013 剣匠の力
この話は別途連載中の「異世界冒険戦記 ルイン・ブリンガーズ」の前日譚です。
以前投稿していたものを大幅加筆修正してあり、独立して読むことが出来ます。
「ルイン~」を読んでくれた方も、内容にかなりの改編・挿入話がありますので楽しんでいただけるかと思います。
SFもファンタジーも盛り沢山ですがハイファンタジーものです。
異世界冒険譚がお好きな方には是非!
『なんじゃ!?』
ギルビーが訝しむと、ずいぶん堅いな、と呆れる誰かの声が聞こえた。
続いて聞き覚えのある声が呼びかけてくる。
「ギルビーさん!無事ですか!?」
「ミスティ!?無事じゃったのか!?」
鉱山入り口側の通路をちらりと見ると、そこにはミスティの頭が見えた。しかし、身体の大部分はムカデ王の胴体に邪魔されて見えない。
「私が無事だったのか聞いているんですよぉ!今、助けに行きますから!」
ミスティの言葉を聞いてか聞かずか、ムカデ王が無数の足をワシャワシャワシャと動かして、そう簡単には助けさせんとばかりに、ギルビーの回りをぐるぐる回る。
全周囲を囲まれたギルビーは、流石にこれでは助かりそうにないようにも思えたのだが。
「ギルビー!そこから動かないでくれ!」
若い男の声が聞こえると、続いてズバァッと言う切り裂く音と共に、ムカデ王の胴は鋭利に分断された。その威力にギルビーは驚くが、それも束の間、ムカデ王の頭側と尻側がそれぞれビッタンバッタンと悶え暴れ始める。
「ぐぉっ!」
半分に千切れたとは言え、元は10マトルの長さである。それが5マトル(10m)になっても巨大であることに変わりはない。
ギルビーは神経節で反射運動してるだけの尻側の胴体の暴れまくりを受けてしまい、幸運な事にミスティの居る方に弾き飛ばされた。
「いてててて・・・・・・エライ目にあったわい」
「ギルビーさん!良かった!」
ミスティが駆け寄り、すぐに「癒しの手」を唱えてギルビーの痛みを取り除く。
「ありがとうよ、ミスティ」
礼を言いつつ見上げたギルビーは、ミスティの他にもそこにいる面々を見渡した。
たいまつを持っている、自分と同じくらいの背丈の、シナギーの娘がひょこっと顔を出して近づいた。
「ギルビーさんよね?私はナギス村緑風亭の亭主マッサウの娘でミーナ。父があなたのことが心配だって言うので安否確認にきたの。無事で良かったわ」
「おお!そうか、そういうことじゃったか!」
続いて、褐色肌の細くも筋肉質なエルフが膝を付いて鞄から何かを取り出し始めた。左腕の肘から先が赤銅色のガントレットに覆われており、傍らに弓を置いている。
先ほどの攻撃はこのエルフのものだったようだ。
エルフは鞄から水筒を取り出すと、蓋を開けてギルビーに差し出してきた。
「私は鍛冶師で狩人のオルフェルだ。マッサウから頼まれたんだよ。こいつを届けてくれってな」
ギルビーは水筒を受け取った。口元に運びきる前に、強烈な思いも掛けなかった芳香を嗅ぎ取り、驚きと共に口付ける。
「うほぉおおおお!これは!生き返るわい!」
それは、生還したら必ず飲むと決めていた酒のキクスイだった。
「ハッハッハ!そいつは何よりだ。持ってきた甲斐があったものだ」
「オルフェルと言ったな!ありがとうよ!恩に着るぞい!」
ギルビーは立ち上がって残りの二人を見た。暗緑色のローブに左手に棒杖を持った青年が油断なく超巨大ムカデの動向を監視している。青年がチラリとギルビーに目線を移して黙礼した。
「ラナエスト魔法学院の導師、レディアネス・クレイド。レドで結構です」
「魔法学院の若き大天才の噂は聞いたことがあるな。お主じゃったか!」
レドは若干照れながら、ムカデ王に視線を戻した。
そして、薙刀を構えて敵を見据えていた青年がギルビーを見る。
「俺はシャティルだ!よろしくな!」
にっこり笑いかけながら説明不足な自己紹介をするシャティル。
「さっきの攻撃はお主が?」
「ああ」
彼は“剣匠”なんです、とレドが補足する。
その説明は確かに青年が強者であるという内容なのであるが、ギルビーは違和感に小首を傾げた。ミーナがにやりと笑ってギルビーの疑問を指摘する。
「剣匠なのになんで薙刀持ってるのか?って顔してるわよ。ギルビーさん」
「なるほど!違和感はそれか!あ、ところでギルビーと呼び捨てで結構じゃ。して、その理由は?」
シャティルが吐き出すように言い出した。
「細けぇこたぁいいんだよ!元々、刀を新調する必要があって鉱石探しに来たのさ。この薙刀は間に合わせってことだ。」
ギルビーは合点がいって頷いた。
