171話 温泉に入ったら事実を聞かされました
グンナルの次の対戦相手がカワキだと発表された夜、俺は全身の疲労を癒すために温泉に浸かっていた。
「はぁ・・・極楽~」
グンナルと別れた後、ハイテンションになったタマモに付き合い、小説の聖地(?)を歩き回った。・・・これだけだったらいい。俺やワイト達も始めて見る場所だったため楽しく観光していたし、結構楽しんでいた。だがタマモのハイテンション及び、小説のネタやらを聞かされながら付き合うのは精神的に疲れが募る。
途中でワイト達も退屈になったため、二人はオウカに頼んで旅館へ先に帰ってもらった。そして俺は楽しそうにするタマモに付き合い、ぬらり館に戻った時はすでに月明りで都を垂らしていた時間だった。
グンナルもすでに帰ってきていたため、風呂に誘い途中で才たちと鉢合わせになり成り行きで一緒に風呂に入っている。ワイトは何やらグンナルに仕事を頼まれていたため庭を借りて作業をしている。
才、ヒュウ、ヒスイ、グンナル、そして俺と大人男衆で風呂となったのだが、ここであることが発覚する。才も結構鍛えているのか腹筋とかしっかりしており、グンナル、ヒスイ、ヒュウも非常に体格が良い、加えて全員女性から人気がありそうなイケメン面である。この中で唯一のインドア派である俺は自分の体を見てため息をついた。
少し鍛えるべきかな?
「なぁヒスイ、ここから女子風呂へと続く隠し通路とか無いのか?」
「残念ながらこのぬらり館はすでに調査済み。どこにもそんなものは無かったでござる」
「なぁ才、お前の【万能鑑定】でここ『断る』・・・っちぇ」
後ろから何やらアホな会話が聞こえるが聞かなかったことにしよう。ヒュウがアホな行動をして巻き込まれるのは御免だ。
「おや、皆先に入っていましたか」
そうこう考えている内に入口の方から声が聞こえ、目を向けるとやって来たのはラセツとカワサキだった。
「どうもお先に入っています」
「どうだ、一杯?」
ラセツはそう言って豪華な酒瓶を取り出して準備を始める。
「お、ラセツさん結構良い酒用意してくれたじゃないか、よしじゃあ俺も・・・」
ヒュウはそう言ってモニターを操作すると酒に合いそうな料理を次々と出した。
「屋台のもらい物だがこれで楽しもうじゃないか」
こうして俺たちは温泉に浸かりながら宴会を開始した。
「ガハハハ!実に楽しい夜ですな・・・ほれ、グンナルも明日の試合の為に英気を養え」
「ああ」
グンナルの盃に酒を注ぐラセツ。完全に酔いが回っているのかかなりご機嫌だった。だが、一方グンナルは何か考え事をしているかのようにラセツも見ている。
「なんだ?明日の試合が不安なのか?お前意外と心配性なんだな!」
「今日、カワキ将軍とスズカと飯を食った」
グンナルの発言にラセツは手に持っていた盃をピタリと止めて彼を見る。
「改めて身近で見て分かったが、カワキ将軍はあんたより強い。俺と勝負した時は手を抜いていたのか?」
グンナルの殺気の籠った視線に俺は身動きが取れなかった。しかし、昼にスズカとデートしていたのは知っていたがまさかカワキ将軍とも会っていたとは知らなかった。
グンナルは20年前の優勝者ラセツに勝利し、推薦でこの大会に出場した。だがそのラセツが実は手を抜いてグンナルに負けたという事ならグンナルのプライドが許さないのだろう。
ラセツはゆっくりと盃の酒を飲み干すとゆっくりと目を閉じる。
「手は抜いておらんが・・・全盛期の俺の実力には到底及ばないのも事実。皆の者、このことは絶対に他言無用だ」
そう言ってラセツの体から靄があふれ出し、次々と痛々しい生傷が出現する。明らかに普通に生活するのが難しいレベルの傷だった。
ヒュウとヒスイも知らなかった様子で、ラセツの身体を見て驚いていた。唯一才だけは、落ち着いて彼を見ていた。おそらく【万能鑑定】でラセツの身体のことは知っていたが実際に見るのは初めてなのだろう。
「妖人族の妖力を応用すれば見た目を変える事や傷を隠すことくらい朝飯前さ。これまでいくつもの戦いで傷をつけてきたが、俺が戦線から離れると決めたのはこの傷だ」
ラセツはそう言って左胸下にある特に大きな傷に指を指した。何かに食い千切られたかのように肌の色が異なっており見ているだけで痛々しかった。正直、ワイトがこの場にいなくて良かったと思った。
「18年前に俺は大妖怪土蜘蛛の討伐に行った。本来であれば妻のセツナとカワキも同行する危険な妖怪だったが、セツナは妊娠、カワキも将軍としての初任務で出ていたため、俺が部隊を率いて出たんだ。あの時は俺も調子に乗っていた、二人がいなくても何とかなると思っていた。結果土蜘蛛は討伐できず弱った所を封印、俺は完治できない程の重症を負った」
そういえば、ボダイがそんな事を話していたな。重症を負って帰ったら妻とお腹の子供は亡くなっていたとか相当つらい過去じゃないか。
「そして俺は任務達成と報告し、歳を理由にして隠居することにした。だがそのせいでカワキは俺に執着するようになった。今の奴は昔の俺しか見えていない。いや・・・奴の時間はあの時に止まったままなのだ」
ラセツはそう言って再び妖気を纏い傷が無かった身体にすると、グンナルに向けて土下座をした。
「グンナル、お前のプライドを傷つけてしまったことを心から謝罪する。だが、お前の力がどうしても必要だった。俺に代わる新しい世代の若者の力で奴の目を覚まして欲しいのだ」
「俺じゃなくてもセンシュウやカワサキ、陰陽師のスズカでも良かったんじゃないのか?」
「確かに、お前に出会わなければ推薦枠はカワサキ達のいずれかに譲っていただろう。だが、テオプアでお前さんを見つけた時、一目でこの者ならカワキの目を覚まさしてくれると思った。お前は俺によく似ている。死んだと思っていた息子が実は生きていたと思ってしまう程にな」
ラセツにとって、テオプアでグンナルと出会ったのは天からの思し召しだったのだろう。
「それにカワサキ達ではカワキには勝てないだろう。今のあいつは20年前よりもはるかに強くなっているはずだ」
「それはどういう意味だ?」
「奴のユニークスキル【充電】は体内に電力を貯めるというシンプルなものだ。奴が貯め込んだ電力がそのまま奴の強さとなる。分かるか?奴はこの20年間この大会のために力を貯め続けたのだ」