166話 気持ちが楽になったら調子が良くなりました
武闘大会二日目
「それでは自分は控室に行ってきます」
「ああ、今日の試合も期待しているぞ」
グンナルと別れた後俺達は真っ直ぐ観客席の方へ向かった。
すでに才とワイト達は席に座っていると連絡があったので途中で何か食べ物を買っていこうとした。ちなみにラセツは別の場所でカワサキに喝を入れている。
「おや?そこにいるのはコウキ殿とタマモではありませんか?」
そして売店へ向かい途中、昨日出会った陰陽師協会の老婆・・・ツキヨが嬉しそうに手を振っているのが見えた。
「ツキヨさん、昨日ぶりですね・・・昨日は大丈夫でした?」
「ええ、あの後スズカ様を連れだしたのは私であるとヒダカ様達に説明したのですがその結果、武闘大会の間はスズカ様の護衛は自分たちでやると言い出しましてね・・・あんな軟弱どもにスズカ様の護衛が務まるかどうか」
やれやれと言った様子でツキヨは愚痴る。
「コウキ様、この方は?」
初めて会ったランカとオウカは少し警戒した様子でツキヨを見る。人目でただものではないことは二人とも気付いているようだ。
「ああ、この人はツクヨさん・・・昨日知り合ってね。美味しい釜飯の店を紹介してもらったんだ」
俺は二人に軽く自己紹介を済ませる。
「ツキヨさんはこれから会場に向かうのですか?」
「ええ、陰陽師協会側で特別席が用意されていますから、これからそこに『おお、コウキ殿!まだここにいましたか』・・・え?」
ツキヨが振り向くと嬉しそうに手を振リながらやってくるラセツが見えた。
巨体のせいもあり走りながらやってくるとその迫力は凄まじい。
「いや〜、会場に向かおうと思ったのですがまだ特別席にはいないとボダイから連絡がありましたので探していたのですよ」
ラセツはそう言うとすぐ近くに立っていたツキヨと目が合うと、さっきまでニコニコ笑っていた顔が急に渋顔に変化する
「久しいなラー坊・・・18年ぶりか?」
「ツキヨさん・・・あなたもここにいましたか」
ラセツから出た朗らかな空気は一変して重苦しい緊迫した空気に変わった。
もしかして合わせてはならない人物が対面してしまったか?
というか、今ツキヨさんラセツのこと『ラー坊』って呼ばなかった?
「あの・・・お二人はお知り合いですか?」
「え?・・・ええ、まあ・・・」
明らかに話したくなさそうなラセツに対しツキヨは細めでラセツを見ている。
「あたしゃ陰陽師協会に所属しているからね・・・ラー坊とは昔妖怪退治とかで何度か会っているんだよ。しかし、あの暴れん坊が今ではカグツチの外交官とはね・・・本当、人はどう変わるか分からないね」
ツキヨは昔を懐かしむように語り、ラセツはバツの悪そうな顔をして視線をそらしていう
「できれば昔話でもして楽しみたいが、お互い立場ってものがある・・・コレ以上話さないのがお互いのためとは思わないかい?それに今は大切なお客さんが来ているわけだしこんな老いぼれに構っている暇は無いと思うよ」
「・・・ええ、そうですね。今度改めて挨拶させていただきます」
「本当・・・その言葉遣いも変わったね。昔のあんたからは想像できないよ・・・でもまあ、元気そうなら良かった」
ツキヨはそう言い残しその場から去った。
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陰陽師協会 特別席
ツキヨは陰陽師協会専用の特別席に到着すると一人の白装束の女性が慌てて駆けつけた。
「ツキヨ様・・・どこに行っていたのですか!勝手に出歩かれては困ります」
「スマン、スマン・・・ちょっと売店で弁当を買ってきただけさ・・・ほれ、あんたの分もあるから一緒に食べようじゃないか」
「そういうのは私達に命じてくだされば買ってきますから」
「分かっていないねぇ〜、こういうのは買うのも楽しみの一つなんだよ」
ツキヨはため息を吐きながら女性陰陽師に取り出した弁当を押し付け席につく。
「それで、第一試合は誰と誰が戦うのかい?」
「はい、第一試合はスズカ様と力士のグレンです」
