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ゴミ捨て場の戦乙女-ヴァルキュリア-  作者: 小松那智
1章 真夏の出会い
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第6話 神々の死せる勇兵

 あの廃ホテルでは、やくざたちの揉め事の末、火災事件があったらしい。

 炎に侵食された主たる箇所は1階。だが、問題は煙だった。

 日本のビル火災史上最大のものとして知られる千日デパート火災も、その本質は煙による被害だったように――煙というやつは、とてつもなく凶悪だ。

 それ以降、煙状の幽霊が出るということで、この廃ホテルはマニアに知られるようになったらしい。


 らしいのだが。


「気になる点がある」


 そんなことはどうでもよくて。

 問題は、藤堂先輩が、リザの事情に意気揚々と首を突っ込む気になっていることだ。


「気になる点、ですか」


 ぽけー、っと間抜け面のリザもリザだ。この男にペラペラと事情を話すなんて。


「うん。ゴミ捨て場に倒れ込んでいたというのは、ちょっとね。記憶がない以上、ゴミ捨て場にやってきた理由は不明だけど。仮に、雨に濡れ、意識が朦朧とした状態で道を歩いていたとしよう」


 けれど――と先輩は続ける。


「さっき話していた感じだと、君はゴミの山の上に、うつ伏せで倒れていたんだろう? しかも、倒れた体は道路に対して直角。考えても見たまえ。道路を歩く途中で、前のめりや斜めでなく、真横に倒れるというのは、いささか不自然じゃないか?」


 確かにそうだった。

 あのときの光景を思い返してみる。

 ゴミ捨て場に向かって歩いている状況で意識を失ったなら、ちょうどあんな風になるのだろう。


 先輩は、深夜のファミレスの一角で、炭酸ジュースを飲み干してから、「まぁ、矛盾点というわけでもないし、あくまでも違和感なんだけどね」と続ける。


「リザちゃんがゴミ捨て場に向かって倒れ込むに至るような特別な理由があったとしよう。それが何なのかは――僕よりも、君自身の方が、思い当たる節があるんじゃないのかい?」

「……そうですね。あるとすれば、たぶん、あの場所は霊的な力を持つ土地なのかもしれません」


 先輩は、頷いてからタブレットPCを取り出し、地図アプリを起動する。


「ナルちゃんの家はここだったね」

「!? な、なぜ知ってるんですか! つ、つつ通報しますよ!」

「たまたま買い物帰りだった君に捕まって荷物持ちをさせられたんだが」

「そ、そんなことありましたっけ……?」


 あった……ような気もする。

 出会ったばかりで、今ほど嫌悪感を抱いていなかった頃に。


「まぁ、そんな話は、今はどうでもいいんだ。ゴミ捨て場はどこ?」

「こ、ここです」

「となると、リザちゃんはこの方向を向いて倒れていたわけだね」


 彼女はゴミ捨て場に向かっていたわけではなく、その先を目指していたのかもしれない――と地図をスライドさせる先輩。

 しかし、リザが向かうつもりだったかもしれない方向には、神社や寺のようなパワースポット的な場所は見当たらない。

 つまり、やはりゴミ捨て場そのものがリザにとって重要な場所だった可能性が高いのだ。


「ま、ここで頭ばかりを使っていても意味がないだろう。さぁ、ゴミ捨て場を見に行こう」


 その言葉に、あたしもリザも反論はなかった。

 この男は――飄々としているようで、案外、行動力と主体性があるのだった。





   ◆





 ゴミ捨て場にやってくると、リザはすぐに答えを出した。


「やっぱりそうです。この場所からは、霊的な力か湧き出しているのを感じます」

「神社や寺院じゃなく、ゴミ捨て場ってのは、イマイチ締まらないね。ふむ、これからはここを特異点と呼ぶことにしよう」


 あまりアカデミックな言葉の使い方じゃないけどね、とわけのわからない言い訳を付け足す先輩。

 妙な衒学趣味が炸裂しそうな気配を感じたあたしは、咄嗟に本題にしがみついた。


「もしかしたら、弱ってたから、力を回復しようとしてこの場所を目指した……とか。充電するみたいに」

「うーん。どうでしょう。回復したのは、結局、佳乃さんに助けられてからですからね」


 確かにそうだった。

 あたしも先輩も、これといった説明をつけられず、首を傾げる。

 すると、リザは「とりあえず、今はまだ情報不足なんじゃないでしょうか」と呟いた。

 悔しいが、その通りだ。


「それよりも、個人的には、目の前のことをなんとかしたいなぁ、と」

「目の前のこと?」

「はい」


 リザの懸念はこうだった。

 金曜の真夜中に現れた『野鎚』。今夜――日曜の夜に出会った『煙々羅』。

 間隔があまりに短い。


「今はまだ、それほど大きな被害が出るほどではないかもしれません。しかし、いずれ敵の強さも出現頻度も跳ね上がると思うんです」

「現世と幽世の境界が崩れつつある、だっけ」

「はい。私一人では、いつか、手が回らなくなるかもしれません」


 これまで怪現象と縁深かった記憶もないあたしにとっては、この発生頻度が多いのかどうかもわからない。

 だいたい、立て続けに2体と出会ったからといって、頻度の高さを論ずることはできないはずだ――とも思うのだが。

 リザが言うなら、きっと、その意見は正しいのだろう。


 彼女とともに、あたしも頭を悩ませる。

 すると。

 先輩は、妙にワクワクした様子を隠そうともせず、ニヤリと笑った。


「だったら、するべきことはひとつだろう?」


 仲間集めさ。

 仰々しくそう語る先輩に、リザは目を見開いて呟いた。


「『神々の死せる勇兵(エインヘリアル)』!」

「そう。その通りだ」


 戦乙女――ヴァルキュリア。

 北欧神話において、その役割は。

 来る戦いに備えて、死せる戦士の魂をヴァルハラへ集めること。


「だって君は――ヴァルキュリアなのだから」


 ヴァルキュリアがエインヘリアルを集める。

 リザの戦闘力の高さのせいで、戦うことこそが彼女の役割なのだと思い込んでいたが――当たり前すぎるほどに当たり前の前提として、彼女の本懐は『それ』なのだった。




 そうして。

 当面の行動目標が決まったあたしたちは、本格的に動き始めることにした。

 参謀役である先輩が連絡を寄越したのは、それからしばらく経った頃――あたしが務める塾の、夏期講習が終わったタイミングだった。

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