015 露天風呂と野営生活
この話は別途連載中の「異世界冒険戦記 ルイン・ブリンガーズ」の前日譚です。
以前投稿していたものを大幅加筆修正してあり、独立して読むことが出来ます。
「ルイン~」を読んでくれた方も、内容にかなりの改編・挿入話がありますので楽しんでいただけるかと思います。
SFもファンタジーも盛り沢山ですがハイファンタジーものです。
異世界冒険譚がお好きな方には是非!
まどろみの中で、レティシアはクアンの目を通した映像と、音声及び文字まで使用した、まるで映画のようなものを見せられていた。シャティル、レド、オルフェル、ミーナ、ギルビー、ミスティ。それらの情報は自分の中に自然と溶け込み理解出来たが、一方で自分が何故眠っていたのか、過去に何があったのかということは思い出すことが出来ず、クアンからの情報として、長い眠りについていた事、記憶障害により憶えていない事等が教え込まれる。
そして、次第に意識はしっかりと覚醒し、あとは起きるだけとなったのだが、クアンがシャティルに、自分の事を話し出したので起きるタイミングを失ってしまったのだ。
皆が驚いて見ると、レティシアがむっくりと上体を起こし、地面に膝を付いて正座してクアンを横目で一睨みする。
「クアンが変なこというから起きるタイミング無かっただけ・・・・・・」
そう言った彼女は、表情を検め、周囲、特にシャティルを中心に見るようにして話し始めた。
「えっと・・・・・・皆さん、初めまして。僕はレティシア・セリエンティスです」
少女にしてはちょっと低めの、幾分少年っぽい声が紡ぎ出された。
少しはにかんで、顔が熱っぽいので頬も赤くなっているのかも知れない。
レティシアはたぶん自分がそう言う状態だろうとは想像したが、夜の帳の中、たき火の練り返しの中では回りには気付かれていないと思いたい。
「今日起こった事はクアンの記憶を通して、夢の形で僕に知らされました。なので、皆さんの事も知ってます」
「レティ、昔の記憶はあるかニャ?」
「昔のことは、クアンが懸念したとおり、覚えてないみたいです。言えるのは名前と年齢だけ・・・・・・あ、僕は16歳です」
「正確には3057年と16歳ニャので、これはボクっ娘ならぬボクお婆さんニャ」
「酷い!・・・あ、今思い出した!クァーツェの中の魔導ブレインの時も、クアンの口と性格は悪かったんだ!大体、何、その取って付けたような猫語は!」
「ゴーレム体を造るに当たって、君の記憶から好みの動物と話し方を選んだのニャ」
「僕の好みぃ!?」
レティシアの顔は今度こそ、皆にも判るように赤くなった。
ここまで黙って聞いていたオルフェルが口を挟む。
「クアン、今、レティシアの記憶から選んだと言ったな。それならば、記憶を失っているというのは?」
「ボクは君らにしたのと同じように、レティがクァーツェに初めて乗った時にレティの魂と記憶はチェックしてるのニャ。今回、レティを目覚めさせる時に再チェックをしたら、そこにずれがあることを発見したニャ。なので記憶喪失の可能性が高いと言ったのニャ。後はさっきまで言ったとおり、レティ自身がきっかけをくれればボクの中の記録から検索して、必要な情報を伝えることが出来るくらいニャ。ボクの中にある記録で、記憶喪失の人を一方的に治すことはできないのニャ」
「なるほどなぁ、大体判った。総合すると、無理に記憶を取り戻す必要はないのかな?君たちがこの時代でどうやって生きていくか、これから考える事はそれくらいか?」
「そうなるニャ。願わくばボクらの時代の敵がいないことを祈るニャ。そうすれば後は普通にくらしたいとこだニャ」
クアンは自分達の敵、偽神がまだ居る事を既に確認しているが、それは言わない事にした。身を隠すには、情報はまだ隠していた方がいい。あの軍勢は油断がならないのだ。
「その敵ってのは?」
「聞けば君らにもリスクがあるので言えないニャ。まぁ、このことは忘れて貰ってて構わないと思うニャ」
シャティルの問いを簡単に返して、あとは誤魔化すためにクアンは本物の猫っぽく伸びをする。
「話せることは大体こんなとこニャ。後は何かあるかニャ?」
クアンが皆を見渡すと、特に追加の質問はないようだった。最後に、この中で一番知識がありそうな、ある意味油断がならないレドの目を見つめてみると。
「まぁ、そのうち研究に色々付き合ってくれよ」
