108話 魔物達が攻めてきたので迎撃します
「フヒ、フヒヒヒ・・・もうすぐだ。もうすぐあのお方の望みがまた一歩達成できる」
商店街エリアにぽつりと建てられている精肉店で一人の太った40代の男が血まみれの牛刀を持って笑っていた。
「ああ、偉大なる父上・・・このザズムフがあなたの願いをかなえて見せます、フヒヒヒ・・・ってなんで俺はこんな笑い方をしているんだよ。ったく憑依した奴の笑い方がまだ残ってやがるぜ、もう少しましな奴選べば良かったか」
肉体を持たない邪神・ザズムフは一ヶ月前、偶然自分の力が眠っていた祠の封印を解いた商人に憑りつき今回の計画を企てた、それも全て自分の存在意義のため、かのお方の願いをかなえるためのこと。
「・・・さて、せっかくの宴だ・・・お前たちも暴れたいよな?」
ザズムフを見下ろすように騒ぎ出す複数の獣たち・・・
「そうかそうか、暴れたいか。フヒ、フヒヒヒ。いいぜ、すぐに出してやるよ。一緒に血まみれの宴を始めようじゃないか!」
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西エリア
アルラが作業を開始してから数十分が経過した。
「頭領・・・あんな子供が本当に地脈を修復できるのでしょうか?・・・さっきからずっと地面に手を当てているだけにしか見えません」
ヒスイと部下は誰も立ち寄らせないようにアルラの警護をしていた。
「ふん、貴様アルラの力を全く理解していないようだな」
「い、いやそう言うわけでは」
ヒスイの隣にいたオウカが不機嫌そうに部下を睨みつけて言うと部下は怯えて、たじたじに答える。
「部下の失言に深く詫びを入れる。我々はこういったことに関しては無知であるため理解できていないのだ」
「・・・まあ、分からないでもないが。今はアルラの作業を見守るとしよう・・・ん、来る」
オウカの髭がピクっと動きすぐさま立ち上がると、大きな地震が発生した。
「・・・これは修復作業によって起こされた地震なのでござるか?」
地震が収まると、アルラがすぐさま立ち上がり屋根の上へ飛びあがる。まるで忍者のような身のこなしにヒスイたちは目をパチクリさせた。
「・・・嘘、どうして」
アルラが見たのは溢れだす自然エネルギーの柱。だがそこは彼女が予想していた3つのポイントのどこにも当てはまらない。むしろ起爆ポイントとは無関係の場所だった。
「アルラ殿!あれはもしや地脈の自然エネルギー?」
すぐさま駆け上がったヒスイとオウカ、そしてその光景に一人と一匹もビックリしていた。
「・・・何か来ます!・・鳥?」
光の柱から黒い鳥が現れると、その鳥が徐々に巨大化していくのが分かる。
「頭領!上空に巨大な鳥の魔物が出現したと報告!・・・こちらへまっすぐ飛んできます!」
忍者装束の部下からの報告を受ける。
「あれは邪神ではないでござるな。レベルは・・・な!」
飛んでくる怪鳥を鑑定すると信じられない情報が目に映った
エンペラー・ヴェレ
レベル:57
「・・・なぜ、あのような魔物がここに?」
強者の部類に入るレベルを目にしてヒュウは一瞬固まってしまったがすぐに思考をフル回転させる。
「アルラ殿、作業はあとどれくらいかかるでござるか?」
「10分あれば完了します」
「御意、ではアルラ殿は引き続き作業をしていてください。隠密部隊!これより我々があの怪鳥を迎え撃つ!オウカ殿!この場を任せるでござる」
「了解した・・・ご武運を」
現場の守護を任せ、ヒスイと忍者集団はそのまま怪鳥の方へ走り出した。
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南エリア
「今の地震は‥『報告です!巨大な白い虎型の魔物がこちらへ接近しているのを確認しました』・・・どうやらあちらが攻めてきたようね」
「虎だと?・・・レベルは?」
「えーと・・・・・・62です!」
『え・・・いやいや、ないない』
宮廷魔導士一同全員の心が重なった瞬間であった。
あまりのレベルに全員がそう思っただが、一人だけ軍服姿の獣人女性が警戒心全開で大通りに出る。彼女の目には光の柱が見えたがそれよりもまっすぐ走って来る白い物体を目を移し体制を構える。
「・・・来る」
まるで突風のような音と共に襲い掛かる巨大な白虎。
G・W・T
レベル:62
「・・・おりゃ!」
だがそんな一撃を受け止め投げ飛ばすランカ。
「・・・そんじゃ、ウチも狩りを始めるか!」
獣人と魔物の虎の狩りが始まった。
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北エリア
「にゃ?!なんか外が騒がしくなってきたにゃ」
「おそらく、向こう側で戦いが始まったのでしょう」
二人の少女が作業をしている才を見守る。次々と流れ込んでいる情報を読み取りながら地脈の流れを次々と修復していく。今日初めて地脈のことを知った人物ができる芸当ではない。
