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ゴミ捨て場の戦乙女-ヴァルキュリア-  作者: 小松那智
2章 鬼ヶ島の姫君
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第11話 再戦の午前5時

 翌日は清々しいほどの晴天であった。


 先述の通り、陰陽五行思想では、世界のすべてを5つの気で分類する。

 たとえば、『青』という色や『春』という季節はともに『木』の気に分類される。木気の特性は、樹木が成長するようにぐんぐんと伸びることであり、だからこそ『青+春』で青春という単語が形成されるのだ。


 今回の問題である『方位』は、

 ≪東⇒木、西⇒金、南⇒火、北⇒水、中央⇒土≫となる。

 土の気というものは、中央の配置であったり、他の4気をつなぐ位置づけが特色であり、季節で言えばいわゆる『土用』というものの存在もここに由来するわけだ。


 さてさて。

 今回の敵は、鋼のごとき表皮をもつことから『金』の気を強く持つと仮定しよう。

 強固な金属も火炎によって変形するという性質から『火剋金かこくきん』――火気は金気に強いという図式が成り立つ。


 そこであたしたちは、火の気の恩恵を得られる東から攻め込むことにした。


 こうした『自分にとって有利な方角を経由して移動する』という単純な儀式は、陰陽師たちによって日常的に行われていた。

 彼らは、自分の家から出勤していたが、日によっては自宅と職場の方角的な関係に問題があったりする。そういうときには、前日にいったん別の場所に泊まり、そこから出勤していたのだ。

 出勤に限らず、戦などにも応用されていたこの風習を『方違え』と言うのである。


「やっぱり、整備されてない道は移動しづらいですね」


 あたしたちにとって理想的な方角に、都合よく道が整備されているはずもなく。

 山林の間を抜けることを余儀なくされたため、あたしはリザに再びお姫様だっこをされていた。


 ……やっぱり恥ずかしいんだけどなぁ。

 どうやら、リザにとって人を運ぶ際はこうするものという図式が成立してしまったようだった。

 普段はある意味あたしが男役的な立場というか、ぼんやりしがちなリザを引っ張っているのだが、こうして彼女のたくましさを感じると、ちょっとドキドキする。


 ちなみに、現在時刻は午前5時。

 一般客が来ないような時間を狙って、再び鬼の城を訪れたわけだ。


 ほどなく、石塁の下に辿り付いたところで、あたしは呟いた。


「突入ね」

「はい」


 あたしを抱えたまま、大きく跳躍したリザは、石塁を悠々と跳び越える。

 そして、少し歩いてからあたしを地面におろすと、少しストレッチをして甲冑モードになり、剣を引き抜いた。


「それじゃ、挑発してみますね。マスターは退避しててください」

「ええ。気をつけてね」


 リザの邪魔にならないよう、彼女の背後15メートルまで離れる。


 しばしの静寂。

 満点の星月夜。ゴッホの名画のごとく、渦巻く光が、地上に届き、美しき戦乙女を照らし出す。

 その静謐な佇まいは、突如気色を反転させた。

 リザが剣を力強く地面に突き刺し、裂帛の気合を放つと、それだけで空気がビリビリと震える。思わず後ずさりながら、あたしは彼女に問いかけた。


「どう⁉」

「……成功です! 来ました!」


 その言葉にタイミングを合わせるように、視界の奥から鬼蜘蛛が飛び出してきた。

 剣を構え直したリザは、その場で待ち受けるのでなく、果敢に突撃していく。


 交差。

 敵の頭蓋と、研ぎ澄まされた刃がぶつかる。


 カァン、という甲高い音は、昨夜と変わらぬ金属音。

 だが、リザの唇には、戸惑いでなく高揚が浮かんでいた。


「っ……マスターの作戦通りです! 昨日とは違います!」


 かかとを捻り、全身を回転させたリザは、立て続けに剣を振るう。

 斬撃のワルツ。そのリズムを明白に奏でる金属音は、澄んだ夜の空気を走り抜けていく。


 リザの剣は、鬼蜘蛛の表皮を裂いてはいない。

 だが、攻撃をまったく寄せ付けなかった昨夜とは違い、一撃ごとに、着実に敵が後退している様子が見て取れた。


「体が硬くても――」


 蜘蛛という生物は重心が低く、決定的な隙ができづらい。

 しかし、リザの戦闘への直感は並ではない。彼女は、次第に下から上へと剣を振り上げる豪快な戦法をとっていった。

 すると、苛烈極まる剣の冴えに耐えかねて、蜘蛛の体が浮き上がる。


「――細い脚なら!」


 その隙を逃さず、リザの剣が翻った。


 一閃。

 敵の脚のうち一本が見事切断されて宙を舞う。


「リザ! 脚を集中的に攻撃!」

「はい!」


 これが勝機と剣を加速させるリザに対し、蜘蛛は逃走を選んだのか、素早く後退する。脚の1本を失ったとはいえ、まだ7本が残っている。強烈な斬撃を叩き込むためにしっかりと踏み込んでいたリザは、その咄嗟の動きに対応しきれず、蜘蛛を射程圏外に逃してしまった。