レドがニヤリと笑い、クアンも目を細めてニッと笑うのであった。
話が一段落したところで、シャティル達は中途だった野営準備を仕上げる事にした。
シャティルは薪の追加を集めに行き、ミスティとミーナは所持していた香草や米を使って粥を作り始めている。
ギルビーとオルフェルはキクスイを酌み交わして晩酌を開始。
レドは物質変化系Lv1「整形」で周囲を平坦に均し、寝床を作成している。本来であればこの後テントを張るのだが、生憎自分用のテントしかない。幸い、今夜は天気も良いので、屋根無しでも良いだろう。
来た時はシャティル、レド、ミーナ、オルフェルの4人。
今はそれに、ミスティ、ギルビー、レティシア、クアンと追加して7人と1匹。最初の倍近い所帯になった。
野営用の寝具や大きなテント、かまど、入浴施設など、色々と用意もしくは開発したほうが良さそうだと思いつつ、あれ?この後も皆で行動するんだっけか?と自問する。
特に決まっていないけど、なんとなくそうなりそうな気がするし、そうなったら楽しそうだ。
そんな事を考えながら作業していると、ミスティが近づいてきた。
「レド、少しいいですか?」
「なに?」
「ミーナに聞いたんですけど、魔法でお湯が出せるって・・・お風呂かシャワー用意できません?」
レティシアが身体にスライム状のモノが付いてたので洗いたい、との話で、ミスティもこれまでダルスティンらとずっと一緒のため、しばらく湯浴みしていないのだそうだ。
レドは少し考え、答えた。
「うん。出来るかも知れないな。やってみるか」
「本当ですか!?嬉しいです!」
笑顔で喜んだミスティを見て、やっぱり僧侶としての姿は素じゃないなぁと思うレドである。
レドは、鉱山から運び出した鉄のインゴットを対象に、物質変化系Lv1「整形」の魔法で大きな浴槽を作り出した。
鉄を薄く引きのばした板で囲った、直径1マトル、深さ2アルムスほどの大きな鉄鍋だ。ギルビー達の手を借りて平坦な場所に設置する。
周辺の土砂を「整形」で浴槽の外回りに保温材代わりに吹き付け、後は、水系Lv1「集水」と同Lv3「放水流」の連続使用でお湯を溜めて、風呂場の完成だ。
「囲いはないの?」
ミーナに不満そうな顔で言われるも、整形に使用出来そうな材料がもうあまりない。壁として自立できるだけの量は結構大量なのである。
これで我慢して、とレドは土系Lv2「石の壁」で囲いを作った。出入り口をたき火や鉱山入り口と反対側にする。
女性陣が喜んでお風呂に入りに行き、レドはたき火のそばで晩酌するギルビーとオルフェルを眺めながら身体を横たえた。クアンがとことこやってきて、レドのそばで丸くなる。
「最初の見張り番はまかせたよ。次、俺とシャティルでやるから」
といい、眠りにつこうとして、何か忘れていることを感じる。
あれ?そう言えばシャティルは?とレドが思い出した、その時。
「「「きゃー!」」」
シャティルが薪拾いをしてキャンプに戻った時、目の前には何か小屋のようなものが出来ていた。白っぽい照明はレドが付けた魔法の明かりだろうか。湯気が立っておりレドが風呂でも造ったかと納得する。
しかし、シャティルの正面からは風呂場の出入り口の関係で、湯船とそれにつかる3人の女性達がしっかりと見えてしまった。
幼女?つるぺったんだが身体が小さいながらも曲線を描く輪郭で、シナギーとはいえやっぱり成人なのかと思わされるミーナ。
微乳?ささやかにあるかないかも判らないくらいで、身体のラインも凸凹を感じず、逆に中性っぽい妙な魅力が発生しているレティシア。
美乳?巨まで辿り着かないがゆえの、普段のローブ姿からは予想も付かない良形な胸に、これでもか、という位のたわんだ輪郭なミスティ。
思わず立ち止まって呆然と見てしまい、気付かれた3人が悲鳴をあげた。
「バカ、スケベ!こっち見るな!」
「シャティル、えっちです!」
「僕、三千年生きて、きっと生まれて初めて男の人に裸見られた・・・・・・」
3人がそれぞれ腕を使って自分の胸部を隠しつつ、身体をよじる。
破壊力がさらに増した。
シャティルはすまん!と大声で叫びつつ、ダッシュでたき火へ行こうとして、風呂場入り口から壁側へ走り込み、風呂場の裏手、ギルビー達の居る側に着いてから立ち止まって一息吐いた。
「お主も男よのう?」
「若いってのはいいねぇ」
ドワーフとエルフが赤ら顔でからかってくる。駄目だこいつら、もう酔ってやがる。
