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ゴミ捨て場の戦乙女-ヴァルキュリア-  作者: 小松那智
2章 鬼ヶ島の姫君
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第9話 山城の大蜘蛛

 ビジネスホテルの朝ってのは、どうしてこう心躍るのだろう。


 朝に弱く、リザと同居する以前はスマホのアラームを5分ごとに計10回鳴るよう設定していたあたしなのだが、ビジネスホテルでは不思議とすっきり目覚められる。

 食事もまた妙に美味い。ロビーの横の食堂で提供されたしょぼい朝食をもそもそと食べて、部屋に戻る頃には、クーデレなあたしにしては珍しく上機嫌だった。たぶん、他人から見てもわからないだろうけど。

 出かける準備を済ませながら、ふとリザがぼやいた。


「そういえば、肝試しで訪れたホテルは、もっと部屋が広そうに見えたのですが……このホテルくらいの広さが標準的なのでしょうか」

「同じようにホテルっていう名前だけど、目的が違うのよ。今あたしたちが泊まってるようなホテルは、基本的に仕事用なの。遊ぶことを目的としてないから、豪華さはなくて、その分安いわけ」

「では、先日の『ミルキードリーム』のようなホテルは?」

「あれは……」


 説明に困る。

 この子、《《そういう男女のアレコレ》》についての知識はあるのだろうか。

 なんとなく、リザが性関連の話をしている姿が想像できなくて、どう説明するのが適切なのかわからなかった。


「……二人で泊まって、体を使って仲良く遊んだりするためのホテルよ」


 ごまかしてみた。

 それが失敗だった。


「それなら、私たちにぴったりですね!」

「はい?」

「今度いっしょに行きましょう! 私、マスターと遊びたいんですよぅ」


 目をキラキラと輝かせるリザ。そこに一切の悪意がない点が、あたしに『容赦ない拒絶』という選択肢を与えてくれない。

 これまでの人生で駆使してきた必殺技を否定された気分だった。


「…………ま、まぁ、そのうち、暇があれば、ね」


 ちゃんと説明した方がよかったのかもしれない。

 しばらくの間は、様々な予定を作って忙しく過ごし、リザがこの件を忘れることを願うしかあるまい。


 憂鬱に感じながら、あたしはバッグを手に取った。


「それより、準備できた?」

「はい! いつでも大丈夫です!」


 今日も1日が始まる。

 誰かと2人で過ごす、少し前までのあたしにはあり得なかった1日が。



   ◆◆◆



 岡山駅から北西に車を駆ること1時間。

 やってきた鬼ノ城は、思っていたよりもずっと大規模だった。


 古代の山城ということで、単純に中世の城の1段階前というイメージだったが、城域はとんでもなく広い。石塁の全周は3キロほどもあるだろうか。

 鍛冶工房の跡や、礎石建物群にひとしきり感嘆したあたしたちだったが――事態が動いたのは、1時間ほどの観光のあと、「やっぱり温羅と接触することはできなかったわね」なんて言いながら帰りかけたときだった。


