96話 変人が去ったらまた変人が来ました
入り口の方からやや豪華なドレス姿のセレナがやってくるのが見えた。周りに人達はざわついた様子でいつ近づこうかタイミングを見計らっているようだ。
セレナが優雅に会場へ歩いていくと、会場の奥に用意されていた椅子の前に立ち会場を見渡す。そして、テーブルに用意されていたグラスを手に取って挨拶を始めた。
「皆さん、本日は私が主催する夜会へ参加いただき誠にありがとうございます。初めてご参加される方も居られるかと思いますが、ここでは貴族の階級など存在しません。一人のテオの人間としてどうか楽しんでいってください・・・それでは皆さん、かんぱい」
参加者たちが一斉にグラスを掲げ乾杯をすると、さっきよりも一段と賑やかになってきた。
「さて、ここからは無礼講だな・・・ヒスイ、あっちにフライドポテトがあるぞ。食いに行こうぜ」
「拙者、あまり脂っこいものは好まぬのだが」
ヒュウが次々と運ばれてくる料理を見るとヒスイを連れて料理が並べられているテーブルへ向かう。
「コウキ様、料理をお持ちしました」
気が付くと、大量の肉料理が積まれた皿を持ったランカとグンナルが立っていた・・・いつの間に。
「ありがとう。アルラも食うか?」
「はい、いただきます」
積まれていた肉は唐揚げだった・・・しつこくない油で、肉汁溢れてマジで美味い。
「コウキ様、まだまだお代わりはありますからどんどん食べてください」
料理を差し出すランカだが彼女もしっかり食事をして色々とメモをしている。おそらく味を盗もうとしているのだ。
「光輝、楽しんでいるか?」
「え?」
振り向くと、スーツ姿の才とストールをまいた黒ドレスのスイちゃんが立っていた。だが妙だ、才たちがここにいるのに誰も騒ぎださない。
「【認識阻害】のお守りを持っているからな。強く意識していないと俺たちがここにいることは気づかないんだ」
なるほど・・・結構便利な道具を持っているな。
「そういえばマヤちゃんは?全然見ていないが」
「マヤは不参加だ・・・夜遅くまで起きていられないからな。明日お前たちに会うって言っていた」
マヤちゃんらしいや・・・やっぱり子供なんだな。そう考えるとプラムたちは大丈夫なのかな?
「食材の件ありがとうな・・・厨房の料理人たちもかなり騒いでいたぞ『どこで仕入れたんだ』って」
「そうか、それは良かった。エイミィが大量に持ってこさせたから屋敷にまだ大量に残っているぞ」
「まあ、それは交易契約が済ませた後で構わないさ」
そう言って、才は一本のワイングラスを手に取って無言で俺の前に差し出す。そして俺もワイングラスを手に取り軽く才のワイングラスに当てる。
「ここに来ている奴の殆どが今お前のことに眼中に入っていない。世間知らずの田舎者がたまたま闇ギルドの支部壊滅に貢献しただけの男・・・それが今のお前に対する認識だ」
「・・・まあ、俺たちが入ってもだれも話しかけてこないからな。なんとなくそんな気がした」
貴族たちを見るとほとんどがセレナに話しかけようと行列ができていた。そして貴族たちの手元にはきれいに包装されたものがある。
「あそこでお土産を渡すのか?」
「ああ・・・お前も並んでみな。お前の認識をガラリと変わるのを楽しみにしているんだから」
才が珍しく悪戯っぽい顔で笑うと軽く背中を押した。
「俺たちはセレナの所に行ってくるから待ってるぜ」
才がそのまま人混みに紛れ込み姿を消すと俺は一度ため息を吐いて、あの貴族たちの行列に並んだ。
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セレナに挨拶する貴族はかなり多い・・・正直、人気アトラクションに並んでいる気分ですごく暇だった。暇つぶしの携帯でもあればなと思ってしまうほど暇だった。
「次の方どうぞ」