 リザの剣が空振りする間に、距離を取られてしまう。

 だが、あたしは心配していなかったし、リザの表情にも焦りはなかった。野槌のときだって、リザは圧倒的なスピードで敵に追いついたのだ。野槌より遅い鬼蜘蛛を相手に、逃げられる道理はないはず――


「っ!」


 だが、敵を追ったリザは、途中で驚いたように目を見開き、逃げるように跳躍する。

 その理由は、すぐに判明した。


 鬼蜘蛛が――炎を吐いたのだ。


「な……っ⁉」


 唖然とするあたしの視界の中心で、蜘蛛が後退から攻撃に転じる。驚きに身が強張っていたリザは、その突進を受け、地面を転がった。


「リザ!」


 相棒のピンチに、思わずあたしは駆け出していた。


 リザが立ち上がるまでの0.3秒でいい。稼がなければ、殺される。

 咄嗟に、あたしは鞄の中に入っていた紅茶のペットボトルを投げつけた。


 放物線状の軌跡に、反射的な攻撃を行った鬼蜘蛛は、脚でペットボトルを裂く。

 白っぽく濁ったミルクティーが、爆発するように敵に降りかかった。

 驚いたのか、一瞬、動きを止める鬼蜘蛛。


 あたしの想定では、この間にリザが立ち上がり、戦闘が再開される。

 そのはずだった。が。


「……嘘でしょ」


 蜘蛛は、標的を切り替えて、あたしの方を狙ってきたのだ。


 咄嗟に踵を返して走り出す。


「マスター!」

「っ……リザ! 待って! 《《あれ》》を!」


 起き上がったリザは、あたしの指示に動きを止め、目を見開く。

 意図は伝わったようで、彼女は剣を握り直した。

 悠長に彼女を観察している余裕はなかったが、彼女の剣には、月光の輝きを吸い込んだかのような燐光が生まれ始めているはずだ。


 数秒――耐えてみせる。


 あたしは、駆けながら地面の石を拾い、後方を見もせずに投げる。

 ダメージが通るはずもない。命中すらしていないかもしれない。


 こちらが引き離しているのか、追い詰められているのかもわからないまま走るあたしの背に、ふと熱が届いた。

 咄嗟に地面を転がると、頭上を炎が吹き抜けていく。


「熱っ……!」


 鞄が焼ける。

 延焼を防ぐべく、あたしはそれを地面に放り投げた。


 が――起き上がり、逃げる暇はない。

 鬼蜘蛛の巨体が、あたしを覆い隠すように迫る。

 その口が、ゆっくりと開き。喉の奥が溶鉱炉のように赤熱して。


 そして。


「マスターっ!!」

 

 光を纏った剣が、蜘蛛の胴体に叩き込まれた。


「はぁああああああああっ!」


 横一文字の斬撃。

 野槌のときのように両断することはなかったが、表皮は裂け、体の途中まで剣が侵入する。

 剣が止まると、力任せに腕を振り抜き、蜘蛛の体を放り投げる。

 宙を舞った巨体は、轟音とともに落下し、地をへこませた。


「お怪我は?」

「……ない。それより、ちゃんと倒せたか確認!」

「は、はい!」


 顔を近づけられて、なんだか照れくさかったので、強めの口調で指示。

 鬼蜘蛛の側へと駆け寄るリザから視線を離して、あたしは燃やされた鞄に近づいた。

 残念ながら、中身を救出することは難しそうだ。

 幸運にも、投げた表紙に財布と手帳だけは飛び出したようで、近くに転がっていた。


 安堵のため息を漏らす。

 そうすることで、ようやく緊張が解けた。

 気づけば、すっかり朝日が昇っており、まばゆい光が地を撫ぜていた。


 と。

 拾い上げた財布と手帳から、砂を払っていると。


「ま、マスター!」


 背後からリザが叫ぶ。

 何事か、と振り返ったあたしは、鬼蜘蛛の巨体が転がっていた場所から、赤くゆらめく光が溢れているのに気付いた。

 一瞬、炎かと誤認するが、そうではないようだ。


 呆然と見下ろすリザの側に駆け寄り、赤い光の中を見下すと、光はちょうど収まってくところだった。


「これは……いったい」


 蜘蛛が変化したのか、そこに倒れていたのは、小柄な童女だった。

 着物よりもずっと古い時代の衣裳をまとい――ぬばたまの黒髪を乱し――そして、額の両脇から角が生えた――そんな、女の子だった。

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