177話 将軍が敗北したら悪魔がやって来ました
夢を見た。
俺と師匠が約束したあの木の下で何故か宴会をしていた。
俺の隣には師匠が見慣れた笑い顔で酒を飲んでいた。
ああ・・・この穏やかな気持ちになれる顔・・・俺はこの顔をずっと眺めていたい。
師匠が酒を飲み干すとスッと立ち上がり近くにいたラセツを蹴り飛ばし奴が持っていた酒樽を奪い取った。
酒を奪われたラセツは怒り上がり師匠に襲い掛かるもあっさりと撃沈・・・やはり師匠はバケモノだ。
そんなラセツを看病するように近づくのは奴の妻セツナだった。
何やら瘴気のようなものが出ている弁当箱を持っており、気絶していたラセツの口に弁当箱の中身を詰め込む。セツナよ・・・お前が止めを刺してどうする。
だがラセツは顔色を変えずにセツナの料理を食べきり笑っていた。
それはもう幸せそうな顔だった。
20年前の武闘大会で優勝した時以上に幸せそうだった。
そんな二人に近づいてくるのは一人の子供・・・まだ幼く男なのか女なのかは分からない。
だがそんな子供をラセツとセツナは優しい顔で撫でていた。
ああ・・・誰もが羨ましがる幸せそうな家族の姿がそこにある。
そう思った瞬間景色が変わり、今度は戦場となった。
広大な大地の先からは黒い鎧を身に纏った集団・・・どこの君かは分からないが敵であるのはすぐに分かった。
俺の隣にはラセツとセツナがおり、後ろを向くと帝と師匠が安心した顔で俺達を見ていた。
そうだ・・・俺達がいればカグツチはどんな脅威にも負けやしない。
そう思った瞬間隣にいたラセツとセツナが消えた。
ラセツ!セツナ!
どこだ!敵軍が来ているんだぞ!
俺達でこの国を守らなければならないんだぞ!
だがどこを見渡しても2人の姿は無い・・・いるのは怯えた顔をしているカグツチの兵士達。
こんな怯えた状態で闘えるのか!
いや無理だ!こんな奴らに任せられない・・・俺だけでもこの国の脅威を守らなければ!
そう思った瞬間再び景色が変わる・・・いや時間が進んだというべきか。
遠くに見えていた黒鎧の手段が目の前にまで来ていた!
くそ!せめて帝と師匠だけでも逃がさなければ!
師匠!帝を連れてここから撤退しろ!
俺がそう叫ぶが2人の耳には届いてはいないのか全く反応をしない。
2人はただ安心した様子でただ前を見ていた。
2人は何を見ている?
何故そんな顔を出来る。
すると師匠の隣にラセツが現れる。
ラセツ!戻って来たか!一緒に戦うぞ!
俺がそう言うが奴は首を横に振る・・・その顔は引退を宣言した時のように何かを諦めたような顔だった。
ふざけるな!お前が戦わないでこの国を守れるのか!
