第一章 高齢者対策室 - 14 - 自宅
第一章 高齢者対策室 - 14 - 自宅
ディおばぁさんの家はアパートの二階で、明かりはついておらずしんと静まり返っていた。
「どうだい? あがっていかないかい?」
背中から降りたディおばぁさんは、それまでとは違って遠慮がちに一縷目に言ってきた。
真っ暗な、誰も待つ者のいない部屋。
ディおばぁさんが、なぜ遠慮がちにそんなことを言ってきたのか、一縷目には理解できるだけに心が揺らいだが、できる答えは一つしかなかった。
「ごめんね、ディおばぁさん。市役所の職員がそんなことをしたら、後々大変な問題になるんだ。だから、中に入ることはできないんだよ。ごめんね」
ごめんねで始まり、ごめんねで終わる言葉を一縷目が口にしたとき、白々とした熱のない月明かりの中、ディおばぁさんの顔はとても寂しそうに見えた。
「そうかい、それじゃしかたないねぇ。さすがに無理強いはできないからねぇ。今日はありがとよ」
驚いたことに、ディおばぁさんがお礼を言って頭を下げた。
「いえいえ、市役所職員として当然のことをしただけだよ、ディおばぁさん。それじゃ、僕はこれで帰るね。戸締まりはしっかりしてね」
一縷目はディおばぁさんに別れの言葉を告げる。
「ああ、心配しないどくれ。あたしゃこう見えても、昔は冒険者として鳴らしたもんさ。暴漢くらいへっちゃらだよ。また、明日の朝いくから楽しみにしときな」
いつものように冒険者自慢をした後、明日の訪問予定を教えてくれた。
そこは遠慮しないんだな、と思いながら一縷目は頭を下げてその場を立ち去った。
すっかり暗くなってしまったが、まずは警察に通報しなくてはならない。
そして、自分は公園に移動して茂みの檻の中に閉じ込めたコカトリスの後始末だ。
もちろん明日になれば、始末書を書かなくてはならないだろう。
元々一縷目は出世するつもりはないから始末書を書くくらいはどうということはないが、『異世界高齢者対策室』から移動出来る日がどんどん遠のいていることだけは確かだった。
最悪のシナリオとしては、このまま役付きの固定化が進み『異世界高齢者対策室』の席が退職するその日まで、延々とこのままになることだろう。
だが、今この瞬間にそのシナリオが見えてきていた。
できることはといえば、なんとしてでも現在のトラブルだけは無事に収めることだけだろう。
大事になることだけは、役人として避けなくてはならない。
トラブルというのは、基本的に役所にとって鬼門なのだ。