「グレンか・・・よくあの問題児がこの武闘大会に参加できたものだね」
ツキヨは呆れながら買ったばかりの弁当を開けて食べ始める。
グレンという人物はカグツチの相撲大会で無敗記録を叩きだした最強の力士であった。誰もが認める強者であり、ラセツが引退した後カグツチの三本指に入れる人物などと一時期は騒がられたが、粗暴な性格であり人間性に問題あると言われていた。
「あの・・・スズカ様は大丈夫でしょうか?昨日の試合では何とか勝利しましたが、今回のグレンは先日よりはるかに格上です」
「武闘大会なんだから強者と戦うのは当然さ・・・そんな甘いもんじゃないよ」
「しかし、スズカ様は負けでもしたら陰陽師協会としての立場が!」
「立場ねぇ・・・くだらない」
ツキヨはそう呟いながらステージに上がるスズカに目を向ける。昨日の不安な顔とは異なりどこか吹っ切れた様子でとても落ち着いていた。それはツキヨがよく知っている覚悟を決めた人の顔と似ていた。
「頑張りなさい、スズカ・・・あなたは最強の陰陽師よ」
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会場 スズカ視点
昨日の試合は集中力が散漫になったことで本来の実力を全く発揮できなかった。
一番の理由はグンナルの試合が頭から離れなかったことだ。
カグツチの猛者を余裕で倒すあの戦いでカグツチ以外にも強者がいることを知ってしまった、そして今までカグツチのみに目を向けていた自分の未熟さを実感しその気持ちが整理つかなかった。
だけど、昨日アキト君に『これから学べば良い』って言われたとき心が少し軽くなった気がした。彼が気になるなら戦った時に知ればいい・・・・ううん、戦った後にだって外の世界に目を向けることは出来る。
そう前向きに武闘大会に臨もうと思ったはずだったのに・・・
「グフフフフ、俺ってばマジでラッキーだね」
目の前いはグレンというふんどし姿の巨漢・・・確か、力士だっけ?私の身近には相撲が好きな人がいないせいかあまり知らないのよね。
なんというか肉体的に陰陽師とは真逆な体格ね。
陰陽師の技は精神力が基礎だからそこまで身体を鍛えている人は少なく、食事も質素なものが多いため痩せた体系の人が多い。対して力士は術を使わない代わりに肉弾戦を目的とした体つきをしている。
「先に行っておくけどこれは神聖な戦いだからね、間違って変なところを触ったとしても僕は悪くないからね」
グレンはいやらしそうな目で私を見る・・・より正確に言うなら私の胸を見ていた。
このいやらしい目・・・どうして男はこんなのだろうか?
あきれながらもこれは真剣勝負、何が起きても恨みっこ無しだ。私はこの大会で優勝するんだ!
『試合開始!』
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光輝視点
ステージの上には半裸の巨漢と白装束の女性・・・正直、体格差がありすぎじゃないかと思う。というか、この世界にも「相撲」ってあったんだな。何となく日本文化が色濃く出ているからそんな気がしていたが、ますますこの国のことを知りたくなったな。
「スズカか・・・昨日はあまり印象に残っていなかったけど、改めて見るとかなりの実力者なんじゃないか?」
「ええ、昨日と同じ人物とは思えません。集中できているのはここからでも分かります、どうやら昨日はグンナルの勢いに飲み込まれていただけだったのでしょう」
昨日に引き続き俺とタマモは対戦相手の観察とデータを取っていた。陰陽師の戦い方というものに興味はあったし、あの体格差をどう覆すのか見ごたえがある。
「ふむ・・・陰陽師協会最高傑作の実力、今日こそ見れそうですな」
ラセツも珍しく酒を飲まず、真剣な様子で彼女を見ていた。
「ところでラセツさん、スズカの相手・・グレンってどんな人なんですか?」
「ああ、グレンはカグツチ最強の力士と呼ばれる実力者ですよ。奴は相撲大会では負けなしの猛者ですから」
マジかよ・・・そんな実力者なのかかのグレンってやつ?
