157話 本屋に入ったら女の戦いが始まりました
グンナルのエントリーを済ませた後、俺達は開会式が始まるまで買い物を満喫することにした。
「さて、皆さん。買い物をするのでしたら俺が良い穴場を紹介しますぞ」
自信ありげに言うラセツの言葉を信じ、俺達が案内されたの大通りからやや離れた一帯だった。あの賑やかさとは打って変わって落ち着いた感じの店が並んだ商店街。
「ラセツさん、ここは?」
「ここはカグツチの要人専用の商店街でして、一般人は立ち入り禁止なのです。人目を気にせずゆっくり買い物ができます。要人専用のため、商品はかなり高級なものが多く安いものを大量に買うのは不向きなのですがね」
つまりVIPエリアってことか、先ほどカワキ将軍とのやりとりのせいでグンナルや俺達はすでに有名人となっている。正直、エントリーを済ませた後にまた大通りに行くのは少し気まずいし、値段とかは気にしないからゆっくり買い物ができそうだ。
念の為、グンナルには人間族のサブアカウントを付けさせ外見を変えてもらった。
と言っても、妖人族だった頃の特徴であった尖った耳と角が消え、赤髪が黒髪になっただけなのだが。
「タマモどうかしたか?」
「え?あ・・・その・・・コウキ様、少し買いに行きたいものがありまして」
「買いたいもの?・・・もしかしてあそこか?」
タマモが釘付けになっていたのは大量の本が並べられていた本屋だった。
「本屋か、じゃあ俺も行くよ。ちょっと興味はあるし」
「でしたら子供たちは俺が案内します。コウキ殿はゆっくり見ていってください」
「じゃあお願い。ランカとオウカはワイト達のことを頼む。グンナルはこっちに付き合ってくれないか?」
「「「御意」」」
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本屋
「へぇ、結構面白そうな物が沢山あるな」
本屋の中には豪華な本だけでなく、文房具店のように筆や白紙の巻物とかも置かれていた。VIP専用ということもあり品はどれも一級品でやや値段は高いがそれに見合うだけの品なのは分かる。
「良い紙だな・・・オリジンでもこれくらいの品質のものを作れたらな」
滑らかな紙の触り心地を確認しながら俺はいくつかの巻物を手に取った。生産部門の紙生産の品質向上のサンプルには丁度いい。
その他にもエイミィの学校用に筆や墨とかも買っておく。
「グンナルは何か欲しい物は無いのか?」
「お心遣い感謝します。ですが俺はあまり読書とかは・・・」
グンナルは丁重に断ろうとした時、机の上に置かれていたなんか凄く古そうな本に目が止まった。
「なんだこれ?『百鬼夜行伝説』?」
妖怪の辞書かなと思って軽く目を通したが、どうやら誰かの伝記みたいだ。
「おやおや、お客さんその本に興味をお持ちで?」
俺達が興味を持ったのに気付いたのか店長が話しかけてきた。
「おじいさん、この百鬼夜行伝説ってなんですか?」
「そいつはハオウマル様の伝説をまとめた本だよ」
「ハオウマル?」
「ええ、かつてこのカグツチに実在した最強の妖人族でな。多くの妖人族を引き連れ、義賊として多くの人々を救って来たお方なんだよ。その集団が『百鬼夜行』と呼ばれ、ハオウマル様はその義賊の頭領でもあったんだ。ほれ、あそこに肖像画が飾ってあるよ」
店長がそう言って、棚の上に飾られている筆で描かれた肖像画に指をさした。多くの人々を導くように先頭で堂々と立つ勇ましい青年。なんと言うか雰囲気がグンナルに似ているような気がした。
「なあ、この人グンナルに似ていないか?」
「そうでしょうか?俺からしたらラセツに似ていると思いますが」
グンナルがそう言うと確かに帝が以前見せてくれた若い頃のラセツにも似ているような気がする。そうえいえば、周りからはグンナルとラセツは雰囲気が似ていると言っているがなんとなく今ので分かる気がする。
「なんだ、君たちラセツさんを知っているのか。似ていて当然だよ、ハオウマル様の子孫がラセツさんだからね」
「「え?」」
思わぬことに俺とグンナルが同じ口をして店長を見た。
「大昔・・・確か初代帝様の時代だったかな。ハオウマル様は多くの功績から帝様から領地を与えられたんだ。それがミカヅチの目と鼻の先にあるマサカの領地だよ」
まさか、あの領地がそんなすごい人が治めた場所だったなんて知らなかった。
「ラセツさんはハオウマル様を特に尊敬しているからな。自分も多くの人たちの架け橋になろうと努力しているんだよ」
「へぇ・・・なんか、ラセツさんが頑張る理由が分かるな。こんな凄い人を先祖として持っているんだし、自分も負けられないと思っているんだろうな」
そんなふうに考えながら絵を眺めていると、ふとタマモのことを思い出した。
「あれ?そういえばタマモは?店に入って時はいたよな?」
当たりをキョロキョロと見ると何やらタマモがうっとりとした様子で本棚を眺めていた。
「タマモ、どうかしたか?」
