11話 遭難
ヒカリと出会い、一週間が経過した。
あれから毎日ダンジョンに潜っているものの、初日のような稼ぎは出ていない。
まあ、初日が異常だったと言える。
ミノタウロスに階層主で計80万ちょい。
いい感じに稼ぐことができた。
しばらくは宿に困ることはないが……
いつなにが起きるかわからないので、サボることなく、きちんと稼いでおくことにした。
あと、魔物と戦うことはいい経験になるからな。
俺は訓練ばかりで、対人戦、対魔物戦の経験を積んでいない。
ダンジョンに挑むことは、それらの訓練として最適だった。
「マスター、今日もダンジョンに行くのですか?」
宿を出て、まずはギルドに向かう。
その途中で、ヒカリがそう尋ねてきた。
「そのつもりだが?」
「また1層だけですか?」
「ああ」
「お金を稼がないといけないのはわかります。魔物と戦うことが訓練になるのもわかります。ですが、1層をうろうろしなくてもいいと思いますが……最下層を目指せとは言いませんが、2層、3層に挑んでもいい頃合いでは?」
「ダンジョンに挑み始めて、まだ一週間なんだ。知識も経験も足りていない。その辺りのことを学ぶためにも、しばらくは1層以外に挑むつもりはない」
「マスターの言うことはわからないでもありませんが……しかし、マスターほどの力があれば、その辺はなんとかなるのでは?」
「おだてないでくれ。俺は魔法を使えない落ちこぼれだぞ」
「まだ言いますか、この男は」
ジト目を向けられた。
おかしなことは言っていないはずなのに……なぜだ?
「まあ……ヒカリがそこまで言うのなら、2層に挑んでみるか」
「そうしてもいいと思いますよ。慎重になることは大事ですが、時に大胆になることも必要ですよ」
途端にヒカリが元気になる。
よほど1層に飽きていたらしい。
1層は魔物が徘徊しているだけで、罠の類はない。
しかし、2層から罠が出現するという。
やや不安があるが……
あまり奥に移動しなければ大丈夫だろう。
そうやって今後の予定を考えながら、ダンジョンギルドへ移動した。
ダンジョンに挑む前にギルドに寄り、情報収集を行うことは必須ということを、ここ数日の間に学んだ。
ダンジョンは生き物のように、日によってその構造を変える。
一日経てば大きな変化が生まれていることも多い。
なので、安全を確保するために、最新の情報を手に入れないといけないのだ。
「あっ、イクスさん」
ギルドに入ると、サナリーが声をかけてきた。
なにやら慌てているが……どうしたんだ?
「こんにちは。ヒカリさんもこんにちは」
性格なのか、慌てているらしいのに、まずは挨拶をしてきた。
ちなみに、ヒカリのことは正体を含めて紹介してある。
剣になるところを見られていたし……
周りにうまく説明してくれるということで、サナリーには話すことにした。
そのおかげで、ヒカリについて余計な詮索をされたことはない。
話しておいて正解だったらしい。
「なにやら慌てているが、どうかしたのか?」
「そう、そうなんですよ! イクスさんは、今日はダンジョンへ?」
「そのつもりだが……」
「ならよかったです。どうか、力を貸していただけませんか?」
――――――――――
面倒事の予感がしたが、断れば余計な波風を立ててしまうかもしれない。
サナリーに話しかけられた時点でどうしようもなかったのだと、諦めることにした。
素直に話を聞いてみると……
どうも、二人一組の冒険者がダンジョンで遭難したらしい。
数日かけて探索する予定だったというが、一週間経っても帰ってこないという。
そこで捜索隊が組織されて、救助に向かうことになった。
「ダンジョンで遭難しても、それは自己責任ではないのですか?」
ヒカリがもっともな質問を口にした。
それに対して、サナリーが困った顔になる。
「えっと、普通はそうなんですが……今回はちょっと特殊なケースでして」
「どういうことですか?」
