第一章 高齢者対策室 - 01 - 市民への対応
第一章 高齢者対策室 - 01 - 市民への対応
「一縷目さん、またあのバァさん来てますよ」
一縷目誠が携帯電話に出るといきなり言われた。
「ええっ? 今朝対応しましたよ、僕?」
伸ばした腰をトントンと叩きながら一縷目が答える。
「そんなことあたしに言われても困ります。担当は一縷目さんなんだからなんとかしてください」
一方的に言われて電話は突然切れた。
一縷目が何か言い返すような暇なんかない。
「ねぇ市役所さん、ワシのタロはおったんかいの?」
今一縷目がいるのは川の中で、何をやっているのかというと見ての通り川底をさらっているところだった。
川の土手の所に見た目10才ほどの少女が座っていて、一縷目に向かって大声で話しかけてくる。
「本当にここでいなくなったの?」
一縷目も負けじと大声で聞き返す。
「ああっ? 何かいったんかいの?」
見た目10才ほどの少女は、耳に手を当てて聞き返してくる。
その様子を見た一縷目は、自分の額を手のひらでぺちっと叩く。
やはりこの距離では無理があった。
めんどくさいが、近づいて耳元で話すというか叫ぶ必要があった。
ぱしゃぱしゃと水をハネながら駆け寄る。
役所から連絡が入ったので急ぐ必要があった。
「本当に、ここで、いなくなったの?」
10才ほどに見える少女の耳元に口を寄せて、今度はゆっくりと叫ぶ。
「はいはい、ちゃんと朝ごはんは食べたでよ」
それが一縷目の質問に対する答えだった。
見た目は10才だが、実年齢は千才を超えており、超高齢からくる老化によって耳が遠くなっているのだ。
「エルおばぁさん。タロくんは、ココでいなくなったの?」
一縷目は諦めることなく、もう一度耳元で叫ぶ。
「タロ……タロはワシの家じゃ」
答えはあったが、今ひとつはっきりしないものだった。
「タロくんは家にいるの?」
もしかしたら自分の家にいることを思い出したのかもしれないと思い、一縷目は確認してみる。
「タロはワシの家なんじゃ」
聞こえているのかいないのか、エルおばぁちゃんは愛らしい女の子の顔を一縷目に向けてそう言った。
こうして話していると、まったくおばぁちゃんと話しているような気がせず、不思議な気持ちになってくる。
一縷目は頭をぷるぷると振って煩悩を追い出すと、もう一度確認してみる。
「タロくんは、エルおばぁさんの家にいるの?」
耳元に思いっきり口を近づけて話すこの姿は、世が世ならば通報確実まったなしといったところだろう。