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ゴミ捨て場の戦乙女-ヴァルキュリア-  作者: 小松那智
2章 鬼ヶ島の姫君
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第8話 桃太郎の残影

 レンタカーを借りて、あたしたちがやってきたのは、吉備津神社と呼ばれる場所だった。


「これが、比翼ひよく入母屋いりもやづくりと呼ばれるものね。この建物は国宝にも指定されてるわ」

「ほえー……すごいですね」


 周囲から見れば、日本好きの北欧人を、現地人であるあたしが案内しているように見えるのだろうか。実際そうなのだが、そういう視線を向けられるのは、なんか居心地が悪い。


 あたしはリザを連れて、吉備津神社を離れることにした。

 もともと、ここはそれほど本命というわけでもなかったのだ。メインの目的は、他に2カ所ある。


 そのいち一方は、この場所のすぐ近くだ。徒歩でもいいかなと思ったのだが、結局は車で向かうことにした。


 ーーエインヘリアル。

 リザが集めるべき勇者の魂には条件がある。


 ひとつは、大前提として、死者であること。当然だが、ヴァルキュリアの役割は死者を導くことであり、生者を無理やりエインヘリアルにすることは不可能だ。

 もうひとつは、強大な戦闘力、あるいはそれに相当する技能・知性を有すること。イレギュラーなかたちで現世に顕現したリザは、エインヘリアルとの契約にも、多少の制限が伴うと考えられるので、大量のエインヘリアルと契約することは避けたいのだ。つまり、一人一人がなるべく強いほうがいいというわけである。


 加えて、魂の所在地を類推できることも、必須条件でこそないものの重要だった。


 そこで先輩が提案したのが桃太郎である。


「動物を引き連れて旅をし、悪しき魔物を退治する構図は、インドの叙事詩ラーマーヤナが原型とされる。この点に関しては『西遊記』も同様だな。

 しかし、桃太郎は単に日本風の味付けをされたラーマーヤナというわけではない。ある古代史の出来事が、密接に関わってくる」

「吉備津彦……ですね」


 学食の隅の席で、そもそも桃太郎自体にピンときていないリザと、頭脳ブレイン役である先輩と交わした会話。

 それを、ハンドルを握りながら思い出す。


 話を持ち出したのは先輩だが、進路の一案として民俗学者を挙げるあたしの方が、この手のことにはめっぽう詳しい。

 大筋を説明したのはあたしだった。


 昔の話だ。

 吉備の国ーー今で言う岡山ーーには、温羅うらという名の鬼が住み着き、悪事をはたらいていた。

 そこで、時の施政者である第10代・崇神天皇は五十狭芹彦いさせりひこという将軍を派遣し、討伐を図る。

 イサセリヒコは、激戦の末に、強弓を以って鬼の片目を居抜き、剣でその首を借り取る。

 この戦果をたたえ、彼は吉備津彦の名を与えられたーー


「とまあ、それだけなら単なる伝承なんだけどね」


 先輩がタブレットを操り、表示したのは岡山市の観光情報。

 そこには鬼ノ城という、古城の写真があった。


 鬼ノ城。

 温羅が棲んでいたという城だ。

 この城の存在が、伝承の中に史実としての存在感を与え、後に『鬼ヶ島』の原形ともなったと言われる。


「加えて」


 温羅を討伐したイサセリヒコ……改め、吉備津彦とその一族は、吉備津神社・吉備津彦神社に祀られる。

 また、怨嗟の声を漏らし続けたという温羅の首の荒ぶる魂も、鳴釜神事という儀式のかたちで鎮められた。


 そんな、数日前の一幕を思い出しつつ。


 辿り付いたのは、吉備津彦神社。

 石段を上り、本殿の前までやってくる。

 5円玉を賽銭箱に放り込み、無難な願い事をいくつか無責任に押し付けてみて。

 それから、リザに尋ねる。


「どう? 何か感じる?」

「……ダメですね。呼びかけてはみたのですが、反応はありません」

「……そっか」


 先輩が「僕の案以外には金を出さない」なんて言うので、やむなく岡山にやってきたわけなのだが。

 なんとなく、実在の人物でなく、古代史の人物なんぞに着目した時点で、その現実的な達成難度には疑問を持っていた。

 イサセリヒコをエインヘリアルに加えるというのは、そもそも無茶な気がしていたのだ。


「ま、そう残念そうな顔しなくていいんじゃないかしら。これは単なる旅行で、おまけにエンヘリアルと契約することができれば上々。それくらいの考え方にしておきましょうよ」