気が付くと俺の順番になっており、目の前のセレナはニッコリを笑っていた。そして、セレナの隣には【認識阻害】を発動させたままの才が立っている。セレナは才に気づいているみたいだが、さっきまで品を出していた貴族たちは才の存在に気づいていなかいみたいだ。
後ろを振り向くと周りの貴族たちがクスクス笑いながら俺を見ていた。そして狙ったかのようにセレナは俺の後ろにいる貴族たちを見てため息をつく。
「やれやれ、私の友人に対してこういう扱いとは酷いとは思わない?・・・ねぇ、サイ?」
え?と言わんばかりに貴族たちがセレナを見ると、才も【認識阻害】を解除させて全員に見えるようにする。当然現れた才に貴族たちは慌て出すが、セレナが片手をあげると一気に鎮まる。
「光輝・・・何を持ってきたか皆に見せてやれよ」
「ああ、いいぞ」
才の口調に貴族が驚きながらも口を無理やり塞ぎ俺たちに着目する。俺はさっそくアルラのマジックポーチからいくつかの品を取り出した。なんとなく女の子が好きそうな物4点セットだな。
・魔石ブレスレット
・月霊花の香水
・魔法具【ヘアドライヤー】
・ダンジョン印のリンスインシャンプー
ブレスレットは技術開発部門が開発した護身用の結界の刻印魔法が刻まれている。ドライヤーとリンスインシャンプーはダンジョンにあるコテージに置いてあるものだ。
「素敵ですわ・・・ありがとう、コウキさん」
「気に入っていただけて、こちらも用意した甲斐があります」
特に香水とリンスインシャンプーを見た彼女は目を輝かせていた。さっそく、瓶に入った香水を少し開けた瞬間、なんと表現したらいいのか分からないようなすごく落ち着く香りがした・・・確かメリアスもこれと同じ香りがしたな。
ということはこれはメリアスが使っているのと同じ香水なのか?
周りにいた貴族たちも香りを嗅いだ瞬間幸せそうな顔をしていた。
セレナも満足そうな顔をすると再びニッコリと笑う。
「素晴らしい品をありがとうございます・・・これからも良い関係でいましょう」
「ええ、よろしくお願いします」
注目する貴族たちの中、セレナの言葉や才の態度で俺たちの間に強い繋がりがあるのを見せつけることに成功した。そしてトドメの一撃のごとく俺は才とセレナと固く握手を交わしその場から退場する。
これで『仲良し見せつけ作戦』|(今命名)は成功したのかな?
俺がセレナたちから少し離れると、急に貴族たちが目の色を変えて俺たちに話しかけるようになってきた。セレナたちとはどこで知り合ったとか、とか才とどうやってあんなに親しくなったのかとか、才の好みの女性はどんなのかとか・・・
正直こういうのはウザったいのですべてノーコメントにした。
「はぁ・・・疲れた」
あんなに対応したのは久々だな・・・だけどこれも仕事なんだよな。
そんなことを考えながらグンナルが用意してきたフルーツを手に取り頭をリフレッシュさせる。
そして、満足そうな顔をしたゾア、ワイトそしてプラムがそれぞれ戻ってくるのが見えた。どうやらそれぞれ夜会を堪能したみたいだな。
「あ、コウキさんどうやった?姫さん喜んでくれとったか?」
「ああ、それに他の人たちに俺たちとセレナに強い繋がりがあるのを知らせることができたから、変なちょっかいを出すやつはいないかと思うぞ」
まあ、逆に才達とのパイプ役にとって群がってきそうだが。
「おい、そこの君・・・」
「俺ですか?」
声をかけられたのでふと振り向いたらそこには『山』と表現したくなるくらい大柄な和服を着た男が立っていた。
「いや、その後ろにいる妖人族だ」
妖人族ってグンナルのことか?
「俺に何か用ですか?」
「その角・・・やはり鬼種か・・・会いたかったぞ同志よ!」
グンナルが鬼種だと分かるといきなり大声で泣きだし、グンナルを抱き上げた。
「また変な奴が来たよ!」