「ただ、正確に問題がありまして、ここだけの話色々と黒い噂は絶えない男でして。色々と暴力沙汰を起こしては金でもみ消したりしているそうです」
「そんな人も武闘大会に出場しているの?!」
神聖な戦いとか言っているけどそういう人たちもいると思うとなんか複雑な気分になる。
「もちろん、この大会に出場している以上変なことはしません。そんなことになれば出場権剥奪どころか、生涯の汚名になりかねませんから」
まあ、大会の間に不祥事なんて起こせないからね。さすがにそこまで馬鹿じゃないだろう。
『』
グレンは試合の合図と共に見事なタイミングでスズカに襲い掛かった。さすが最強の力士というべきか、スタートの突進は見事なものだった。だが、グレンがスズカに近づいた瞬間見えない壁にでもぶつかったかのように動きが止まる。
「あれは、結界か」
「ええ、陰陽師の得意とする術の一つで指の動きか札で見えない壁を作ります。しかし、グレンほどの巨体をものとしないあの結界術は見事なものですな」
ラセツも感心した様子でスズカを評価していた。
グレンは必死に目の前の結界を壊そうと、押しているがはたから見ればパントマイムのようで少し面白かった。
いや、実際に見えない壁があるんだからパントマイムではないか。
「決まったな・・・スズカの勝ちだ」
ラセツがフラグっぽいことを呟くのが聞こえたが、確かにこれはスズカの勝ちだと俺も思った。
グレンが結界に夢中になっている間、スズカは袖から二枚の札を取り出しグレンの足元に投げつける。すると地面は急に液状化しグレンの下半身を飲み込んだ。
「今のは?」
「【護符】ですね・・・木、火、土、金、水の属性を記した札で術を発動します・・・まあ、光輝殿が知る魔法具みたいなものです」
なるほどつまり今のは、土の札で石畳を柔らかくして、水の札で液状化させたわけか。結界に集中しすぎたせいで足元に気が付かなかったグレンの敗因だな。
半身埋まったグレンは必死に這い上がろうとするがすっかり固まった石畳はしっかりとグレンを固定している。両腕も地面に埋まった状態であるため成す術も無い。このチャンスを逃さないようにスズカはさらに札を取り出し腕に貼る、すると腕は金色に変色しそのままグレンの顔面に炸裂。半身埋まった今のグレンならスズカの身長でも余裕で顔面に殴りつけられた。
あれは金の札かな?腕を硬化させて威力を上げたのだろう。そう思いながら観察していたが、次の瞬間観客が目を丸くする光景が移った。
スズカは予想通りグレンにアッパーを決めるが、そのグレンの体が地面から抜けて宙を舞っていた。いくら身体を固くしたからって女性であの威力はおかし・・・いや、オリジンの住民だったらできるやつが何人もいるな。
ふと、オリジンの住民のことを考えるとそこまでおかしいことではないなと思い始める。隣で見ていた才たちも驚きはしているが他の観客ほどじゃない・・・あ、そういえば魔国ゼノのフィロメールもグラムを殴って吹き飛ばしたっけ。
「凄い!あのお姉ちゃん!あんな大きな人を吹き飛ばしたよ!」
一方子供組たちは純粋に彼女の凄さに興奮していた。
そして、宙に吹き飛ばされたグレンが落下すると白目をむいて気絶しているのが確認できた。
『勝者!スズカ選手!』
ナツミのアナウンスと共にスズカの3回戦進出が決定したのだった。