「それよりも、ダルスティンとかザカエラ達はどこだ?」
「あいつらは、奥で捜し物の一部を見つけてな、魔法で帰ったわい」
「置いてかれたの?」
ミーナが言うと。
「いや、最初はワシを連れて行く話だったんじゃが、荷物取りにちょっと離れた時にこの化け物出現じゃ。分断されて、その結果、置いて行かれたんじゃよ」
「やっぱり置いてかれたんじゃない!」
ミーナの突っ込みに、ミスティがクスクスと笑っている。ミスティのそんな笑顔を、ギルビーはそれまで見た事がなかったので、それだけでも、この出会ったばかりの連中は信頼がおけると思えた。少なくとも、ダルスティン達とは雲泥の差だ。
と、そこで、この部屋の危険な状態は猶予ならんとギルビーは気が付き、皆に注意する。
「ともかくじゃ!あの部屋は今、気爆石が多数むき出しになっておる。遅かれ早かれ爆発するんで入るのは危険じゃ!」
「なるほど、そう言うことならあまり圧が高まる前に引火させてしまうか」
オルフェルはそう言い、弓矢を準備した。
弓に矢をつがえギリリと弦を引き絞ると同時に、オルフェルの身体がうっすらと青白く燐光を発する。
「ほう」
シャティルが見たのは、オルフェルが初めて見せる騎士魔法。
弓矢と騎士魔法の相性はそんなに良いものではない。他の武器と違い、弓の剛性に威力が作用されるため、騎士魔法でどれだけ強化しても弓矢の場合は飛距離と威力が伸びるだけでいずれは頭打ちになってしまう。
そのため、シャティルはオルフェルが騎士魔法は使えないものと思い込んでしまっていたのだ。オルフェルも騎士魔法使いではないような振る舞いをしていたのは、切り札として残しておきたかったからではなかろうか。
そのオルフェルが、今、シャティルの前で騎士魔法を使う。
燐光の色から察するに、純化率は結構高そうだ。発現速度も、充分速い。本当は一撃毎に騎士魔法を使えるのだろう、そう思わせる速さだ。
異変を感じたのは、その次だった。
オルフェルの左手から赤い燐光が立ち上り、身体全身を瞬く間に赤い燐光で覆い尽くしてしまう。そして、矢尻の先端に火が点り、熱による熱気なのか、矢の前の空間に陽炎が現れた。
『これは騎士魔法じゃない!』
そうシャティルが驚いているうちに、オルフェルはムカデ王の胴体と気爆石の重なっているところを標的にして、矢を放った。
『秘弓術、竜穿矢』
シャティルは見逃していなかった。放たれた矢はムカデの胴体を貫き、気爆石を撃ったのだが、その前である。
オルフェルの放った矢は、空間を真っ直ぐに飛ばずに陽炎に吸い込まれるように消え、敵の直前で姿を現したのだった。
ムカデ王がいる部屋は爆発と轟音に包まれる。
オルフェルがシャティルをちらりと見て困った顔で言った。
「左手に竜の素材が使われた結果、私の騎士魔法は竜の魔力に喰われてしまうんだ」
背中に冷や汗を感じながらも、シャティルは素直に感嘆する。
「すごいぜ。矢の飛び方も、まだまだありそうだな」
オルフェルはニヤリと返すのみである。
爆発が収まった部屋では、動かなくなった5マトルの尻側と、緩慢とではあるがまだ動ける5マトルの頭側のムカデ王が存在していた。
「とどめは俺が」
そう言ってシャティルがずいっと前に進む。
最初に、ムカデ王の胴体を切り裂いてギルビーを救出したのは、“泣き鉈”で放った、薙刀術の“月輪斬”だった。
とどめの技は何にしよう?と思ったのもつかの間、敵が鎌首をもたげるような体制になる。
ムカデ王は一対の顎角でシャティルを捕らえようと、二度、三度と頭から噛みついてくるが、シャティルは“泣き鉈”でそれら全ての攻撃を真正面から打ち返した。
噛みつき攻撃が通用しないと判断したのか、ムカデ王は今度は鎌首をもたげた状態でタメを作る。
シャティルが油断なく“泣き鉈”を構えると、ムカデ王の口内から何かの液体がシャワーのように吹き掛けられた。
すかさず騎士魔法を発動して、目の前で“泣き鉈”を手元でぐるぐる回し、同時に魔力を放出する。
ヴァンフォート流、長柄術。“魔鏡の構え”
騎士魔法を帯びさせて長柄の武器を回転させ、魔力の平滑面で攻撃を反射する構えだ。
“魔鏡の構え”は、ムカデ王の吐いた液体をそのまま跳ね返して浴びせかけるが、ムカデ王は特にダメージは感じていないようだった。
続いて、ムカデ王は顎角を武器に、再びシャティルを喰い殺そうとして頭から突っ込む。
シャティルは今度は打ち返さず、ヴァンフォート流の基本の通り、敵の全重心が乗った力点を見定め、右の大顎に上段から垂直に“泣き鉈”を振り下ろして打ちつけた。