俺がそう叫ぶとラセツは安心した様子で俺の後ろを見ていた。
師匠と帝と同じ方向だ。
何を見ているというのだ・・・・
俺は三人が見据えた先へ振り向くとそこには数人の若者たちが戦場の前線を走り出していた。
1人はセンシュウ・・・ラセツの教え子で現在は帝の護衛。
1人はカワサキ・・・ラセツの部下で腕の立つ若者。
1人はスズカ・・・陰陽師協会が育て上げた最強の陰陽師。
1人はグンナル・・・カグツチの外からやって来た妖人族の青年。
そして4人に引っ張られるように兵士達が戦場を駆け巡った。
4人の一騎当千の強さ、そして鼓舞されたかのように勇敢に戦う兵士達。
その光景に俺は心の底から安心した。
次の世代がカグツチを引っ張るその光景に俺は後を託せると感じた。
すると再び景色が変わる。
次は宴会会場だった・・・どうやら城で開かれた宴会のようだ。
まるで大きな戦いに勝利したかのように皆が笑い互いを称えて酒を飲んでいた。
そうか、あの戦いに勝利したのか。
若い兵士達の奥でセンシュウ、カワサキ、スズカにグンナル達が座り酒や料理を食べていた。
まるでかつての俺、ラセツ、セツナのように戦友と呼べるような感じでくだらない事で口論していたり、笑っていたりしている。
気付くと俺の手にも盃がありそこに師匠が酒を注いでくれていた。
穏やかにほほ笑む師匠・・・ああ・・・そうだな、認めよう。
次の時代が来たのだと・・・そして彼らに任せられると心からそう思えた。
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そして景色がまた変わる。
今度は随分と視界が悪い。
目の前がぼやけて良く見えない。
「っぐ・・・ここは」
今度は随分と厄介な夢だ・・・頭がだるく全身に激痛が走る。
とてもじゃないが動けられそうにない。
「おや・・・思ったよりも早い目覚めだね」
視界がようやくハッキリしてくると目の前のは老婆・・・陰陽師協会の重鎮の一人、ツキヨがいた。
「俺はまで夢を見ているのか?師匠が婆になっているんだが」
「だれが婆だ!そして夢じゃないよ!この雷爺が!」
ツキヨの拳が俺の腹に直撃すると痛みという爆弾が体内で爆発した。
「いってえええええ!何しやがる師匠!」
「ほほほ、ババアを舐めるな・・・お前丸2日寝たっきりだったんだぞ」
「2日・・・そうだ試合はどうなった!俺は・・・」
愚問だった・・・結果は自分がよく理解している。
「あんたの負けだよ・・・気絶したまま突っ立ってた」
「・・・そうか」
結果は聞くより前に分かっていたが彼女の口から聞かされると自分に重くのしかかる。
「・・・前回は準優勝なのに今回は準々決勝で敗退。かぁー情けないな」
最強を示すために20年間費やしてきた結果がこのザマとはな。
「あの戦いを見てあんたを情けないと思った奴は誰一人いないよ」
「だが俺は最強じゃない・・・師匠との約束を果たせなかった」
果たせなかった約束・・・その結果に俺は悔しくて仕方なかった。
「約束ね・・・ガキだった頃、最強になってあたしを嫁にするってやつか?」
「ぐふぉ!」
本人の口から言われると恥ずかしさで身体が悶えそうになるが同時に激痛動けない。
「あんたはカグツチ最強だよ・・・それは誰よりもあたしが認めている。20年前・・・いやそれよりも前からね」
「・・・・・・・」
師匠はそう言うが俺の中ではまだ納得は出来なかった。
「そう言えば武闘大会はどうなった?俺が寝ていた間にも試合はあったのだろ?」
「・・・あのね・・・あんたらが大暴れしたせいで会場はとんでもない事になっているんだよ!とりあえず残りの準々決勝は別の会場で行われたけど、準決勝はあの会場でやって欲しいという民衆からの要望で復興作業が終わるまでは一時休止になったよ・・・まぁグンナルや他の選手にとっては良い休養期間だけどね」
「・・・そうか」
武闘大会が止まってしまったのは少し申し訳ない気もするがグンナルとの戦いで一切の手加減は出来なかった。それこそ全てをぶつけてでも勝ちたかった試合だった。
「それでグンナルはどうした?奴も相当やられていたはずだろ?」
「彼なら泊っている旅館で療養中よ・・・武闘大会に配備していた医者曰くまともに動けるようになるまで最低1ヶ月は療養が必要だと言っていたそうね」
1ヶ月・・・流石に武闘大会はそこまで待ってくれないだろう。
グンナルには申し訳ないが奴は次の試合で棄権するだろうな。
「カグツチの医療技術ではね」
「・・・どういうことだ?」
「なんでも、グンナルの故郷の医者が物凄い名医らしくねて。彼女曰く『5日で全快にします』って言ってたわ・・・実際、グンナルは昨日目覚めて普通に食事していたわ」
5日で全快とかありえんだろ?
「その医者なにかとんでもない薬でも投与したんじゃないか?『あら失礼しちゃうわね』・・・!」
俺がそんな事を呟くとそこには黒いドレスに白衣を纏った女性がやって来た。
「初めましてカワキさん・・・私はミーシャ、医者です。コウキ様の命であなたを診に来ました」




