徒然なる魔王日記
第1話六月十日
「魔王様! 今日の新聞のトップ記事に魔王軍の特集が載ってますよ!」
「え、マジで? 余にも見せて」
四天王のグラコスから今日の朝刊をひったくる。
『魔王軍の侵攻止まらず! 炎龍の咆哮炸裂!』
「なんだ、ドラコの分隊のことしか書いてないじゃん……。つまらん。
グラコスー、トランプ持ってきてくれ」
「はい~、ただいま」
余は暇を持て余していた。
最後に勇者が来たのは十年前。あれ、九年前だっけか。とにかくかなり昔のことだった。
当時の余は魔王に成りたて。ピッチピチの十八歳だったので、勇者に備えて厳しいトレーニングを積んでいた。そりゃあもう地獄だったね。魔力が底をつくまで強制的に闇魔法を使わせ続けられたり、第二形態になれるように無理矢理変身の練習させられたり。思い出すだけでゾッとするわ。
しかし、なんだかんだ言ってその時は楽しかった。
鍛え上げた肉体のおかげでサキュバスとかにもチヤホヤされたし、やってくる勇者も中々に強敵で燃えた。「愚かなる人間どもよ……」とか言いながらも「お前やるじゃん。人間見直したわ」ぐらいには心の中で敵を褒め称えていた。
魔法と魔法、剣と剣、魂と魂のぶつけあい。人生で一番楽しかったさ。
だが……。
今の時代、勇者が全然やってこないのだ!
新聞やテレビ番組の報道で『王国の危機!』とか言っているくせに、あいつらレベル上げばっかりでまだ魔界にすらやってこない。
この国を救うんだ! なんて言いながらなんなのよお前。普通に村娘と結婚してんじゃねえよ! 他の町の人たちは殺されたり、恐怖で夜も眠れないってのに勇者よ、お前は別の理由で眠れないんだよな! ワンナイトラブがエブリデイだよなチクショー!
おまけに人の家に侵入してはタンスを漁りーの、壺を叩き割りーの。お前こそ悪魔なんじゃねーの? って疑いたくなるわ!
…………ってな感じで。
今の余は暇を持て余している。
もうすぐ三十歳だし、身体もなまっている。鬼教官亡き今、トレーニングをする気にもならない。
余は暇を持て余しているのだ。
「トランプ持ってきましたよー。七並べかブラックジャックどっちやりますかー?」
「何その渋いチョイス。じゃあブラックジャックで」
「えー。七並べにしましょうよ~」
今や四天王に遊びの決定権を奪われるくらいに落ちぶれた。権威もクソもありゃしない。
人間界に行った奴らは頑張って暴れているみたいだが、魔界に残った奴らは、とうにやる気など失くしていた。そりゃそうだね、やることないもん。
「さーいしょーはグー」
まぁこうして部下と遊びに興じるのも悪くはないが。
「……出すのは人間だけェ!」
「おいグラコス! それずるくね⁉」
「ふ……。いつまでも世界のルールに縛られているから彼女もできないんですよ」
グラコスはそう言いつつ先行の権利を奪い取り♡の六を置く。
「貴様だって彼女いないだろうが。お互い様だ」
「いや、私前まで彼女いましたし? 結構付き合い長かったし?」
「でも結局チューもできなかったんだろ? 二年も付き合ってたのにな~!」
「なっ……! あれは健全な交際ってやつですよ!」
「ふ~ん」
机にまで伝わってくる激しい貧乏ゆすり。
グラコスのやつ、イライラしてるな……。プププ。
しかし、ここで重大なミスに気付いた。
「おい、グラコス……。貴様、♢の三、止めてるだろ?」
「貴様も何も私とアンタしかいないでしょう」
部下にアンタ呼ばわりされる魔王ってなんなんでしょうかねぇ……。
とか何とか言ったってこのままでは余が負けるのは明白だ。
「♡の二も止めてるだろ。性格悪いわ~。だからいつまで経っても元カノに未練があるんじゃねーの?」
「それとこれとは関係ないでしょ。てかなんでそんなこと知ってるんですか」
「だって、余の能力で部下のパラメータとか見れるし。なんなら私生活も覗けるし」
余は魔王にのみ与えられた特殊能力によって部下のパラメータを一から百まで覗けるのだ。
本来この能力は、人間との闘いをサボっている奴がいないかどうか。頑張っている優秀な部下がいるかどうか確かめて、中ボスへの昇格やモブへの降格の目安とするためのものなのだが、今はもっぱら暇つぶしのモニタリング感覚で使っている。
女の着替えシーンとかもバレずに覗ける。いや、実際にやったことはないよ?
それでもグラコスはえげつねぇ顔で言い放った。
「うわぁ、正直ドン引きです……。今日は帰りますね」
「待って! 貴様が帰ったら余、暇で死んじゃう! 残業手当出すから!」
「お先に失礼しまーす」
「貴様の元カノの部屋、見せてあげるから!」
ピクッ。
トランプを片付けて、今にも帰りそうだったグラコスの足が止まる。
疑い半分、期待半分といった目で余を見る。
「具体的には?」
「は?」
「具体的にはどのシーンを見せてくれるって聞いているんです」
「え……。あ~。入浴シーンとか?」
「ポロリはありますか」
「ポロリどころか全裸が見れるぞ」
グラコスが神妙な顔つきになる。
何だこいつ。余、今から通報でもされちゃうの?
しかし、それは杞憂だった。
玉座の前まで歩いてきて、さっきまであった机をどかし、余の正面にて膝をついた。
「魔王様。このグラコス。あなた様に一生の忠誠を誓います」
今日の魔王日記
グラコスはムッツリスケベ。