「・・・にゃ?何かが来るにゃ」
「・・・まさか邪神?!」
二人が武器を構え気配がする方へ眼を向ける。すると肥満体系の男性が歩いてくるの見えた。
「すみません、ここは現在立ち入り区域に指定されている場所です。できれば離れてもらえないでしょうか?」
「・・・フヒヒ。お前、シンの所の部下だろ?」
「な!」
男がすぐさま隠し持っていた牛刀を振りかざすとスイがすぐさま後退してよける。
「・・・33%以下の確率だと思っていましたが、まさかの大当たりですね・・・あなたが邪神!」
「なんだよ。バレているのか・・・フヒヒ。そう災害の邪神・ザズムフとは俺のことだ!」
ザズムフと名乗る肥満体系の男性・・・歪んだ笑みを見せながら包丁をなめる。
「シンのクソ野郎の気配がしたから来たんだがどうやら部下だったみたいだな・・・ん?もう一人いるのか?」
ザズムフがスイたちの後ろを覗き込むと作業に没頭していた才を見つける。
「み~つけた」
よだれを垂らしたザズムフはこれまで以上に歪んだ笑みで才を見つめた。
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屋敷
「皆大丈夫かな?」
俺は執務室でモニターを開きながら全員のステータスを確認していた。もし何かあったらすぐに【リンク】でスキルを渡せられるように準備をしていたのだ。
「コウキ様、問題ありませんよ。ランカもオウカも十分に強いですから」
屋敷の警備として残したグンナルは落ち着いた様子で窓の外を見ていた。まあ、本来大将である俺が落ち着いていないといけないわけなんだが。ワイトとプラムはキッチンでヘレンとコリーの手伝いをしている。
「邪神が動いているからな」
「以前遭遇した邪神はエドワード様が倒されたのですよね?」
「ああ、俺たちを守りながらな」
あの時のことは今でもよく覚えている。邪神ザズムフがルヌプの兵士たちを殺した光景、あの歪んだ笑み・・・あれは生物を見る目ではなかった。
「でしたら、今回も大丈夫ですよ。ゾア様もいますし、アルラも実力はかなり高いのは俺たちもしっかり分かっています」
心配ないと言っているグンナルだがそれでも心配にはなる・・・あいつらが戦っている場所はダンジョンではない。もしも何かあっても俺は何もできないのだ。
「コウキ様、お客様がお見えです」
「客?誰だ?」
「ええ、ラセツ様という妖人族の方です」
ラセツが?・・・なんで?
玄関に向かうと山のような角の生やした大男がこちらを見るとすぐさま手を振ってきた。後ろには部下の烏天狗種の男と達磨種のおっさんもいた。
「やあ、一昨日ぶりだな。コウキ殿、そしてグンナル殿」
「ラセツ・・・さん。どうしてここに?確か避難勧告か自宅待機命令が出ていたはず」
「あれはテオの住民に対してだ!カグツチの俺らには関係ないさ」
いや、それかなり強引な言い訳じゃないか?後ろの部下も少し呆れている様子だし。
「まあ、一日でも早く君からもらった回復薬のお礼とグンナル殿に渡したいものがあってな。いやー、あの回復薬は素晴らしい!痛みや傷だけでなく、古傷や腰痛まで治してしまったわ!がははは!」
豪快に笑うおっさんだこと。
「とりあえず、中に入ってください。ジェームズ、ラセツさんたちをリビングまで案内してくれ」
「かしこまりました」
すぐ追い返したい気持ちはあったが用件だけ聞いて帰ってもらおうと思った。
ラセツをリビングへ案内すると大男のラセツがソファー一台を占拠し部下は後ろで待機していた。
「どうやってここにいるのを知ったのですか?」
「これでもカグツチの村長でな、君がどこに住んでいるのかぐらい、部下を使ってすぐに調べ上げられるさ」
うぁ・・怖えな
「まあ、もっとも調べたのは住所だけでそれ以上は知らんが。ガハハハッ!」
ブラフじゃないかと思うがこのおっさんのことだから本当に住所しか調べていないのだろう。
「ラセツ様、そろそろ本題に」
「お、忘れるところだった・・・ボダイ」
「っは!グンナル殿・・・一昨日の戦いはお見事でした。是非これを受け取ってください」
ラセツの後ろにいたボダイが大事そうに高級そうな布に包まれたものを取り出し中を広げると金色の札があった。
「これは近いうちに行われるカグツチの武闘大会への参加証でございます」
「参加証?・・・それにしては凄く大事そうに包んでいますね。そんなに凄い大会なのですか?」
「ええ、20年に一回行われる大会でしてカグツチ中の武闘家たちが参加するビッグイベントなのです。特に今年はダンジョンの出現もあり腕の立つ者たちが国外からも集まるのです」
20年に一回か・・・オリンピックの5倍だな。それの参加証となれば相当なプレミアムがつきそうだな。
「俺なんかが受け取っていいのでしょうか?」
「年を取ったとはいえ、このラセツを倒した漢だ。十分に参加資格はあるさ」