「行方不明になったパーティーの中に、まあ、それなりの身分の方が混じっていまして。その親御さんが、いくらお金を出してもいいから救出してほしい……と」
「ああ、そういう……」
「本当はこういうことがあってはいけないんですけどね。しかし、依頼者は我々ギルドに多額の出資をしている方で……」
「捜索をしないと出資を打ち切る、とか言われたわけですね。やれやれ、いつの時代もそういう問題はついて回るんですね」
ヒカリが呆れたように言った。
実際、俺も呆れていた。
どこかのお偉いさんのために身体を張らないといけないなんて。
大体、行方不明になって一週間というのなら、ほぼほぼ絶望的だ。
ダンジョンで一週間も生きていけるわけがない。
死体を探しに行くというのは、あまり気乗りしないな。
「えっと……イクスさん? やっぱりやめようかなー、とか考えています?」
「よくわかったな」
「やめないでくださいー! イクスさんみたいに考える人が多くて、人手が足りないんですー!」
「わかった、わかったからしがみつかないでくれ」
サナリーが腰の辺りにしがみついてきたので、根負けして引き受けてしまう。
「むう……」
「どうした、ヒカリ?」
「別に……なんでもありません」
「なんでもあるような顔をしているが……」
「私のマスターはとても強くて優しいですが、時に鈍感で誰に対しても優しすぎるのが問題だと思いますよ」
なんのことだろうか?
「それじゃあ、他の救助隊のメンバーを紹介しますね」
俺の気が変わる前にというように、サナリーがそそくさと話を先に進める。
面倒な予感がするが……
まあ、いいか。
報酬は15万リムだという。
それなりの稼ぎになるから、引き受けることにしよう。
「こちらです」
サナリーの案内で、ギルドの奥にある談話室に移動した。
冒険者パーティーが三組。
一人、三人、四人……計八人がいた。
皆の視線が俺に集中した。
中には見た顔がある。
どこで見たんだったか……ああ、そうそう。
シャルアクと決闘をした時の見物人に、この中の数人が混じっていたな。
「こちら、イクスさんと……えっと……その仲間のヒカリさんです」
少し迷った末に、サナリーは俺たちのことをそう紹介した。
ヒカリが剣なんて言ってもすぐに信じてもらえないだろうから、妥当な紹介だ。
「おう、よろしくな……って、うん? なんでイクスは剣なんて持っているんだ?」
四人組のパーティーの一人……大柄な男が不思議そうに尋ねてきた。
「俺は剣士だからな」
「え? 剣士? おいおい、冗談はよしてくれよ。そんなヤツを連れていけ、っていうのか? 足手まといはごめんだ」
大柄な男が笑い、彼の仲間が同意するように頷いた。
以前のシャルアクとの決闘をどこかで見ていたのだろう
俺のことを知っているらしい他のパーティーは、慌てていた。
「お、おい。やめておけよ……アイツは確かに剣士だが、普通の基準で考えると痛い目に遭うぞ?」
「痛い目って……そんなわけないだろ。剣士になんの力があるっていうんだ。ロクな魔法が使えないから、大したことのできない剣なんかを頼りにしているんだろ」
「俺は魔力がゼロだから、一切魔法を使えないけどな」
「マジか。おいおい……サナリーさんよ。こんなヤツを連れて行けなんて、無茶を言わないでくれよ。遊びじゃないだぞ」
「大丈夫です! イクスさんは、とんでもなく強いですからね」
「ふぅん……そこまで言うのなら、俺がテストをしてやるよ」
大柄な男が俺の前に立つ。
そして、おもむろに魔法を唱える。
「シールドデトネーション!」
男の前に不可視の盾が展開された。
「なんでもいい。攻撃してみな」
「なに?」
「俺の防御魔法を貫くことができれば、その時はお前を認めてやるよ。でも、それができない時は、回れ右をしてここから立ち去りな」
「お、おい……やめた方がいいぞ。そんなことをしたら、とんでもないことになる」
俺を知る冒険者が慌てるものの、大柄な男は一切聞き入れようとしない。
少し迷う。
俺の剣は魔法を超えることができるのか?
