08 “無理槍”誕生
この話は別途連載中の「異世界冒険戦記 ルイン・ブリンガーズ」の前日譚です。
以前投稿していたものを大幅加筆修正してあり、独立して読むことが出来ます。
「ルイン~」を読んでくれた方も、内容にかなりの改編・挿入話がありますので楽しんでいただけるかと思います。
SFもファンタジーも盛り沢山ですがハイファンタジーものです。
異世界冒険譚がお好きな方には是非!
「ざっとこんなものだ。即席だけど、それなりにいいものになったと思うよ。銘も付けないとね」
レドは胸を張って言うと、シャティルに手渡した。
「“魔術師泣かせの槍”なんてどう?」
すかさず、いたずらっぽく笑いながらミーナが提案し、オルフェルとレドもそれに合わせる。
「“無茶ぶりの槍”でもいいな」
「いや、これは“剣匠泣かせの槍”でいいんじゃないかな」
ニヤリとするレドの提案に、シャティルが不思議がる。
「なんで“剣匠泣かせ“なんだ?」
「お代が高いからさ。ラナエスト着いたら宴会コース覚悟しとけよ。」
「どんだけ高い物奢らせるんだよ!」
「値段もさることながら、“宴会”コースだからな。人数も何人になることやら」
「ちょっとまて!それは聞いてねぇぞ!」
事前に聞いた条件と違うためシャティルは焦り出すが。
「俺ら二人だけじゃ宴会って言わないだろう。少なくともオルフェルとミーナの分は入ってるぜ?」
笑いながら言うレドに罠に嵌められた事を悟るシャティル。そいつはいい、と同意するオルフェルや、
「あたしはラナエストに行くとは言ってないんだけど・・・まぁいいや。草小舟で送りついでに御馳走になりますか。」
ミーナまで合わせたために、シャティルは四面楚歌となった。憤然とした様子で立ち上がり、槍をぐるっと一回転させて地面に突き立てるシャティル。
「しぁーねぇな、もう!男に二言はない!宴会の前夜祭で剣匠の槍の妙技、見せてやるぜ!魔法の援護もいらないからな!」
そう言ってそろそろ効果の切れそうになる斥力壁に向かっていく。
「あ!それと!」
シャティルは斥力壁の前で立ち止まると、振り向いてレド達に言った。
「こいつの名前は、いろんな意味で“無理槍”だ!」
シャティルの憮然とした表情に、レド達には笑みがこぼれ、特にミーナは腹を抱えて笑うのであった。
そこからのシャティルの技は、言うだけあって見事な物である。
騎士魔法――肉体の生命魔力と魂の精神魔力を融合させる技。
通常は操作不可能な生命魔力を、精神魔力と混ぜ合わせることを純化と言いこれによって生じる騎士魔力を操作する。混ぜ合わせる純化率が高ければ高い程、騎士魔法が体外に漏らす魔光は青色から白色に転じてゆき、効果が高まる。
その効果とは、例えば、武具に魔力を帯びさせ、切れ味や強度を高める技。
例えば、魔力を肉体の細胞単位で浸透させ、筋肉の莫大な動力源とするとともに、同時に肉体を保護する技。
例えば、脳や五感に魔力を帯びさせ、感知力と思考力をより早くする技。
鍛錬と才能と双方によって発動する騎士魔法は、純化率の最高到達点に個人差があるが、シャティルはその点で、才能に恵まれていた。
師匠であるゴードしか知らないことではあるが、祖父のゴード、父のエクスダイと親子2代に渡って受け継がれてきた修練の成果が、シャティルの代に結実したかのような才気に、ゴードは年甲斐もなく嫉妬すら覚えたものである。剣神ヴァルフィンの期待も頷けるものであった。
シャティルは今や、槍を構えて騎士魔法を全身に発動させていた。うっすらと白い魔光が全身を包み、さきほどまでのふざけた姿とは一線を引く、凛々しい戦士となる。
得意な武器が刀剣であっても、様々な武器に対処するため、扱い方は一通り習得している。武芸百般と言っていい。
シャティルはまず、槍の穂先を左上に掲げ、右下目掛けて地表を滑るツバメの如く、振り下ろしつつ地表を滑らせ、そのままの勢いで右上に穂先を飛翔させた。
騎士魔法によって強化された切れ味が、地面に蔓延る巨大ムカデのうち2体を切断しており、そこへ一歩踏み込むと瞬く間に周囲を巨大ムカデが取り囲む。
そのままの勢いで穂先を右上から左上に円弧を描かせ、先ほどと同じ動作を今度は身体を右に素早く一回転させつつ行った。
ミーナ達から見ると、一瞬の白閃の後、シャティルの周囲の巨大ムカデが8体、身体を切断されて四方に吹っ飛ぶ。そこからはもう、円舞と言うにふさわしい体裁きと槍術でひたすら巨大ムカデを切り裂きつつ弾き飛ばす。
槍は本来であれば刺突に特化した武器ではあるが、穂先に短剣を用いていることと、騎士魔法による切れ味の強化が、薙刀のような使い方を可能としていた。
周囲に張った反応圏に触れる、時折飛びかかってくる敵や天上から落ちてくる敵などもシャティルに近づくが最後、軽い足裁きで躱されると同時に両断され、もはや光輪の円舞と言うに相応しい状況を作り出していた。
右方から体躯を撓めて飛びかかる準備をしている巨大ムカデが3匹。
騎士魔法を発動し、左手の掌を上にした順手で槍中程を持つ支点にし、右手で時計回りに柄を2回転させながら引き、素早く前方に打ち出す。
槍術、“穿竜突”
強烈な刺突の本身と、その周囲を渦巻く風と魔力の刃は、直径1アルムスの穴を穿ち、さらにその周囲を巻き込んで4アルムスの空間を貫く。飛びかかろうとした3匹の巨大ムカデは、その前後の仲間と共に吹き飛ばされ、胴を削られた。
