06 ドワーフの彫金師の受難
この話は別途連載中の「異世界冒険戦記 ルイン・ブリンガーズ」の前日譚です。
以前投稿していたものを大幅加筆修正してあり、独立して読むことが出来ます。
「ルイン~」を読んでくれた方も、内容にかなりの改編・挿入話がありますので楽しんでいただけるかと思います。
SFもファンタジーも盛り沢山ですがハイファンタジーものです。
異世界冒険譚がお好きな方には是非!
獣道の分岐から30分ほど進むとやがて植物のあまり生えていない、露出した岩肌が目立つようになり、山肌にぽっかりと空いた洞窟が見えてきた。おそらくこれが旧鉱山の入り口なのであろう。
ミーナは入り口に近づいて日光で見える範囲を少し観察して戻ってきた。
「蜘蛛の巣がほとんど無い。高いところもないから間違いなくドワーフ以外も入ってるわ」
準備して入ろう、ということで、一行は荷物を一度降ろし、それぞれ必要な道具を取り出した。
オルフェルは採取した鉱石を入れる革袋の他、折りたたみ式の携帯ピッケルを取り出した。普段から腰に下げた小槌は細かい所用として、採掘には携帯ピッケルを使うようだ。
レドは背負い袋から白い筒状の物を二本取り出した。片方が若干太くなっており、蓋状の杯のようなものが付いている。これをミーナとシャティルに1本ずつ渡す。シャティルが白い筒を不思議そうに手に取る。
「これは?」
「俺が造った道具の一つ、便利たいまつだ。上下に伸ばして、蓋を外して反対側にはめ込んで。表面にギザギザの細いところがあるからそれを親指で押し込んでみて」
シャティルが教えられたとおり操作すると、蓋を外したところからボッっと炎があがる。
「「おおっ!」」
「内部の燃料を詰め替えれば何度でも使えるし燃え尽きることもないたいまつだ。野営の火熾しにも使える。消すときには蓋をもう一度閉めれば良い」
「これ、良いな!すごいな!」
シャティルの興奮する様子に、レドも破顔する。
「そのうち冒険者ギルドに売り込みに行こうかと思ってるよ」
「ふうん、中に火打ち石が入ってるようだ。一般家庭の火熾しにもいいな」
オルフェルがミーナの便利たいまつを手にとって色々みていたようだ。そんな男達を見て、ミーナが苦笑しつつ先を促す。
「確かにすごく良いけど、中に何がいるか判らないんだから気を引き締め直して行きましょう」
「そうだな、行こうか。ミーナ、また先頭頼めるか?レディーファーストだ」
「使う意味がちがうでしょう。でもまぁ、“二列目を好むシナギーはシナギーにあらず”もちろん、いきますとも」
シャティルの冗談に突っ込みをいれつつも好奇心旺盛なシナギーの物言いに、男達はニヤリとし、洞窟への侵入を開始した。
「フィラーム」
洞窟に入ったところで、レドは杖をかざし、魔法発動の起動単語を唱えた。
杖先の水晶球から魔法の明かりが放たれる。
ラナエスト魔法学院では光系統Lv1呪文「明かり」として最初に習う魔法である。
本来であれば、触媒の水晶球を用意するとともに起動単語、続けて呪文詠唱の後、魔力元素を体内に降ろして呪文発言で効果を発現する。
しかしレドは、触媒である水晶球が消耗しないことに着目し、仕掛けを施して起動単語のみで発動するように処理している。
魔法使いが一人旅をするにあたっては、魔法の事前準備及び高速起動、そして省力化は永遠の課題なのだ。
「なんだ、魔法の明かりもあるんじゃん」
「併用が一番だよ。たいまつなら空気の揺らぎも判るし蜘蛛の巣も払える。それに、俺の炎系呪文の触媒にもなるから消すなよ」
「なるほど」
「あ、それと最初のうちは蜘蛛の巣全部焼かないでくれ。触媒用に採取したい」
