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英語の世界

作者: 前田剛力

2029年。

世界は英語で統合されようとしていた。

ほとんどの国ですでに母語は放棄され、または法律で廃止され、英語が公用語となっていたからだ。インターネットによる情報伝達がグローバルスタンダード化した世界では英語が共通のインフラであり、英語を自在に使えない人間、国はビジネスにおいてもコミュニケーションにおいても決定的なハンディキャップを負うことになっていたのだ。

世界最大の人口を誇るあの国も商売に有利となれば君子豹変、国家の号令のもと、一夜にして英語国家に移行してしまった。もともと国内に多くの言葉が乱立し統合にも苦労していた現実もそれを後押ししたのである。

人類は生き残るために好むと好まざるとにかかわらず、英語を選択せざるを得なかった。

しかし一方で、共通の言語による正確な意思疎通が可能になったことで、戦争、テロなど国家、民族間の争いは過去のものになっていた。そして、たった一国、この時流に乗り遅れて孤立してしまった国がこの英語クラブに入ることさえできれば、人類は文字通り一つになり文明は無限に発展していくのに、と世界中でささやかれ、または声高に語られていた。

最後に残った国、世界の孤児、日本がこの英語の輪に参加しさえすれば。

そう、2029年のこの時点でもまだ日本人の多くは英語でコミュニケーションができる状態にはなかった。そして日本ほど経済的、社会的に影響力の大きな国が英語を喋らなければ、世界の統合は完成しないのだ。

 世界が日本を待っていた。


 世界で一番英語の下手な日本人。

 なぜだろう?

 学ぶ努力が足りないのか。

 いや、日本ほど熱心に英語を学んでいる国はない。世界中の国が英語学習に掛けたお金、時間、熱意を全部あわせたより多くのものを日本人は注ぎ込んできたと言っても過言ではない。

 では学ぶ能力がないのか。

 いや、英会話以外の全てにおいてその知的能力を証明してきた日本人の実績を考えると、そのようなことはありえない。

 では一体?

 なぜ、日本人は英語が喋れないのか?喋ってはいけない理由があるとでも言うのか。

 しかし日本人は諦めなかった。わが身の不幸を嘆きながらも世界に追い付くよう、必死の勉強を続けていたのだ。努力は必ず報われると信じて。


 そしてそのときは訪れた。

 2032年、突然、頭の中の霧が晴れたかのように日本人全員が英語を喋り始めた。

 これまでの努力は無駄ではなかった。日本人が幼稚園で、小中学高校で、塾で、大学でそして会社で、さらに家庭で英語に注ぎ込んだ全てのエネルギーが地下を流れるマグマのように日本人の無意識の心の奥底に溜まっていたのだ。そしてそれらが遂に臨界に達したのである。

 日本人の前に立ち塞がっていた厚い言語の壁は打ち砕かれ、エネルギーは一気にほとばしり出た。このパワーに触れたものは誰も彼も瞬時にして英語をマスターしたのだ。


 あれほど苦労したLとRの発音もノープロブレム、単数系と複数形、時制、前置詞、仮定法も現在完了進行形も自由自在に操って、老いも若きも男も女もみんな一斉に英語を喋り始めたのだ。

 日本人の誰もが世界の人と自由にコミュニケーションできる喜びに胸を震わせた。英語を喋るようになった日本人はたちまち「和」を広め、世界は本当に一つになったのだ。人類には無限の発展が約束されたも同然であった。


「人間たちはまた過ちを犯した」

神はおごそかにつぶやいた。

「かつて、思い上がった祖先たちが天を目指して建設したバベルの塔がどうなったかを忘れてしまったようだ。まだ懲りないらしい。折角、“言葉の下手な民族”という安全装置を与えてやったのに。今度は何をしでかすことやら」

 神は寂しそうに首を振った。

「しかし私への挑戦は断じて許されない!」

神は怒りの言葉を発した。

たちまち、英語は消滅、人々はコミュニケーション手段を失って四散していった。


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