シャティルは段々と蹂躙の雰囲気に酔ってきたのか乗ってきたのか、更なる大技を繰り出すことを決断し、仲間に被害が出ないよう呼びかける。
「レド!さっきの壁をもう一度展開してくれ!」
すかさずレドが「斥力壁」をもう一度展開する。
薄黒い光の壁が展開されたのを確認すると、シャティルは円舞をピタッと停止した。
シャティルがこれから繰り出すのは瞬足の2回転。1回転目の穂先が空を切る刃圧を周囲に飛ばし、その刃圧の背後に真空帯を作り出す。
更に早い2回転目の刃圧が真空帯の吸引力も利用し加速して最初の刃圧に追いつき、押し出される刃圧が音速を超えた衝撃波と化す、騎士魔法による身体強化と、刃筋の正確な操作により可能となる対集団用広域殲滅技だ。
穂先を下方に下げた構えから、ただ脳内で気合いとともに技の名称をイメージしつつ、必殺の技を繰り出す。
『地爆走波!!』
シャティルを中心に周囲に爆散した衝撃波は、巨大ムカデを1匹残らず吹き飛ばし引きちぎり、周囲の壁に叩きつけた。
さらには、元々平原用の広域殲滅技なため、壁や天井などに張り付いていた巨大ムカデも周囲の壁から乱反射した衝撃波に巻き込まれ、無事であるものは一匹もいない。
使い手であるシャティルも、この場所では騎士魔法の防御力を信じなければ使用をためらう技ではあったが、レドの斥力壁が衝撃波を跳ね返しきった事を確認し、戦いは終了した。
巨大ムカデが四散し周囲にはムカデの体液と内包していた酸か何かのツンとくるような臭いが充満する。
戦闘の中心地にいたシャティルは死屍累々の有様を見渡し、「どーよ?」としたり顔だが、それに対しミーナは、ちょっと困った表情で鼻を摘んだ。
「シャティルの技も強さもすごかったけど・・・・・・臭いわ」
鼻を摘んだミーナのジェスチャーに呆然となるシャティル。レドとオルフェルは苦笑するのであった。
レドは水系Lv1「集水」で空気中から水を集めてそれを触媒にし、水系Lv3「放水流」を唱えた。
手元から出現する放水は強さと温度をある程度調整出来る。これを利用し、シャティルを水浴びさせた後、周囲の壁面や地面を洗い流し、その水の流れを操作して巨大ムカデの出てきた穴に導いてやる。
死骸をそのままにしておくと、カビやバクテリア、病原菌が発生し必ずしも後々安全とは言えない環境を残してしまう。自分達と同じような冒険者や鉱山夫が、来たのはいいが空気感染で毒や病気に掛かるのはまずい。
死肉あさり系の生物がいれば放置でも良いが、この旧鉱山はこれまで見たところ、それらの居ない環境のようなので、掃除することにしたのだ。
「ムカデが残っていれば水攻めにも出来るし、流されないくらい比重の重い殻があったら回収してみたかったんだけどね」
レドが言うが残念ながら期待できるムカデ殻は無かったようで、周囲が片付いたことを確認すると、一行はミーナが見つけた奥へ行く通路を進むことにした。
しばらく進むと、また小部屋のような造りの広間に出たが、どうもここで行き止まりのようだ。
ミーナとオルフェルが壁面を探るが、隠し扉などの仕掛けも特になく、また、鉱脈もここにはないようだった。
ミーナが残念そうに言う。
「ギルビーさんもいないねぇ」
「入り口の分岐まで戻って反対側にいくしかないな」
オルフェルの言葉に一行はうなずき、仕方なく来た道を戻り始める。
道すがら、ミーナが楽しそうに話し出した。
「あ、そう言えばさ、シャティルの感って外れたね。剣匠の感ってヤツ」
「あれだけの戦いがあったと言うことは当たりってことさ」
「じゃあ、剣匠の感が出たときは従わない方が良いって事ね」
「そうだな。覚えておこう」
シャティルの強がりにミーナとレドが追い打ちをしたため、シャティルは知らんぷりをして先へ進むのであった。
『決断するということも一つの才覚ではあるのだけどな』
オルフェルは前を歩くシャティルの後ろ姿を見て、そう思う。
エルフ族は生まれながらにして精霊の加護を得る種族だ。何か困ったときや探索しているとき、危険が迫ったときなど、精霊が少しだけ道筋を示してくれることがある。
このような力は、他種族ではシナギーの精霊僧や様々な種族の高位の森守、精霊使いが持っているらしい。他にも、精霊ではないが神々の神官や僧侶は神からの啓示という形で、より具体的な指示を得るらしいが、オルフェルは左手に義手を付けてから、精霊の声を聞くことが出来なくなった。
おそらく、左手の材料になっている竜の素材が、精霊を遠ざけてしまっているのだろう。
精霊の加護を失ったエルフなんて、通常は許されないことだ。なぜなら、精霊の加護を失うことは闇に落ちることとされており、そうして遙か昔に袂を分かったのがダークエルフであるからだ。
オルフェルは危うく“闇落ち”認定されるところを、それまでの鍛冶師としての仕事ぶりや竜退治の功績、義手を付けるまでの経緯等様々な事情を勘案され、さらには「義手を外せばいずれ精霊の加護が戻る」と義手の制作者コルムスの証言もあり、やっと闇落ち扱いされずに済んだのであった。
しかし、この時の経験は、オルフェルに取って仲間のエルフを信頼出来なくなるという深い心の傷を負わせることになった。
故郷のために戦った竜退治の傷が、故郷のために役立てようとした鍛冶師の腕が、よりによって闇落ち扱いされるとは!
