転職
自称この町の女神様が現れた訳だが……。
俺はこれまでの経験からある事を思考していた。
どうにもギルド職員は個性が強い人が多い。
自称この町の女神様もかなり個性的な人なんじゃないか?
そんな事を勘ぐっていたのだ。
この町の女神ですよと自称するくらいだ!
きっと相当な奴だと俺は見抜き慎重に言葉を選び会話を続けた。
「あ、あのビッチルさん」
「ビーチルです」
「あ、あのビーチクさん」
「ビーチルです」
クッ! 俺としたことがっ!
不覚にも慣れない思考のせいで緊張してしまった!
ここは一度落ち着こう! 幸いまだ女神さんは微笑んだままだ。
……挽回は――――出来る!
「あ、あのビッチくさい」
「ビ、ビーチルっつってんだろうが? このクソガキがぁぁぁ! 皮も剥けてないようなクソガキの癖に、なにか? 冷やかしか? お? お? なんなら今ここでそのXXXひん剥いてやろぉかぁ? おぉ? おぉ?」
女神様はたいそうお怒りにおなりになった。
「ご、ごごめんなさーーい! ち、違うんですよ? ちょっ、ちょっと美人さんだったから、緊張してッ、た、ただ、試験を受けにきただけなんですよ! で、でもちょっとその、剥かれるのにも興味があったりします!」
「わ、私も? ちょ、ちょっと言い過ぎたしっ――つ、ついはしたない事を口走ってしまいましたが……ご、ごめんなさい」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にしビッチの癖に照れた。
俺のさりげない願望は見事にスルーされいい加減待ちくたびれたのか。
――この役立たずがッ!
とでも言い出しそうな表情でリサがやってきて自分で話を切り出した。
「あ、あの、クレリックの試験を受けに来たのですが」
「は、はい! では、こちらを~」
ビッチは地図を広げて見せ試験の内容について説明を始める。
「この地図に印がされている場所に行って、聖水を汲んできてほしいのです。そこはモンスターも出る森の奥にあるので、十分に準備をしてから向かわれる事をお勧めいたします」
ビッチはまとも人だった。
初めてのお使いみたいな二人のやり取りをほのぼの俺は眺めていると……。
「わ、わかりました! が、頑張ってみます。で、でわ行ってきます」
「あ、少々お待ちを」
ビッチは慌てて奥の部屋に行き何か持って戻ってきた。
「これに汲んできて下さい」
どうやら容器を取りに行ってたらしくリサに手渡す。
「は、はい! で、では行ってきます」
普通にリサは受け取っていたがあの独特な形はどう見ても尿瓶だ。
だが2人共平然としていたので俺も何も言わずに教会を後にした。
――――そして俺達はこの町の東に位置する森の中央にある泉へと向かう。その道中で森に入ったことでこの世界に来た時の出来事を思い出す。それは、いきなりテントウ虫みたいな奴に攻撃を受け、ドロドロした粘液の攻撃しか受けていないにもかかわらず倒れて死にかけた事だ。
もしかしたらリサなら村での生活も俺よりずっと長いしあのテントウ虫についても何か知っているかもな。聞いてみるか。
「この世界に来たときに森でテントウ虫みたいな奴に攻撃受けて死にかけたんだけど、リサは何か知らないか?」
「あー、マコちゃんテントンにやられてたのかぁ」
「知ってるのか?」
「知ってるも何もあの場で解毒したのは私よ?」
「な、な、なんだとぉ!?」
あの村じゃ冒険者自体見かける事が少なかった。それに起きるとリサが飛んできたからもしかしたらとは思っていたが……命の恩人だったか。
――なんて事をしてしまったんだ……。
俺は命の恩人の胸をあんなにも揉んでしまったのか。
最低だ。最低のクソ野郎だ!!
とは思うこともなく、一応礼だけは伝え、気になる事を聞いてみた。
「あの時はありがとな! でもどうやって助けてくれたんだ?」
「簡単よ、解毒剤を持ってたのよ。 テントンは可愛らしい姿をしていても、森では凶悪なモンスターの部類なのよ。なかでも毒攻撃が強力ね。だから森に入る時に解毒剤は必需品でしょ」
「お前そんな事一度も教えてくれなかったぞ……?」
「そ、そうだったかしら? 出くわさなかったんだし! ね?」
――――大きく溜息をつき文句の1つでも言ってやろうかと思ったが、リサの言う通りあれから出くわす事もなく、死にかけてた所を助けてもらった命の恩人な訳だし今日はいいか。そして結局モンスターも出ることもなく目的地に到着した。
周囲を眺めてみると、辺りはシーンっと静まり返っておりどこか神秘的な雰囲気で聖水だと言われてもおかしくないような泉が見えた。
「何かアッサリ着いたな~」
「そうね! でもいい事だわ」
「そうだなっ! 聖水ってもしかしてアレ……か?」
視線の先には日本で見かけた事もある有名な像があった。
それは……小便小僧の像である。
チョロチョロと、チョロチョロと。
小僧は勢いなさげに聖水を垂らしているのだ。
(うわぁー絶対汲みたくないわー)
正直な気持ちである。
だがリサは小便小僧を見ても、あったわ!
