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ゴミ捨て場の戦乙女-ヴァルキュリア-  作者: 小松那智
1章 真夏の出会い
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プロローグ 春の日の憂鬱

表紙

挿絵(By みてみん)

 あの夏、あたしはきっと日本でいちばんかわいそうな女の子だった。


 医者やカウンセラーや警察のおじさんは、「大丈夫。もう怖がる必要はないよ」なんて、わかった風なことを言った。

 テレビや新聞であたしのことが報道される度に、周囲の人間は優しいフリを上達させていった。


 子供心にわかっていた。

 彼らは皆、「心に傷を負った幼い少女が、周囲の理解と協力で笑顔を取り戻す」というストーリーの実現を求めていたのだ。

 それは親愛や思いやりであるはずもなく。

 あたしが『劣悪な役者』であると知ると、世間の興味は離れていった。


 あたしにとっては――ありがたいことだったけど。


佳乃よしの? 授業、終わったよ?」


 隣の席から声をかけられ、ハッと顔を上げる。


「え?」

「授業、終わったよ」


 もう一度言ってから、さほど仲が良いわけでもない友人は「来週休講だって」と立ち上がる。

 東洋宗教思想史Ⅰ。この大学で開講される科目のうち、最も退屈なもののひとつだ。科目に罪はないが、小太りの先生が、ひどく色あせた語り口で、単調な説明をする時間が90分も続くのである。

 この講義の間は、毎週のように眠ってしまう。

 けれど、まさか、あの頃の夢を見るとは思わなかった。


「ねぇ、この後どうする?」


 どうする、と言われても。


「カラオケとか、どう?」

「今日は、ちょっと。バイトがあるから」

「そっか。じゃあまた」


 お疲れ、なんて。

 そんな風に別れを告げて。

 去りゆく間際、振り返る一瞬――友人の顔から、張り付いていた笑みが剥がれ落ちるのが見えた。


 まぁ、そんなもんだろう。

 講義初回のガイダンスで、ちょっと話しただけの仲である。

 あとは、そのうち訪れる期末試験で、過去問をちょいと見せてもらって、はい終わり。

 ……そんなもんなのだ。


「……はぁ」


 友達って何だろう。

 言葉としては知っている。広辞苑にも載っている。

 でも、あたしには本当の友達というものがよくわからない。


 荷物をまとめて、講義室を出た。

 廊下に設けられた鏡に、ふと目を向けてしまう。


「……」


 そこには、不愛想で目つきの悪い、およそ愛嬌とは無縁な女の顔があった。


 あの、幼い夏の日の底に。

 あたしこと鳴滝なるたき佳乃は、笑顔を落としてしまい、そしてそのままなのだった。


 鏡から目を離し、窓の外へ目を向ければ、ソメイヨシノの堂々とした佇まい。それは耐え難い己の醜悪さを糾弾するようでーーあたしは、一般教養棟の廊下を、逃げ出すように早足で抜けた。

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