1話 家を捨てる
「結婚?」
いつものように剣の訓練をして……
その後、部屋に戻ったところで、父と母に大事な話があると言われた。
どのような話だろうか?
緊張しながら応接間に移動すると……開口一番、「おまえをクレイン家に婿入させることにした」と言われた。
俺は……イクス・ヴァルハイトは、18歳でとっくに成人しているので結婚することができる。
ちなみに、成人は15歳からだ。
しかし、クレイン家などというところは聞いたこともない。
今、初めて知ったばかりだ。
「えっと……父さん? それだけじゃ、どういうことなのかわからない。詳しく説明してくれないか?」
「いいだろう、詳しく教えてやる」
そういう父は厳しい顔をしていた。
俺に対して、侮蔑に近い視線を送っている。
「我がヴァルハイト家は、宮廷魔術師に就いた者もいる魔法の名門だ。この国の貴族の中で、ヴァルハイト家の名前を知らない者はいない」
「そんな栄誉あるヴァルハイト家ですが……一つ、汚点がありました。それが、イクス……あなたなのですよ」
追随するように母が言う。
父と同じように冷たい顔をしていた。
実の息子に見せる顔じゃない。
「今は魔法の時代です。戦いだけではなくて、日常生活にも魔法が必須と言われています。それほどまでに魔法は便利なもので、深く深く浸透しています。魔法なしでは今の社会は成り立たない、と言われているほどですからね。魔法の重要性、イクスは理解していますか?」
「それは……ああ。理解しているさ」
神様から授かったといわれている奇跡の力……魔法。
その力はすさまじいもので、無から有を生み出すことができる。
魔法が生まれた後、世界の戦争の構図は一変したと聞く。
圧倒的な力を持つ魔法の前では、剣や槍はまるで役に立たない。
どれほど優れた剣士であろうと、魔法の一撃で沈んでしまうのだ。
魔法は戦いに利用されるだけではない。
人々の日常生活にも深く関係していた。
火を一瞬で点けることができて……
光を生み出して闇夜を払い……
結界を展開して獣を追い払う……
最強であり、万能の力。
それが魔法だ。
「魔法の重要性を理解しているのなら、なぜ、イクスは剣を捨てないのですか? 毎日毎日剣を振り続けて……どうして、そんな無駄なことをしているのですか?」
「無駄なんてことは……!」
「無駄です」
ぴしゃりと言われてしまい、次の言葉を紡ぐことができなくなってしまう。
代わりに父が口を開く。
「イクス、お前の事情は理解しているつもりだ。お前は誰もが持っているはずの魔力を持っていない……魔力がゼロで、魔法を使うことができない」
「ああ……そうだな」
「イクスのソレは特異体質で、ある意味で病気のようなものだ。病故に魔法を使うことができないことを、わざわざ責めることはしない」
ウソだ。
現に、こうして責めているだろう?
そんなことを思うが、火に油を注ぐだけなので黙っておいた。
「魔力がゼロなのだから、魔法を使うことはできない……しかし、可能性がまったくないわけではないだろう? 訓練を重ねれば、もしかしたら魔法を使えるようになるかもしれない。それなのにおまえときたら、魔法の練習をしないで剣を振るばかりだ。なぜそんなことをする? 剣技なんて無用の長物を習得して、どうするつもりだ?」
「それは、魔法が使えないから、代わりに剣技を磨こうと……」
「その考えが間違っていることになぜ気づかない!?」
「剣なんて時代遅れの代物なのですよ!? まったく役に立たないものを見につけて、イクスはどうするつもりなのですか? 魔法は使えないけれど剣を扱えると、そう言うつもりなのですか? そのようなことをするなんて……恥ずかしい!」
恥ずかしい、って……
あんまりな言葉じゃないか?
俺は、実の親にそんな風に思われていたのか?
俺なりにできることを探して、堅実に力を身に着けようとしていただけなのに……
どうして、その努力を認めてくれない?
確かに魔法は優れた力だけど、剣技も負けていないかもしれないじゃないか。
剣技を極めれば、いつか魔法を打ち負かすことができるかもしれないのに。
どうして、俺の気持ちを理解してくれないんだ!?
どうしようもない悔しさを覚えて、叫びたくなる。
「もうおまえの面倒を見ることはできない。おまえは我がヴァルハイト家の恥さらしだ」
「せめて、最後に私たちの役に立ってちょうだい」
「クレイン家は大した力を持たない貴族だが、それでも、多少は役に立つだろう。縁を結んでおくに越したことはない」
「これが、イクスにしてあげられる、私たちからの最後の贈り物よ」
贈り物?
そんないいものではなくて、それは、あんたたちのエゴというんだ……!
俺はうつむいて、拳を握りしめた。
その後の話は全て聞き流していたので、まるで覚えていない。
ただ、俺のためとか、家のためとか……
父さんと母さんは、そんな話ばかりしていたような気がする。
(俺はただ、褒めてもらいたかっただけなんだけどな……)
魔法が使えないのなら剣技を磨いて、そして、父さんと母さんの力になりたかった。
よくやった、と褒めてもらいたかった。
それだけなのに……
それだけのことすらも叶わない。
そう理解した瞬間、色々なものがどうでもよくなった。
――――――――――
父さんと母さんの話は、あれから1時間ほど続いた。
今回の縁談がいかにいいものであるかを語り……
そして、剣は時代遅れで、早く目を覚ますように言われた。
「ああ、そうだな。目が覚めたとも」
あんな両親に従い、褒められたいと思っていた自分がバカみたいだ。
どこともしれない貴族のところに婿入りすることが幸せ?
剣を捨てることが正しい?
クソくらえ……だ。
そんな戯言はどうでもいい。
父さん母さんのことも、もうどうでもいい。
俺は俺の好きに生きる。
それを邪魔することは許さない。
俺の邪魔をするヤツがいるのなら、誰が相手でも、この剣で斬って捨ててやるさ。
「というわけで、さよならだ」
俺は荷物をまとめて、窓から外に出た。
さようなら、ヴァルハイト家。
これからは、ただのイクスとして生きるよ。
……こうして、俺は家を捨てた。
19時に次話を投稿します。