了解、と呟きながらシャティルはミーナに続いて歩き始めた。
レドは早速入り口付近に残った蜘蛛の巣を手早く小枝に絡ませて採取し、殿に着く。
洞窟内はシャティルが少し頭を屈めながら歩けるくらいの高さで、空気は乾燥した感じだったが、奥へ進むと次第に、岩肌が漏水しており空気にも湿度が増えてきた。
ふと、ミーナが立ち止まる。何か飛ぶ気配がする。
どうした?とシャティルが聞くと。
「コウモリかな。せわしない翼の影と身体の重さを制御しきれない感じの飛び方。吸血コウモリだとやだな~。」
「人を襲うコウモリは自然ダンジョンにはあまり居ないね。生態系が確立されてれば別だけども」
レドの説明に、そんなものか、と思いつつミーナは進み始めた。
しばらく進むと、T字路のように道が左右に分岐している。
「どっちに行こう?」
「右だな。剣匠としての感がそう言っている。」
「嘘くさ~い!」
ミーナとシャティルの掛け合いに呆れながらもレドが口を挟む。
「何も理由が無ければ後は思いつきだけだけどね。オルフェルはどう思う?」
「精霊に聞ければいいのだが、残念ながら私にはその力がない。ここはシャティルの言うとおり、右に行ってみよう」
エルフは通常、精霊を使役することで知られているが、その力がないエルフなんてレドは初めて聞いた。おそらく左腕と関連があるのだろう、と推測しつつ、今はひとまず置く事にして。
一行は右へ曲がりさらに奥へ進んでいった。
たき火にあたって腰掛けていた魔法使いは、使い魔のコウモリから知らせを受けてリーダーに報告する。
「リーダー、侵入者です。最初の分岐を反対側へ向かいました」
呼びかけられた男は旧鉱山内の小部屋状の広さのある一角で、壁にツルハシを振るっていた。
リーダーと呼ばれた男の傍らにはヒュームにしては背の低いがっしりとした体躯の男がツルハシを振るっている。
ツルハシを持つ二人の背後には、これまたがっしりとした一番背の高い男と、痩せてはいるが中背の男が、岩塊を脇に寄せていた。
魔法使いともう一人、ローブを着込み杖を持った女性が採掘作業をしている4人から幾分離れて、たき火に鍋を掛け湯を沸かしている。
「休憩だ。一服しよう。」
リーダーは周りに声を掛け、たき火に近寄った。
自分以外の者が皆、たき火周りに腰を降ろすのを確認する。背の低いツルハシ持ちが自分に背中を向けた位置にいること、見られていないことを確認して、リーダーは話し出した。
「鉱石狙いでライバルが増えても困るし、この場所は俺たちが先に占有している。丁寧に説明して、他へ行って貰うしかないな」
魔法使いに言いながら、右手の親指を立て、首元で真一文字に横切るジェスチャーを見せる。
「了解です」
言葉とは裏腹なジェスチャーの意味を理解し、魔法使いは答える。
リーダーの言葉を背中で聞きながら、魔法使いの表情を見ていた背の低い男は、陰鬱な思考にそっと目を伏せる。
『他へ、か。どこへ逝って貰うのか。』
男は魔法使いの瞳に映るリーダーのジェスチャーをしっかりと見ていたのだ。
『やはりこいつらは危険だ。いったいどうしてこうなった・・・』
仕方がないとは言え、己が陥っている窮状に、ドワーフ族のギルビー・バレルヘイガーは心身共に疲弊しているのを自覚するのであった。
トルネスタン公国から西方へ二千ケリー程進むと、広大な荒れ地“グランブルン”に到達する。
生命樹の恩恵にも見放された、遮る物無き強風とごくわずかな草地しかない荒廃した台地だ。
その広さは東西におよそ三千ケリー、南北に二千ケリーと言われ、周囲を山地に囲まれ、台地中央の“ベレムの大穴”からは常に猛烈な風が吹き出しており、文明圏の国々からは「呪われた台地」と言われている。