「いいじゃないか、グンナル。せっかくなんだし貰っておけば?」
グンナルの様子からしてかなり興味ありそうだし、俺もカグツチに理由にもなるからな。
「では、ありがたく受け取ります。それでこの大会はいつ行われるのですか?」
「うむ、4ヶ月後のカグツチのマサカという都で行われる予定じゃ」
4ヶ月後か・・・随分先だと思うがまあこちらも時間の調整とかできるからその方がいいか。
「そんでじゃ、コウキ殿にはこれを渡そうと思ってな・・・ステータス画面を開いてもらえんか?」
そして次に取り出したのは黄金の判子だった。俺は言われた通りに画面を表示すると、ラセツが俺のステータス画面に判子を押し付けた。
「よし、登録完了じゃ。これで君は自由にカグツチへの入国が可能になったぞ」
ステータス画面を確認すると【カグツチ入国許可証】といのが表示された。おそらくギルド登録のカードと同じ効果を持っているのだろう。ついでに、グンナルもステータス画面に判子を入れてもらった。
「ありがとうございます、必ずカグツチへ行きます」
「うむ、楽しみにしているぞ!・・・では我々はこれにて・・・ん?」
ラセツが一瞬ピタリと止まった瞬間、かなり大きめの地震が発生した。
「かなりでかいな」
ようやく地震が収まるとすぐにプラムがリビングに走り出してきた。
「コウキ様、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。プラムすまないがワイト達と一緒に倉庫の方を確認してもらえないか?そっちが少し心配だ」
「わ、分かりました!」
そう言って、プラムは急ぎ足でジェームズたちを連れて倉庫へ向かう。【耐震魔法】が施されている倉庫に地震の被害の心配など必要ないのだが、行かせたのは名目上で本当の目的は彼女たちの避難だ。
「コウキ様・・・何かが来ます」
「ああ、俺も確認した」
モニターを開くと、【侵入者あり】と表示され、屋敷のマップに白い点がこっちに近づいてくるのが見えた。
「ここに残って正解でしたね。さすがコウキ様です」
ああ、正直俺もビックリなんだが・・・まさか本当に襲ってくるとは思わなかったぞ。
「ラセツさんも彼女について避難してください」
「何を言う!俺たちも戦うぞ!」
ラセツや部下の人たちも戦う気満々みたいだ。戦力が上がるのはこちらとしてもうれしいか。
「分かりました、ご協力お願いします」
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庭
「コウキ様、敵の数はどれくらいですか?」
「20くらいこっちに向かってきているな」
「20かそれくらい余裕だな、ボダイ殿どちらが多く倒せるか勝負しようではないか」
「良いだろう、長ここは我々で十分です」
なんか二人が余裕そうに前にでて武器を構える。
俺はモニターを操作して相手の情報を見ると信じたくない数字が表示された。
ボルテックス・カイザー・バイソン
レベル55
「ボルテックス・カイザー・バイソン、レベル55が20体こっちに向かってきていますよ」
「「55だと!」」
俺が報告すると、二人の顔が真っ青になって突進してくる雷を纏った巨大牛を見る。そういえば55と言ったらグラムと同レベルなんだよな・・・というか魔王クラスの強さということか?
だけど不思議だ、グラムと比べたら全く大したことが無いように思える・・・むしろあいつらが百頭いてもグラムが圧勝するビジョンしか見えないな。
「コウキ殿!悪いことは言わん!早くここを避難すべきだ!」
ラセツもレベルを聞いて焦っている様子だ。だけど、あのボルテックス・カイザー・バイソンはなんかおかしい。なんというか、名前の割にまったく強そうには見えない、むしろラセツが相手でも2,3頭は簡単に倒せそうな気がするし、グンナルも余裕で相手できる気がする。
「グンナルここは俺に任せてくれ、もし仕留め損ねたのがいたらそいつを頼む。ラセツさんたちもそれでお願いします」
「お願いって・・・何を・・」
ラセツは「何を言っているんだ?」と言いたいような顔で俺を見るが俺はそんなことを気にせずメインアカウントに切り替え大量のモニターを目の前に広げる。
「そんじゃ、サクッとやりますか」
今回の話でようやく光輝がまともに自分で戦います。というか、主人公が未だに戦っていないことに驚きです・・・33話でモーランをぶん殴ったぐらいでしょうか?wそれぞれの場面で視点がグルグル変わりますので読みづらいかもしれませんがご了承ください。
場面は以下のように分けられています
北エリア:才、スイ、マヤ vs 邪神ザズムフ
南エリア:ケイト、ゾア、ランカ vs グラディウス・ホワイト・タイガー
西エリア:ヒスイ、アルラ、オウカ vs エンペラー・ヴェレ
別荘:光輝、グンナル、ラセツ vs ボルテックス・カイザー・バイソンx20
ちなみに『ヴェレ』は古代言語で『鷹』を意味します。