あったわ! 凄いわこれ!? どうなってるのかしら?!
はしゃぎながら汲みだした。
――――そんな声に釣られてきたのかアノ嫌な羽音が聞こえてくる。
『ビィィィビィィビィビィビィ』
俺はすぐさま音のする方を振り向きヤツを見つけた。
そう、俺を異世界到着直後にノックアウトしたあのテントンだ!
そして背中の大剣を慌てて抜きリサに聖水を汲むのを急がせた。
「おいリサ! 早く汲んでしまえよ!」
「だ、だ、だって勢いが弱くてまだ少しかかるわッ!」
しょうがないかと覚悟を決めテントンと向き合い言い放つ。
「この間の借りをキッチリ返してやるぜっ!」
『ビィィィビィィビィビィビィ』
――――そう言い切りテントンに向け駆け出した。
駆け寄っていくとビュッと緑色の粘液を吐き出してくるが。
俺は予想出来ていたからこそ大剣で防ぎきり。
振り上げ叩きつける様にスキルを選択する。
「殺人強振!!」
――――――メキメキッとめり込むようにスキルが直撃する。
テントンは鈍い音と共に強烈に地面に叩きつけられ。
グッチャリと潰れた。
「グロッ、と、とにかくこっちは片付いたぞー?」
「やるじゃない! こっちも終わったわ……よ」
「どうしたんだよ? 固まって――まさか俺の姿に見惚れて?」
リサは首を小さく横に振る。
――――な、なんだよ? リサの視線の先に目をやると……。
泉の奥にバカでっかい熊が居たのだ。
正確には熊じゃないんだろうが、とにかくバカデカい熊がいたのだ!!
リサは今にも泡を吹いて倒れそうなくらい青ざめた顔をし。
俺もこのままじゃヤバイと思い叫んだ。
「に、にっげろぉーー!」
動く事も出来ずに立ちすくんでいたリサの手を取り。
俺達は振り返ることなく全力で走り逃げ出した。
しばらく夢中で走った先で振り返ると……幸い追ってはきておらず、何とか逃げ出せたが俺何人分だよってくらい。デカイモンスターは初めて見た。
体長8m位はあっただろうか? ホントにバカでかかったのだ。
――――そんな熊に遭遇したりとトラブルもあったが何とか町まで帰りつく。ほっと肩をなでおろし先程の出来事を振り返っていると、ようやく落ち着いたのかリサから話しかけてきた。
「あぁ~怖かった。あの時は手を取ってくれてありがとう。私……動けなかったもの」
「俺も必死だったしな! まぁでも2人共無事帰りつけてよかったよ」
「本当に私もうダメかと思っちゃたわ」
「あんなの正直今の俺達じゃどうしようもないしな」
「そうね。でもちゃんと聖水は持って帰れたし報告にいきましょ」
――命からがら逃げだし町に帰り着いた事で、動くのも嫌なくらい疲れきっていたが、リサは聖水を手放すことなくちゃっかり持ち帰っていたので、俺達は再び教会へと向かう。到着するとリサは大事に抱えていた尿瓶(仮)をビッチに手渡した。
ビッチは尿瓶(仮)の中身を確認するような動作をし確かめ。
「ご苦労様です。確かに聖水は受け取りました。では、奥の部屋にて転職の儀をとり行いますので、こちらへ」
どうやら聖水も間違いなく本物で無事にリサは試験を突破出来たようだ。
リサが奥の部屋へと案内される時に俺もついていってみた。部屋につくと鑑定の時と同じように中央の床には魔法陣が描かれていた。
「では、中央の魔法陣へお乗りください」
「は、はい!」
「では早速転職の儀をとり行わさせていただきます」
リサが中央の魔法陣に乗るとピカッと眩しい光が一瞬差す。
収まりステータスを確認してみる。
クレリックLv1
体力28
腕力28
知力64
敏捷28
運5
しっかりとリサは転職出来ていたのだ。
「では、転職の儀も終了いたしましたの、今日の所はゆっくりとお休み下さい」
「は、はい! あ、ありがとうございました。」
「良かったなッ――先を越されちゃったけどこれからもよろしくな!」
「うん! お姉ちゃんに任せておきなさい!」
リサは満面の笑みで答え、俺達は教会を後にした。