今まで、そんなことは試したことがないので、どうなるかわからない。
「マスター、やりましょう。あの勘違い男に、マスターの力を見せつけてやりましょう。マスターを馬鹿にするなんて許せません」
ヒカリはすっかりやる気になっていた。
そんな彼女を見ていると、自然とその気になってきた。
そうだな。
やれるだけやってみるか。
それに、バカにされたままというのも気に入らない。
「なら、いくぞ」
さすがに神具であるヒカリを使うのはまずいと思い、愛用の剣を抜いた。
コイツなら刃はほぼ落ちていて、鈍器のようなものだ。
魔法を打ち破ることができたとしても、殺してしまうことはないだろう。
「俺の魔法が剣なんかに負けるわけがない! さあ、かかってこい。お前の無力さを思い知らせてやるよ」
大柄な男は自信たっぷりに言い放つ。
確かに、その通りだ。
魔法の力は絶大で、大柄な男が自信を持つのも仕方ない。
だが、負けられない。
「全力でいくか」
俺は全身の力を込めて……
「ちょ、ちょっと待ってください! 全力でいくとか、マスターはなにを考えているんですか!? 殺す気ですか!?」
ヒカリが慌てて止めに入ってきた。
「なぜ止める?」
「マスターが全力を出すとか、とんでもないことを言うからですよ! そんなことしたら、殺してしまいますよ!?」
「痛い目に遭わせるのでは?」
「遭わせすぎですから! いいですか? 全力はダメです。絶対に手加減をしてください。そうですね……五十分の一くらいがちょうどいいのではないかと思います」
「それは手を抜きすぎじゃないか……?」
「いいから、それでいってください。絶対に約束を守ってくださいね?」
ヒカリに念押しされた。
それでは負けてしまうような気がするが……
あまりにヒカリが真剣に言うものだから、言うことをきいてみようと思う。
「おいおい……ふざけてんのか? 手加減するとか五十分の一とか……俺をバカにするのもいい加減にしろよ!」
「俺もそう思うが……」
「なら、全力で来いや!」
「……いや、やめておく。手加減することにした」
大柄な男の顔が、怒りで真っ赤になった。
気持ちはわからないでもないが……
いつも冷静で知的なヒカリが言うことだから、無視しづらいんだよな。
とりあえず、一撃目は言われた通り、手加減することにしよう。
俺は剣を高くかかげるように、上段に構えた。
「三之太刀……月影!」
上から下に一気に剣を振り下ろした。
力と技術で全てを断ち切る重撃だ。
俺の剣は簡単に魔法の盾を打ち砕いて、そのまま結界も打ち砕いて……ついでに大柄な男の肩も打ち砕いた。
「ぐあああああっ!? 俺の肩が……!?」
悲鳴をあげるだけの元気はあるらしく、大柄な男は砕けた肩をおさえて、床の上を転げ回った。
「み、見たか……? 今、魔法を斬ったぞ……それに、結界まで……」
「そんなことありえるわけが……いや、でも、それならこの目で見たのはいったい……?」
「おかしいだろう、ありえないだろう……ど、どういうことだ? 魔法と結界を斬るなんて……アイツは本当に人間なのか?」
大柄な男の仲間は、信じられないものを見たというように唖然としていた。
対する、俺を知る冒険者は、だから言ったのに……というような顔をしていた。
「……手加減していたんだけどな」
「手加減してこの威力なのですか? マスターは、本当にとんでもないですね……五十分の一ではなくて、百分の一と言うべきでしたね」
「あー……悪い。せっかくのメンツを、一人、ダメにしてしまったな」
「あ、あはは……今の場合は仕方ないですよ。双方、合意の上でのことでしたから……それにしても、こんなことができる人、初めて見ましたよ。やっぱり、イクスさんはとんでもないですね」
「俺は魔法が使えない落ちこぼれで、どこにでもいるような普通の剣士だぞ?」
「「どこにでもいませんから!!」」
サナリーとヒカリのツッコミが炸裂するのだった。
『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、
評価やブックマークをしていただけると、すごくうれしいです。
よろしくおねがいします!