第1話「さらば青春の光」
中学校の入学式。僕はこれから始まる中学校生活に暗雲が立ち込めていると思わずにはいられなかった。
小学校で6年間同じクラスだった親友の悟と別のクラスになったしまったのだ!これは、僕にとってとても重大なことだ。なぜなら、僕にはほとんど友達がいない!唯一と言っていい友達と違うクラスになってしまった。これは悲劇的なことだと言っていい!中学3年間とは言わないまでも、最初の1年は暗いものになりそうだ。まさに『さらば青春の光』といった感じだ。
グラウンドに大きく貼り出されたクラス分けの表を前にガックリ肩を落としている僕の隣で同じく肩を落としている悟が、僕の肩に手を置きシミジミと言う。
「ついに別のクラスになってもーたな」
僕は悟の方を向き、同じように肩に手を回して応える。
「これから、1年間一体誰と話せばいいんだ?」
「まぁ、新しい友達ができるわ」
新しい友達か。周りを見渡してみると真新しい制服を着た同級生たちが、誰と同じクラスになったとか、誰と違うクラスになったと言ってはしゃいでいる。はしゃげる元気があるのは羨ましいことだ。それは、彼らが1人の友達と別のクラスになっても、別の友達と同じクラスになれたからだろう。普通は友達なんて数人いるもんだ、誰か1人くらいは同じクラスに友達がいるのだろう。でも、僕は違う!悟しか友達がいないのだ。
悟は小学一年生の時に同じクラスになり、何がきっかけだったか忘れたがよく遊ぶようになった。僕たちの仲が決定的に良くなったのは小学三年生の時だ。
僕はその頃から映画を観ることにハマっていて、よく近所のTSUTAYAに映画のDVDを借りに行っていた。月のお小遣いのほとんどはレンタルDVD代に消えていた。この頃よく観ていたのが80年代のSF映画やファンタジー映画だった。その少し前に『ロード・オブ・ザ・リング』や『ハリーポッター』などの有名な大作を一通り観て、何を観ればいいのか迷っていると父親が「俺が子供の頃に流行った映画観てみてはどうか?」と提案してくれて、その時に教えてくれた『バック・トゥー・ザ・フューチャー』がめちゃくちゃ面白かったから、父にリストを作ってもらい順番に借りて観ていたのだ。
いつものように近所のTSUTAYAでDVDを物色していると、後ろから声をかけられた。
「大月やん」
振り返ると、悟が立っていた。
「あぁ、悟。お前もDVD借りに来たの?」
「いや、俺は3階でCD見ててん」
近所のTSUTAYAは割と大きな店舗で1階が本、2階がレンタルDVD、3階がレンタルとセルCDといった具合だ。
「大月って映画好きなん?」
そう聞かれ、そういえばこいつとはよく遊ぶが、映画の話はしたことがないなぁ、と思った。
「まぁ、好きかな。お前は?」
「俺はめっちゃ好きやで!オヤジがやたら映画好きで家にめっちゃ映画のDVDあんねん」
「それは、うらやましいな。僕なんて月のお小遣いのほとんどがDVDのレンタル代で消えてるよ」
「それは大変やなぁ。ちなみに今日は何借りるつもり?」
父親にもらったリストを取り出し、次に借りる映画を確認した。
「えーっと、今日は『バンデッドQ』って映画借りようかと思ってる」
「おぉ、『バンデッドQ』!あれめっちゃおもろいで!なんと言ってもラストが凄いねん!ラスボスやと思ってたやつが実は…」
「ちょい待ち!ネタバレすんなよ。あぶないなぁ」
「あ、悪い悪い。うちにDVDあるから今から来いよ。一緒に観ようぜ」
そう言うと、悟は僕の肩に手を回して体を強引に引っ張るような仕草をする。
悟の家には何度か遊びに行った事があるが、うちと比べるとかなり大きな家で、あからさまに金持ちって感じだった。確かにあの家なら映画のDVDとかめっちゃありそう。
それから定期的に僕たちは悟の家で映画を観るようになった。
確かに、悟のお父さんのコレクションは凄かった。もはや、TSUTAYAだった。観たい映画のほとんどがあった。時々無いものがあれば、2人でTSUTAYAに行って借りてくることもあったが、悟の家に無いDVDはTSUTAYAにも無い場合が多かった。
しかも、観る環境もうちとは全然違っていた。なんと、シアタールームがあり、そこには映画館と比べると小さいながらもスクリーンがありプロジェクターでDVDを再生できるのだ。スピーカーもかなり高価そうなものが置いていて迫力が半端なかった。お金払って映画館で映画観るのが馬鹿らしくなるくらい悟の家のシアタールームは素晴らしい環境だった。