「……」

「? リザ?」


 話しかけたあたしの声を無視して、リザはきょろきょろと視線を彷徨わせる。不意に、その眉宇が顰められた。


「マスター。私から離れないでください。人外の気配を感じます」


 リザの真剣な態度で気づく。

 野槌に襲われたあの夜と同様に、周囲から人の気配がなくなっている。違うのは、心臓を締め付けられるような寒気はなく、むしろ、じりじりと肌を焦がすような熱気を感じる。

 それは、単純な夏の暑さとは別種の熱だった。


「温羅、かな」

「いえ。直感ですが、温羅とは違うような気がします。もっと女性的な雰囲気の――」


 話しながら、リザが甲冑姿に変化したときだった。

 礎石の並ぶ、居住区だったと思われる土地の奥から、のっそりと姿を現したのは――一匹の大蜘蛛だった。


「……女性的?」

「………………勘違いだったかもしれません」


 一歩前に進み出て、剣を構えるリザ。

 その背後に隠れながら、あたしは蜘蛛の様子を伺った。


 黒光りする肢体は、まるで鋼鉄でできているようだ。太陽をぎらぎらと弾く様は、こいつがただ大きいだけの蜘蛛でないことを如実に告げている。

 気になるのは、その頭蓋から、2本の角が生えている点だった。


 蜘蛛は、様子を伺うかのようにこちらを見つめていたが、どうやらあたしたちを排除すべき敵と判断したようだった。


 体長3メートルはあろうかという大蜘蛛が跳んだ。

 決してスピードは速くないが、巨大な蜘蛛が動いているというだけで、単なる危険性とは違った観点での恐ろしさが、両脚の自由を奪う。全身が粟立つと同時、リザが迎撃に打って出た。


 清流のごとき軌跡を描いて、リザの剣が宙を躍る。


 彼女の剣技を前に、蜘蛛は一撃で屠られるかに思えた。

 しかし、刃がその表皮に当たった瞬間、金属同士がぶつかる硬質な音が響く。


「っ……硬い⁉」


 驚いて後退しながら、リザは小さく叫ぶ。

 動揺した隙に、蜘蛛はリザを組み伏せようと襲いかかる。

 なんとかそれを回避し、苦しまぎれに敵の頭へ剣を振るったリザだが、やはりダメージは通らない。


「リザ!」


 心気が乱れている彼女に呼びかける。

 仮初の一蓮托生とはいえ、相棒としての矜持というものがあった。


「撤退!」

「は、はい!」


 いつだって。誰よりも早く、引き際を見極めてきた。諦めることだけには、長けている。

 それは誇れることではないのかもしれないが、心の弱いあたしにとっては最大の防衛手段でもある。


 剣を収めて、踵を返したリザは、あたしを抱きかかえて脱兎のごとく走り出した。

 移動速度ならこちらが有利だ。蜘蛛らしく糸でも吐くかと不安がよぎったが、敵は諦めたように立ち尽くしていた。


「追ってこないみたいですね」

「……それはいいんだけど」


 木立の中を風のように移動する。

 彼女の力強い細腕の中で、あたしは口ごもった。


「お姫様だっこじゃなくても、他の抱え方、あるでしょ」

「おひめさまだっこ?」

「……わからないならいい」


 ちょっと恥ずかしい。

 あたしの反応に首を傾げ、足を止めたリザは、振り返りながら呟いた。


「まぁ、とにかく。追っては来ないようですね。近くに人の気配もあります。安心していいでしょう」


 安全装置のないジェットコースターのような状態だったので、平衡感覚が乱れていた。地面に下ろされてから少しの間、足裏に伝わる大地の感触に戸惑う。

 私服に戻ったリザとともに駐車場へ向かいながら、少し落ち込んだ様子の彼女とともに考え込んだ。


「……あの蜘蛛。放っておけば、一般人も襲うかも。いや、もしかすると、すでに襲ってるかもしれない」


 あと1泊ある。放置して帰るわけにはいかない。

 あたしの呟きに、リザは視線を地へ落とした。


「ですが……攻撃が」

「通じなかったわね。今回は」


 でも、と。あたしは続ける。


「攻略法はきっとあるわ。たとえば、口の中まで硬いとは考えづらいから、そこに剣をねじ込めばいいかもしれない。関節なんかは防御が薄いかもしれない」


 口からでまかせの、ただ思いつきを並べた慰めだった。

 それでも、リザのテンションは少し回復したようだ。


「戦い方を考えましょう。2人で」


 もしかすると、あたしが普段つっけんどんな態度をとっているせいか、リザはあたしのことを居候先の家主くらいにしか思っていなかったのかもしれない。

 けれど、一度協力すると約束したのだから、あたしだって自分にできることはするつもりなのだ。

 自分の思い違いに気づいたのか、リザの表情はぱあっと明るくなった。


「はい! 頑張りましょう、マスター!」

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