エルフ族の頑迷な思想に愛想を尽かしていたあげく、コルムスの死を迎え、エルダーテウルに住む事に未練を感じなくなり、広い世界を見るために出発したのが今回の旅の始まりであった。
その際、故郷を離れることへの決断に対し、なんの加護も啓示もなく、全て自分の判断で決断するということにどれだけ逡巡したことか。
しかし、元を正せば、左手を失い鍛冶職人として絶望の淵に居た自分が義手を付ける決断をしたときから、オルフェルは既に自分で決める道を歩いていた。
他のエルフが安寧に身を置き自らは決断せず精霊に身を委ねる姿が、少し前までの自分の姿だと理解した時、きっぱりと自分はもう他のエルフと違う存在になってしまったのだと自覚するとともに、旅経つ決心をしたのであった。
そんなオルフェルだからこそ、シャティルのように果敢に決断し前に進む存在に、種族や年齢を超えた敬意と憧憬を感じると共に、自分もそうありたいと強く願うのであった。
ザカエラが旧鉱山入り口から最初の分岐付近の暗がりに隠れてから、かれこれ1時間。予想以上にシャティル達が来ないため、彼らは待ちぼうけを食らってしまっていた。
途中、魔力の発動を感じたり、何かの轟音が聞こえたため、何かしらと戦闘になっているのだろうとは推察出来たが、使い魔のコウモリを飛ばした時には彼らが無事に最奥へ進むところであったので、ザカエラは魔法の罠を四重に仕掛けて待機することにした。
“魔印誓言”―魔法の巻物を作成したり、魔導具に刻んだり、術者の身体に入れ墨をしたりする魔法文字の事を言う。
特殊な魔法のインクを用いて行うそれは、羊皮紙に書きためておいたものを壁や床などに移すことによって、発動言語のみで起動する魔法の罠の設置が可能となるのだ。
ザカエラはシャティル達がやってくると通過する予定の床に3マトルほど離して二箇所にまず設置した。これは、土系Lv2「石の壁」の呪文を改造した石檻が前後を塞ぐ魔印誓言だ。
同時に作動しないよう、呪文発言の発動言語を別々に設定し、精神魔力を導通させて設置する。
続いて、石檻の範囲内部の手前側の左右に、魔印誓言を設置する。片方は地面から2アルムスほどの高さ、これは大人の膝上から腰高を想定している。
さらに続いて、反対側の壁に地面から3アルムスほどの高さ、これは腰から腹の高さを想定。それぞれの高さに触媒となる粘土をちぎって、巨人の髪の毛を挟むように四つずつ壁に貼り付ける。
物質変化系Lv1整形、Lv8巨大化を利用した岩の槍が飛び出る仕掛けだ。
これも時間差で発動出来るよう、発動言語を別々にして設置する。
回避しづらい太ももの高さと、それを飛んで避けても次に回避出来ない腹の高さに、しかも左右逆に設置するという、非常に手慣れた殺意に富んだ仕掛けだ。
ザカエラはこの罠の仕掛けに絶大な自信を持っていた。これまでこの方法でどれだけの敵を葬ってきたことか。
万全の体制にして、後は気配を消して待ち伏せすべく、ミスティが待つくぼみへ身を寄せる。
ミスティは待つのに疲れたのか、くぼみに身を寄せて寝入っていたが、ザカエラはそれを小突いて起こし、懐から取り出したガラス玉を触媒に幻系Lv5「透明化」を二人に掛けた。後は待つだけだ。
シャティル達が入り口付近まで戻って来たのはそれからしばらくしてからであった。
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