台地中央から吹き出す風によって、外界からは風に乗った種子が飛来できず、生命樹もここには来ない。
生物はほとんど全ての種類が穴を掘って生活する生態系で、地表でよく見かけるのは一角兎。
グランブルンの大空を遊弋する穴掘大鷲ですら、巣穴は地中に掘る生態だ。
その穴掘大鷲達しか全容を知らないほどのスケールの大きな、大地に刻まれた地溝が随所にあり、そのうちの1本に、奇跡的に川が流れる地溝があった。
切り立った崖は100マトル程の高低差があり、地溝の幅は1ケリー程。
ドワーフの王国、リカーズボトルはこの地溝の底の川縁に在る。
周囲の崖を彫り込む無数の採掘坑とその連絡路が都市内を無尽に張り巡り混然とした町並みは、ただでさえ地形の関係上、日照時間の少ない地域に、余計にやたらと日陰を作り出している。
リカーズボトルをギルビーが出立したのは18歳の時であった。
ドワーフは生来の暗視能力を持ち、洞窟内の作業を厭わない種族である。
しかし一方で、地中生活に適しているかというと、通常の生命体と同様、日照をある程度必要とすることに例外はなかった。
若きギルビーにしても、日陰や洞窟内では火がない限り身体が冷え切ってしまうため、リカーズボトルにおける貴重な日照時間は大好きであった。
しかし王国の若者達の大多数が思うように、もっと存分に日差しを浴びられる環境や、まだ見ぬ土地への興味、彫金師として名を上げる名声欲とグランブルンの過酷な環境などを考えると、故郷に留まる必要性など微塵も見当たらないように思えるのだ。
ギルビーは両親の制止を振り切り、隊商に同道する形でリカーズボトルを旅立った。
それから15年、現在はラナエストの鍛冶屋通りに、工房付きの一軒家を構え、彫金師としても冒険者としても名前が売れるようになり、ラナエストの生活はギルビーの望むものとなった。
気候が穏やかで日差しも良く、酒も食い物も旨い。
冒険者としてギルドでクエストを受け、その報酬を元手に鉱石を買う。
テオストラ鉱床から定期的に供給される鉱石は、自ら採掘に行く時間と労力を天秤に掛ければ充分にお釣りが来るくらい良質で、それらの材料を元に彫金細工をして作品を作り出す。
馴染みの貴金属店に卸したり、酒飲み友達の鍛冶師の作品の仕上げ装飾に協力したり、そのうち自宅でも商品を売るようになって、それは充実した日々であった。
テオストラ鉱床の異変による鉱石の販売停止までは。
鉱石の入手困難により主にパニックになっているのは、品評会を目指している鍛冶職人達であり、ギルビーは品評会とはあまり関わりがない。今回は特に仕上げ細工の協力依頼も無かった。
しかしながら、彫金細工用の原材料までが手に入らないとなると、流石に彫金を生業としている身としては、次第に我慢が効かなくなり・・・・・・王立図書館で文献を調べ、テオストラ以外の他の鉱山の情報を探し、やってきたのがシナギー領の南方にある旧鉱山であったのだ。
四日前に鉱脈を見つけ、無心にツルハシを振るうギルビーの足下には、二日間の成果として、鍛冶師が喜びそうな鉄鉱石の小山と、彫金師としては少し期待はずれな、銀鉱石とミスリル銀鉱石が少量、そして望んでいない、多数の気爆石を封じた小山があった。
気爆石は空気に触れると性質が変わり、内部に含有する可燃性のガスを放出し始める。また、石そのものも火薬となる危険極まりない代物で、坑夫からは忌み嫌われるものである。
対処法は水に漬けるか、土砂を被せるか革袋で密閉するか。幸い、採掘場の一方の壁が、採掘には本来向かない粘土質な堆積岩であり、掘った物はすぐに土砂化するほど柔らかい。これを被せて爆発しないように封じることができたのだが、明らかに気爆石の割合が多い。