「はい……」


 人を励ます方法というのは、よくわからない。

 が、なんとなく、リザが落ち込んでいると、あたしも嫌だ。憑依されているから、ここらへんの感情には何らかのリンクがあるのかもしれない。


 駅前のビジネスホテルにチェックインするまで、ずっと考え続けたあたしは、ひとつの結論に達した。

 大学生といえば、そう。何かと理由をつけて酒を飲む――いや、《《呑む》》のである。

 表層的な友達しかいないあたしにとっては、異世界の話ではあるが。この春成人してからは、自宅で一人、細々と酒を嗜んでいたりするのだ。それなりに、酒への適性には自信がある。


 そんなわけで、居酒屋にリザを連れてきたところ、こいつ、とんでもない牛飲っぷりである。


「お酒っておいしいんですねぇ」

「……あんたにとっては何でもおいしいんでしょ」

「あははー、まぁそうですけど……って、どうしました、マスター」

「あんたほど酒に強くないからね……」


 ちょっとだけ、気分が悪くなってきた。ちょっとだけね。

 リザが異常すぎるだけで、あたしは決して弱くないはずなのだが……ううむ。もしかして、西洋人って皆こうなのかしら。


「……あのさ」

「はい」

「考えたんだけど。やっぱり、神様の類は難しいのかもね」

「と言いますと?」

「だって、あんた半神でしょ? 格……って言えばいいのかしら。神様よりは、そういう立場的なものは下なわけでしょう? そんなあんたが、元人間とはいえ神として祀られた相手を使役するのは、不可能なんじゃないかしら」


 熱燗を喉の奥に流し込みながら、リザは頷く。


「確かに、そうかもしれません。わんちゃんが飼い主を散歩させるようなものですものね」


 ……?

 その喩えは適切なのか?


「しかし、そうなると、温羅の方も望み薄かもしれませんね」

「そうね。神として祀られているとは言い難いけど……」


 凶暴極まる悪しき魔物。そいつらが、人界と異界の境界を超えて『こちら側』にやってくるとき、人間は降りかかる災厄を撥ね退けるため、戦いを要される。

 しかし、日本には古来より、境界の方を動かすことで、魔物を『異界側』に再配置する考え方がある。

 すなわち、暴威の化身を、神と同様に『祀る』という異質な考え方。


 彼らは正規の『神』ではないが、存在としての格が重要なのだと仮定するなら、エインヘリアルには適さないのかもしれない。

 それ以前の問題として、人を害する存在であった者の魂を、戦士として配下に加えることにも、問題はある気がするが。きっと、リザがそのことについて何も言わないということは、契約さえしてしまえば、エインヘリアルの行動はこちらの制御下におけるということなのだろう。


 結局のところ、やっぱり、リザの記憶が戻るまでは、多くのことについて結論を出すことが出来ないというのが現状である。

 今宵の飲み会兼作戦会議も、お酒でリザのテンションが回復したこと以外には、さしたる収穫もなかった。


 どうせ先輩の金だ、とたらふく食ってから店を出たあたしたちは、ほろ酔い気分でホテルに戻る。


「えへへ。なんだか照れちゃいますね。同じ部屋でお泊りだなんて」

「別に、いつもと変わらないじゃない。毎日同じベッドで寝てるんだから」


 そんな軽口を叩いてみたあたしではあったが。

 いざ眠ろうという段階に至ると、浴衣を不格好に纏ったリザの無防備さが、妙にあたしの心をくすぐった。

 夜中まで眠れなかったあたしは、彼女の寝姿を写真に収めて売りさばけば結構な金になるのでは、なんて考えを抱きつつも、なんとか思い直し、自分だけの秘蔵写真として残しておくことにした。


 あたし、この子と出会ってから、変質者の才覚に目覚めつつある気がするんだけど……気のせいだろうか。


「はぁ……」


 床で眠るわけにもいかないし、ベッドで寝ると隣のリザを意識してしまうので、やむなく机に突っ伏して目を閉じることにした。


 明日の目的地は、鬼ヶ島の原点――鬼ノ城。

 できるだけ、しっかり眠っておこう。

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