そんな、映画生活が小学校卒業まで続き、中学生になっても続くものだと思っていたけれど、クラスが別になった事で終わってしまうかもしれないなぁ、考えると益々気持ちが落ち込んだ。
「新入生は自分のクラスを確認したらそれぞれの教室に入るように〜」
学年主任の先生がマイクでそう告げると、皆んなぞろぞろと自分の教室に向かって行った。
「ほな、また後でな!一緒に帰ろうや」
悟はそう言うと、走って自分の教室に向かった。僕もトボトボ歩きながら教室に入る。
中学校とはいえ、教室の雰囲気は小学校とは変わらないな。そんな事を考えながら出席番号が貼られた机を確認し、自分の番号が書かれた席に着く。このクラスには映画好きがはたしてどれくらいいるのだろうか。せめて1人くらいはいてほしい。
担任の先生が入ってくると、ざわついていた教室が少し静かになる。
担任は入学式の中でも自己紹介をしていたが、改めて自己紹介をしていた。担任の先生は小松といい、見た目は優しそうなおばさんといった感じだ。うちの母親よりは歳がいってそうだけど、おばあちゃんってほどでも無い。終始笑顔で話しているが、どこか能面のような無表情にも見える。
まぁ、怖そうな男の先生じゃなくて良かった。
「では、皆さんに自己紹介して頂きましょう。氏名と趣味、それから将来の夢を一人づつ起立して発表してください」
小松はそう言うと、やはり能面のような笑みを浮かべた。
小松先生よぉ、名前だけでいいだろー。100歩譲って趣味もまぁいいけど、将来の夢ってなんだよ!なんで、そんなの初対面のクラスメイトの前で発表しなきゃいけないんだ?そんな事を考えていると1人目の自己紹介が始まっていた。
「えー、赤井、赤井拓実。趣味は…」
興味のないクラスメイトの自己紹介ほど聞いてて退屈なものはない。周りを見渡すと、右斜め前にちょっと気になる女子がいた。長い黒髪が窓からさすが光を受けて美しく輝き、肌は向こう側が透けて見えるのではないかと思えるほど白く、目は大きくはっきりしているけれど、その目線はどこか虚ろだった。
こんな可愛い女の子と同じクラスになれたのはある意味ラッキーだったかもしれないなぁ。しばらく美少女に見惚れていると、自分の番が回ってきてしまった。僕の苗字は大月だから、順番が回ってくるのも早いのだ。
「えーっ、お、大月晴明。趣味は映画鑑賞で、将来の夢は〜、え、映画監督…」
映画監督の監督はほとんど声が出ていなかったけれど、クラスメイトたちにはちゃんと伝わってしまったようで、オォー!という歓声の様な声が一瞬上がった。
「素晴らしい夢ですね。はい、次の人」
小松先生は相変わらず能面のような笑みを浮かべたまま淡々と進めていく。そのおかげでで、映画監督の話題はスパッと終わった。助かった。美少女に見惚れていたせいで将来の夢は特になしとか言うつもりが、つい本音を言ってしまったではないか。危ないところだった。映画監督になりたいとか本気で言ってたら絶対にからかわれるからな。
他の生徒の自己紹介はどうでも良かったが、気になっていた美少女の番が回ってくるとその子の方に顔を向け聞き耳を立てた。
「加藤真里、趣味は音楽を聴くこと。将来の夢は特になし」
美少女は加藤真里というのか、覚えておこう。音楽が好きなんだ。どんな音楽を聴くのだろうか?僕は映画も好きだが、音楽も好きでよく悟とCDの貸し借りをしていた。
全員の自己紹介が終わると小松先生から簡単な連絡事項がありその日の日程は全て終了。授業が始まるのは明日からだ。
教室から廊下に出ると、隣の教室からもぞろぞろと生徒が出てくる。その中に悟を見つけた。悟の肩をトントンと叩く。
「おっ、ちょうど僕も今終わった。一緒に帰ろ」
「晴明!俺がいないクラスでもさびしくなかったか?」
「さびしくはなかったけど、仲良くなれそうなやつは1人もいなかったなぁ」
「そか、俺も同じや。まぁ、クラスは違うけど、これからも仲良くやろうや」
「うん。よろしく」
中学生になってもきっと小学生の頃と変わらず、週末には悟の家で映画を観て過ごす事になるだろう。この時はそう思っていた。あの、美少女加藤真里と仲良くなるまでは。
(つづく)