第7話 新幹線の中で
夢を見た。
どこか懐かしく、どこか切ない夢だ。
薄暗い部屋。温かい何かに抱かれ、あたしは奇妙な呪文のようなものを聞いている。
『――』
訛りの激しい口調は、どこの方言とも判別がつかない。あたしを抱く何者かは、別の何者かと頷きあうと、そっと呪文の聞こえる場所を離れた。
――星の美しい土地だった。
雪が高く積もった夜は、赤子にもわかるほど物悲しい――
――ふと、場面が切り替わった。
あたしはリザになっているのだと、直感する。
洞窟の入り口に立ち、あたしは何かを待っていた。
しばらく経つと、洞窟の奥から、一人の男が駆けてきた。
どこか悔しげな様子の男に、リザは何かを告げて――
◆
「……おはよ」
「あ、目が覚めました?」
駅弁3つの臭いが合体したケルベロスに鼻の奥を食い荒らされ、あたしは不快感とともに目を覚ました。
新幹線。利用するのは人生3度目だ。
眠りに落ちるときは心地よく感じていた揺れすら、敵のように感じてしまう。
「変な夢を見た気がする」
あたしが低い声でぼやくと、駅弁を喰らい尽くそうと奮戦していたリザがきょとんと首を傾げた。
「どんな夢ですか?」
「……思い出せない」
そう言うと、リザはお箸を置いて、ふにょん、と柔和な笑みを浮かべる。
「じゃあ、きっと大した夢じゃなかったんですよ。あ、マスターも食べます?」
「要らない……って、マスター?」
「先ほど藤堂さんから電話がありまして。佳乃さんのことはそう呼ぶように……と。そういうものなのだと言ってました」
「…………」
「ダメでしたか?」
「別に、ダメとは言わないけど。人前ではやめて」
あの男、ほんと何考えてるかわかんないな。
ただ、マスターと呼ばれるのは、嗜虐心のようなものをくすぐられて、正直悪くない気分だったりする。
「それにしても、藤堂さんは懐の広い方ですねぇ。2人分の旅費をぽんと出してくれるなんて」
「……まぁ、それについては感謝しなきゃだけど」
藤堂家は大富豪だ。
アイデア文具で知られる大企業の社長一家――その御曹司が奴なのである。
世の中何かが間違っていると思う。
と――あのニヤケ面を思い出してイライラしていると。車内のアナウンスで、もうすぐ目的地に到着するのだと知らされた。
特別急行列車のぞみ。普通車指定席にて、揺られること3時間20分。
やってきたのは。
「つきましたね――きびだんごの国」
「吉備の国ね」
そう。
ある意味、日本で最も知名度の高い英雄・桃太郎ゆかりの地。
岡山県岡山市である。