「あ、コウキ様!見てください!あのイザヨイ先生が書かれた本がこんなに!」
「イザヨイ先生?・・・本の作者か?」
「はい!エドワード様の図書館で何冊か見つけて読みましたがそれはもう素晴らしい作品で!」
何かタマモのスイッチが入ったのか、イザヨイ先生の作品を暑く語り始める。内容は恋愛物で一人の女性が多くの男性と恋する物語らしく、オリジンの女性陣の間ではダントツで人気らしい。源氏物語の逆バージョンみたいなものか。
「オリジンにも本はありますが、予約制で続きが全く読めないのです」
そういえば、エドの図書館には世界中の本が常に運び込まれているが、一冊しかない。複数の人が借りる場合は予約制にしているが、そんなに人気な本があるとは知らなかった。
「言ってくれれば、俺が複製できたのに」
「いえ、待つのも楽しみの一つですし。そんなことにコウキ様のお手を煩わせるわけには・・・ッハ!これは、イザヨイ先生の最新作?!本日入荷ですって!」
本当、タマモも楽しんでいるな。俺はそんな楽しそうに本を眺めているタマモにほっこりした状態で見ていた。
すると、タマモの横からまるで狙った獲物を素早く狩るように、隣に立っていたフード姿の女性の手が最新作の本に伸びる。しかし、すぐに反応したタマモも素早く最新作の本を手に取り、取り合う形となってしまった。
「ちょっと、あなた・・・これは私が買おうとしていたものですよ?横取りはよくないと思いますが?」
「横取りはこちらのセリフです。今、明らかに私の手を見た後に取りましたよね?つまり、後出しはそちらでは?」
ニコやかに笑いながら手を離さないタマモ・・・そして、相手側の女性も同じように口は笑いながらもしっかりと本を掴んでいる。
「「・・・・・・・」」
両者共、無言の威圧感を放ちながらも手を離さない・・・タマモの様子からして相当読みたがっているはず。できればこちらに譲って欲しい気持ちではあるが、正直大人げない気もする。
「店長、あの本はもう一冊無いのですか?」
「すまんね、その本は一冊しか無くてな、入荷するとしたらしばらく先になりそうだ」
どうやらどちらかが諦める必要がありそうだな。
「あなた、カグツチの人間ですよね?ここは外国の私に譲ってはもらえないでしょうか?」
「同情を誘って諦めさせるとは・・・外国の者は随分と図々しいものだな、それとも妖人族特有の性格か?陰湿な性格が本を通して伝わってくるぞ」
「なんですって!」
「やるか!」
なんか、物凄くマズイ雰囲気だぞ!
「タマモ!落ち着け!エドに連絡を入れてその本を確保させるから!帰ってから読もう・・・な?それに、今回はカグツチを観光するわけだし、他のことに目を配ろう?」
「・・・それもそうですね」
少し悩んだみたいだが、俺の言葉に尊くしてくれたのか、タマモはすんなりと手を放すと、女性はその勢いで後ろへすっ飛んでしまい、ボウリングのように本棚を倒してしまう。
どんだけ力を入れていたんだよ?
「まあ、本の恋愛は気になりますが現実の恋愛のほうが重大ですね」
「え?何のこと?」
「いえ、何でもありません・・・仕方ありません、とりあえずオリジンの皆さんのために、他の本を何冊か買わせていただきます」
そう言って、タマモはすっ飛んだ女性にお構いなしに手早く本を撮り始めお会計を済ませる。
「ふー、いい買い物をしましたわ」
満足気な様子のタマモ・・・何と言うか、タマモの黒い部分を見たような気がする。
「はぁ、グンナルあの人を助けてやってくれ、俺は店長と一緒に倒れた本の整理をするから」
「は!」
未だに目を回してる女性をグンナルに任せ俺は倒れた本棚を直す。
「おい、大丈夫か?」
「え?ええ、全く、何なのですかあの人は!これだから妖人族は!」
「いや、妖人族関係無く、あの人はああいう性格だから・・・ほら、掴まりな」
「ありがとう」
グンナルがそう言って手を差し伸べ倒れた女性を引っ張った瞬間、本棚に引っかかったローブはちぎれ、彼女が身にまとっていた白装束が目に映る
「お前、陰陽師協会の?!」
「そうだけど・・・あなたは・・・人間のようね」
「え?・・ああ、そうだった」
自分が今人間の姿だということを思い出しつつグンナルは女性を立たせる。
「怪我とかはしていないか?」
「ええ、こう見えて私、身体は頑丈ですから」
「みたいだな・・あんなに吹き飛ばされたのに気が一つ無いのは驚いた」
感心した様子でグンナルは陰陽師協会の女性を見た。
「では私は、これで」
「あ、ちょっと待て、帯がまだ引っかかって・・・今外すから」
女性の服がまだ引っかかっているのを見たグンナルはすぐに止めさせようとするが女性は気づかず歩き始める・・・すると、次の瞬間誰もが想像できる展開が起きる。
女性の白装束は見事にはだけ、その美しい肌を晒した。
幸いなのは、店にいた者達は倒れた本棚の整理をしていたためその瞬間を見逃していた
帯を握っていたグンナルを除いて