テオストラの開発に合わせてここが廃れたというのもうなずけるものであった。
その日も気爆石に十分な土砂を被せ、ついでに腰を降ろす丁度良い椅子代わりにして休憩していた時のこと。
自分のいる部屋の入り口側から複数の足音が聞こえてきたのだ。
『冒険者か?あまり好ましくないが、明かりとさっきまでのツルハシの音でこちらが居るのはもうばれているだろう』
腹をくくったギルビーは、一番価値の高いミスリルの入った袋だけ背負い袋にしまい、如何にも平然と休憩している風を装った。
入り口から入ってきたのは、冒険者の集団だった。
漆黒の金属鎧を着た戦士が二人。先頭の男は40代の鋭い目つきの風貌で隙のない仕草の男であった。左腰に長剣を吊るし、背中に盾を背負っている。もう一人は20代の荒々しい感じの風貌で背中に大剣を背負っている。
その他、革鎧にフード付きマントを着て腰に短剣を差し、背中にクロスボウを背負った男と、黒いローブに杖を持った男は魔法使いか。それともう一人、灰色のローブに身を包んだ杖持ちの、おそらく身体のシルエットからは女性と判断できる人物。集団編成からすると僧侶かもしれない。
ギルビーがそこにいるのをさも驚いたかのように演義しながら、先頭の目つきの鋭い男がにこやかな表情を浮かべて話掛けてきた。
「おお!こんなとこでまさか同輩に会うとは思っていなかったよ。鉱石掘りかい?」
「ワシもここで人に会うとは思わんかった。いかにも、暇つぶしに鉱石掘りにきたドワーフじゃ。ギルビーと言う。」
「私はダルスティン。神託を受けて捜し物をしてこんなところまで来たんだ」
ダルスティンは仲間を振り返り、黒ローブの男と二言、三言交わして向き直った。
「この部屋の奥、そこの壁だ。その奥に我々の探しているものがあるかもしれない。これから掘りたいのだがいいだろうか?」
ダルスティンが指挿した方向は、気爆石に被せるために若干崩した、堆積岩の壁であった。
「ワシが掘っている場所とは違うでな、別に構わんぞ」
ダルスティンはそれを聞くと、若干難しい表情をつくりながら、こう切り出した。
「大変申し訳無いがここでドワーフと会ったのも何かの縁。我々の発掘作業を手伝ってもらえないか?」
全く予想外の問いかけであった。
「ワシになんのメリットがある?」
「正直、我々の求める物は、他人にあまり見せて良い物ではないのだ。できれば人払いをしたい。しかしそれではそちらも納得いかないだろう。一時的にでも仲間になってもらえば、そちらを追い出さずに済むし、発掘も捗り、その分だけ早く我々はここを引き払うことができる。そうすれば、そちらも落ち着いて採掘できるだろう?」
「別にワシはここを離れて他の場所を探しても良いのじゃぞ?」
ギルビーの言葉にダルスティンは一瞬沈黙する。
次の瞬間、どう猛な笑みを浮かべ右手を左腰の剣柄に添えるダルスティンからは強烈な殺気が吹き出した。
「あまり皆まで言わせてくれるなよ、ギルビー。我々と出会ってしまったことで、もう遅いんだよ」
しばしの間、ダルスティンと睨み合うギルビー。やがて、溜息混じりに言葉を口にする。
「良かろう、手伝おうじゃないか」
「そうそう、あきらめが肝心だよ、ギルビー。何、心配いらん、うまくいけば君にはちょっとした報酬と我々と一緒の楽しい旅を提供できると思う」
元の作り物めいた笑顔に戻してダルスティンは仲間の紹介を始めるのであった。
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