反応か?)
(はい。ですが、これは……)
(どうした?)
(無数の魔物の反応が近づいています。数え切れないほどで……最低でも数百。ひょっとしたら、千に届くかもしれません)
(それほどの数が……)
「イクス、どうしたんだい?」
俺の様子を見て、アトリーが怪訝そうに問いかけてきた。
ヒカリの言葉をそのまま伝えてやる。
「な、なんだって!? それほどの数の魔物が!?」
アトリーが大きな声をあげて驚いた。
他の冒険者たちは顔を青くしていた。
「確かな情報かい?」
「間違いないだろうな」
「まずいな。もしかしたら……モンスターハウスかもしれない」
アトリーが顔を青くしたまま、小さな声で言った。
聞き覚えのない言葉だ。
「モンスターハウス?」
「ダンジョンに存在する罠の一つなんだ。たまにあるんだよ、ありえないほどの数の魔物が湧いて出てくることが」
「なるほど……なぜか知らないが、その罠が発動して……大量に魔物が発生して、ソイツらがここへ向かっている、というわけか」
「でも、モンスターハウスの魔物たちは、その部屋に留まることが普通で、外に出ることなんてないんだけど……」
「わからないことを話しても仕方ない。今は対策を考えよう」
(やれやれですね)
頭の中でヒカリの呆れたような声が響いた。
(アトリーさんは優秀な魔法使いみたいですが、こういう時に慌てているところを見ると、リーダーの資質があるとは言えませんね)
(そう言うな。百を越える魔物が迫っていると聞いて、冷静でいる方が難しい)
(マスターは冷静ですね?)
(これでも驚いているぞ)
(ぜんぜんそんな風には見えないですが……この事態も、苦労することなく切り抜けられると思っているのでは?)
(否定はしないな)
(肯定されました!? えっ、ホントに切り抜けられるのですか? 百以上の魔物を相手にできるのですか? ありえないのですが……)
なにやらヒカリが驚いていたが、今は相手をしていられない。
アトリーと話をしないと。
「どうする?」
「……撤退しよう」
アトリーの決断は早かった。
ヒカリが言うほど、リーダーの資質がないとは思えない。
「このままだと全滅は確実だ。そうなる前に引き返そう」
「遭難者はどうなる?」
「……残念だけど、見捨てるしかない。再捜索をする時間もないだろうし……仕方ないよ。このままだと二重遭難になってしまう」
「ふむ」
アトリーの言うことはもっともだ。
ただ、このまま撤退をして救助の失敗したとなると、今後の活動に支障が出るかもしれない。
逆に成功させることができれば、色々と有利に働くだろう。
遭難者は偉いヤツの関係者と聞くし……
今後のために、ここでがんばることにするか。
「まて」
「どうしたんだい? 早く撤退の準備をしないと……」
「魔物の群れは俺が食い止める。だから、アトリーはこのまま捜索を続けろ」
「えっ!?」
合理的な提案をしたつもりなのだけど、なぜか驚かれてしまう。
「キミは死ぬつもりなのかい……? 一人で百を越える魔物を食い止めることなんて……」
「死ぬつもりなんてない。できると思うから、こういう提案をしているだけだ」
「な……」
アトリーが絶句した。
(俺、おかしいことを言っているか?)
ヒカリに尋ねてみる。
ジト目をしているような、そんな声が返ってくる。
(おかしいという自覚がないんですか……? 百を越えて、千に届くかという魔物の大群を一人で相手にする……これがどれだけ異常なことか理解していないんですか?)
(大変なこと、っていうのは理解しているさ。ただ、まだ3層だ。大抵は、さっきのリザードマンのようなEランクの魔物だけで……たまに、オーガのようなDランクが混じっている程度だろう? それくらいの魔物なら、どれだけの数が群れても大した脅威じゃないさ)
(十分な驚異ですよ!?)
ヒカリが声を荒げてツッコミを入れてきた。
(なんていうか、もう……マスターの常識はおかしいですね。魔力と同時に、常識も忘れてしまったのでしょうか?)
(そんなことはない。これくらいのこと、高ランクの魔法使いなら当たり前のようにやってのけるぞ?)
上級魔法は戦略級兵器に匹敵する。
そんなものを連発する高ランクの魔法使いならば、Dランク以下の魔物なんて、いくら群れても敵ではないだろう。
俺は魔法は使えないが……
代わりにヒカリがいる。
聖剣の力を使うことができる。
ヒカリの力を借りれば、似たようなことはできるだろう、という自信があった。
俺の剣士としての腕はまだまだだが、ヒカリの神具としての力は確かだからな。
……というような考えを話すと、ますますヒカリが呆れた。
(まったく……どうして、マスターはこと自分に関する評価は殊更に低いのでしょうか? なんでそんな考えに至るのか、理解に苦しみます)
(それで、ヒカリは手伝ってくれるか?)
(私はマスターの剣です。マスターの力になれることこそが喜びであり、使命といっても過言ではありません。どうぞ、私を使ってください)
(助かる)
感謝を忘れないようにしないといけないな。
「とにかく、だ。アトリー、俺に任せてくれないか?」
「しかし……」
アトリーが迷いを見せた。
「俺のことは気にしなくていい。捨て石程度に考えてくれ。いざとなれば見捨ててくれて構わない。それで恨むことはないし、気にすることもない。前衛が抜けたとしても、大して影響はないだろう? うまくいけば御の字、程度に思ってくれ」
「キミは、どうしてそこまでするんだ……?」
「立ち止まりたくないからだ」
俺は魔法が使えない。
だから、代わりに剣の腕を磨いた。
でも、まだまだ未熟だ。
もっともっと強くならないといけない。
だから、たかが魔物の大群ごときに怯むわけにはいかないのだ。
「……わかった。キミに任せるよ。ただ、絶対に無理はしないで。ダメだと思ったら撤退してほしい」
「わかった。約束しよう」
「健闘を祈る」
アトリーは他の冒険者を連れて、遭難者がいると思わしき方へ駆けていった。
対する俺は、剣を手に魔物の大群へ向かう。
(ヒカリ、準備はいいか?)
(はい、いつでもどうぞ。私の力の全ては、マスターのために)
(なら……いこうか)
俺は相棒と共に、一歩を踏み出した。
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