「今のは不可抗力だっ!大体、目隠しに壁をもう一つ、造っておけば問題なかったじゃないか!」
と、後半はレドに言うと、ああ、その手もあったか、と相づちを打たれる。
女性陣は女性陣で、最初は驚いたものの、今は、湯船の中でシャティルの初心な反応をくすくす笑っている。それもひとえに囲いの壁があるから安心しているのだが。
レドがようやく、忘れていることに気がついた。
「あ、その石の壁、魔法だから効果時間切れると消えるわ」
丁度、言ったタイミングで壁がスゥッと消え、再び至近距離で遭遇するシャティルと女性陣。
固まった空気が溶けた後、シャティルはたっぷりお湯飛沫を掛けられてずぶ濡れでたき火へ避難するのであった。
夜も更け、仲間達は皆、寝静まっている。
たき火の火を絶やさないように薪をくべ、シャティルは見張り番をしていた。
ミーナ、ミスティ、レティシアの女性陣は寝静まっており、オルフェルとギルビーはキクスイに酩酊してそのままイビキを掻いている。レドも精神魔力を使い果たしたせいか眠ったまま身じろぎもしない。
シャティルは、傍らに置いた“泣き鉈”を見やった。
修行に長年付き合った刀も短剣も最早形を失い、インゴット化されてそれが薙刀に使われていた。しかし、この武器もいつまで持つか。
武闘祭に出場するにはまともな武器が欲しい。切れ味の良い、耐久力の高い、そして自分の技が全て発揮出来る武器が。
オルフェル達の話では最小限の鉄鉱石は手に入ったらしい。しかしレドに寄れば、自分用の武器の材料としてはおそらく適さないだろうと言うことだった。やはり、テオストラ露天鉱床の再開が必要なのではないかと。
そして、刀鍛冶が見つかるのかどうかも重要だ。
祖父ゴードが先行してラナエストの状況を調べてくれているが果たしてどうなることか。
シャティルがそんな事を考えていると、クアンが起き上がりたき火の側にやってきた。こうして歩く様を見ていると、これが作り物の猫型自動人形だなんて信じられないほど、動きが自然だ。
「なんだ起きてきたのか。寝てなくて良いのか?」
「寝てるように見えるのはエネルギー再生循環と情報収集と情報解析をしてるのニャ。本来は寝る必要はないのニャ」
「それで、何か新たに判ったのか?」
クアンは首を縦に振り、シャティルの側に座り込んだ。
「冒険者ギルドという物があるらしいニャ。そこにレティシアを登録させて欲しいニャ。色々なものを見聞き出来るし生活もしていけるだろうし・・・・・・戦闘技術も次第に思い出すだろうニャ」
「彼女は、強いのか?」
「元は解放騎士乗りニャ。今は記憶障害で忘れてるけど、騎士魔法も使えてたし、そのうちまた使えるようになると思うニャ」
クアンの説明に、ほほうと感心するシャティル。騎士魔法が使えていたのであれば、戦闘技術は元々しっかりあるという事になる。
「武闘祭が終われば、そのうち俺はラナエストも離れるかも知れないが、それでも俺と一緒に行動するつもりか?」
「構わないニャ。剣匠との旅ニャらば心強いしむしろ安心、それに面白くなりそうニャ」
そんなんで良いのかよ、と言いつつ、シャティルもまんざらでもない。一人より二人、二人より三人。出来れば、この面子で旅が出来たらもっと面白いだろう。シャティルの口元に笑みが浮かぶ。
「それじゃあよろしくな、クアン」
「こちらこそニャ。剣匠シャティル」
一人と一匹は、その後、空が白むまで雑談を交わすのであった。
翌朝、一行は簡単に朝食を取った。簡単にと言っても、ミスティが持っていた麦で粥を作り、オルフェルが詰んだ香草と、ミーナが朝一で仕留めたヒヨドリを合わせた朝粥である。
なお、レティシアの三千年ぶりの朝食が大丈夫かどうか、レドがクアンに懸念したが、普通に大丈夫な筈だし粥ならば胃にも優しい、との事であった。
飲んだ次の日にも粥が良いんだと爺臭く言うドワーフとエルフの凸凹コンビに、そもそも飲み過ぎるんじゃないとミーナがたしなめて、和気藹々とした一時を過ごす。
その後、レドが鉄鉱石やクアーツェの残した装甲板を、移送の魔方陣を使って自分の研究室に送った後に、一行はミーナを先頭に、前日に来た獣道を戻るのであった。帰り道は藪を切り払う必要もなく、下り坂でもある。一時間程歩くと一行はナギス村へと戻ってきたのであった。
ミスティ、レティシア、クアンはナギス村は初めてであり、また、小人であるシナギー族の生活様式がなおさらに珍しくて興味深いものであったらしい。村内を観光して歩き、中央広場や草小舟の係留してある芝生港等を見学してから、ミーナの実家でもある緑風亭に到着した。
緑風亭では、無事に再会したマッサウとギルビーが喜びあい、結局その日の晩もオルフェルも加えた3人で酒盛りをするのであった。
レドはクアンを部屋に呼んで色々と情報交換をしているようで、女性陣はミーナの自室で女性談話らしい。シャティルは湯浴みを済ますと、前夜が徹夜だったこともあり、ベッドで早々に眠りにつくのであった。
―シャティルは夢の中、真っ白い霧の中を歩いている。
これが夢で、周りは霧だということも判ってはいるが、なぜだかは判らない。
そんな認識の中、シャティルが進んでいくと、やがて、霧の一角だけが晴れて、そこにはかび臭い石造りの部屋が現れた。
入ってきた所は振り向けば木製の扉に変化しており、他の三方の壁は石造りの壁面に本棚が置かれ、ぎっしりと書物が詰まっている。
本棚の上を見ればそれは果てしなく、天井すらも見えず、そして部屋の中央には木製の執務机と、革張り椅子に腰掛けた赤ローブの老人が一人。
老人は先がへなへなに拉げた鍔広の、ローブと同じ赤い帽子を被っており、その顔は深い皺が刻まれた老人であった。白い顎髭をのばした見るからに魔法使い然とした人物である。
その人物は、シャティルに気付くと声を掛けてきた。
「ようやく来おったの、シャティル」
「済まないが爺さんとは初対面だと思うが。あんたは誰だ?」
不遜な物言いは夢の中でも相変わらずなシャティルである。
「儂はタルフィナス。知識の神である」
「はい、そうですかってすぐに信じる程俺は単純じゃねぇぞ?」
シャティルの物言いにタルフィナスは声を上げて笑い出した。
「やはり中々面白い男じゃ。別に信じないならそれでも良い。夢だと思って話半分に聞いておれ。儂からの神託じゃ」
タルフィナスはそう言うと、机の上に開いていた本を閉じ、立ち上がった。
「シャティルよ、お主はこれから、自分の刀剣を手に入れる事になるだろう。しかし、それを手放すか否かの判断を迫られるときが来る」
自分の刀剣を手放す?そんな事があるのだろうかと、思案するシャティル。
「手放せばお主は人として順風満帆な人生を送れるであろう。しかし同時にそれは、最愛の者を失うことに繋がる」
「嫌な人生だなぁ、おいっ」
「持ち続ければその先は茨の道じゃ。最愛の者は守れるかもしれんが、多数の人々の命は失われるであろう」
「どっちもどっちじゃねえかっ!もっとマシな神託はないのかよっ!」
タルフィナスは溜息をついた。
「残念ながら今のところはないな。それに、この神託は目覚めても憶えていられない。その時が来た瞬間にのみ、思い出されるのじゃ」
「もっと意味ないじゃないか!」
「仕方あるまい。こうしていることですら、三千年前に打った布石がようやく反応しただけなのだからな」
三千年という言葉にシャティルはすかさずレティシアの事を連想する。
レティシアや解放騎士の事が何か関係があるのだろうかと。
「一人の不幸な少女の未来が生まれたことには感謝しておるよ。儂は彼女の守護はしてやれぬが、よろしくな」
「言われるまでもないさ。レティシアは俺が守るよ」
「そうか。それならば儂から最後の助言じゃ。これは神託ではないぞ?」
タルフィナスは右手の人差し指を立てて、シャティルを指し示す。
「“出身地”に気を付けるのじゃ。お主のではないぞ」
その助言の意味は、シャティルにはさっぱり判らなかったが、先程の自分の刀剣を手放すか否かについて、シャティルはタルフィナスに言っておくことがあった。
「随分と理不尽な神託だと思ったけどさ・・・・・・騎士魔法ってのはこの世のありとあらゆる理不尽を打ち砕く為にあるんだぜ。だから俺は、どっちも選ばねぇよ。自分が良いと思うものをそれぞれ選ぶさ」
「随分と傲慢な事だな。しかし、その技法はそもそもその為に生み出された技法であり、神々に通ずる技法でもある。今後も精進するのじゃな」
タルフィナスはそう言うと、もう去れとばかりに手を振ってシャティルを追いやり始めたので、シャティルは後ろの扉を開けて部屋を出た。
再び白い霧の空間に踏み込んだシャティルは、そのまま意識を失うのであった―
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