そして円環の動きに招き入れるように、そのまま右半身に身体を捌き、“泣き鉈”のしのぎを90度返すようにして左後方に受け流す。
ムカデ王はその結果、腹を出すようにひっくり反してしまった。
「終わりにしようぜ!」
薙刀術、“弧月爪”
シャティルは“泣き鉈”を額の前に構え、水平の軌道と右上斜めの軌道の瞬時の二回転斬撃を放つ。
ムカデ王に瞬時に二本の斬撃線が刻まれ、櫛形に切り離されるその身体。
獲物をただ仕留めるのではなく、損傷を優先する破壊技に、しぶとい生命力を見せるムカデ王もこの技の後にはもう動くことは出来なかった。
「討伐完了!」
泣き鉈を振り回し、石突きを地面に打ち立てて決めポーズをするシャティル。
ミーナとミスティが調子よく拍手して、一同は沸き上がるのだが。
時を同じくして別の存在が動き始めた事を、シャティル達はまだ知らない。
“振動感知終了。外部状況を確認します。メルティング終了。 蘇生問題なし。生命チェック完了。搭乗員に異常あり。搭乗時チェックパラメータと現在のシンクロ率98.4%。脳に異常、記憶等の欠損の疑いあり”
戦い終わった広間では、ミーナがたいまつを持ち、オルフェルがムカデ王の顎牙と甲殻を解体する手元を照らしていた。
滅多に出会わない個体であることから、結構貴重な素材になるらしい。顎牙の強度が武具造りにどう活かせるのか思案のしどころだそうだ。
レド、ギルビー、ミスティ、シャティルの4人は、奥の部屋で、ダルスティンらが調べていた礼の石柱を調べていた。
レドが“泣き鉈”に「明かり」の魔法を掛け、シャティルがそれで照らしている。
“外部に生命体反応6、ヒューム3、ドワーフ1、シナギー1、エルフ1。死体反応2。ヒュージ・センチピーデ1、レッドドラゴン1”
「やつらは、ほれ、そこの地面の穴のあいたとこじゃ、そこから、グレートソードを引き抜いて持ち帰ったのじゃ。だが、剣のデザインとしてはスローイングダガーを大きくしたような印象じゃな」
ミスティが足下の丸い石を拾ってその艶やかさを手でなで始め、うっとりしている。
「その丸い石は、あの大ムカデ達がここの地面を喰って養分や魔力を採った後のモノじゃな。つまり、フンじゃ」
慌てて放り出したミスティ。泣きそうな顔をしているのを見てギルビーは大笑いした。
「心配いらんよ。石喰いムカデのフンは他の生き物と違って、綺麗なモノじゃて」
ギルビーは次に、ザカエラが石柱の根本に設置した目的標を拾った。
「これはザカエラがマーカーと言っとったモノじゃが、さて、どうするかのう?」
「まぁ、それがあってもなくても、奴らはここの場所知ってるし、その辺に投げといて構わないと思うよ」
「では放っておくか」
レドの指摘にギルビーはマーカーを放り投げ、続いて、石柱の中央、ノミを掛けた辺りを指さす。
「一定の深さまではノミが入ったがそれより深くは入らん。何か特殊な金属かもしれん。ザカエラは魔力探知で探っておったが」
レドは近づいて観察し、指で触ってみたりして思案する。
「剣があったりしたってことは、これもやはり金属なんだろうか。だとすれば、腐食して堆積物と癒着してるのかもしれないな」
レドは物質変化系Lv3「元素加工」の魔法を使うことにした。触媒は精神魔力のみなので、相変わらず根尽きない限りは自由に使える魔法だ。
成分の詳細は分からないが、目の前の青黒い錆のようなものにイメージを集中し、同じ物質を足下に集めるつもりで呪文を唱えた。
“マジック・キャプチャード。本機は魔法の対象とされています。回避不可。対抗不可”
魔法が発動すると、目の前の石柱全体が淡い光に包まれ、レドの足下にはこんもりとした青黒い錆の山が出来上がる。そして、パラッ、パラッと石片が降り始めてきた。
“魔法効果確認。本機のメンテナンス・クリーニング効果確認”
パラッ、パラッ、パラ、パラ、パラパラバラバラ、ガラガラガラララ!
「あぶねぇ!」
シャティルが叫び、4人は慌てて石柱から距離を取る。
落ちてくる石片が収まりかけたところで、レドが指示を出した。
「シャティル!こいつを軽く叩いて振動を与えてくれ!」
シャティルはレドに言われるまま、泣き鉈の柄で石柱を二度、打ち据えた。
カァーーン!カァーーン!
高く澄んだ音が響き、石柱からさらに石片が激しく剥がれ落ちた。
“打音点検中と推測。敵対勢力の可能性低下”
程なくして、シャティル達の前に現れたモノは。
白銀色に輝く、騎士が纏うような重金属鎧。
ひざまずくような姿勢だが右膝から下はなく、右側に傾いた状態で、右手を地面に突いて身体を支えていたと思われる姿勢だ。
しかし、今は右の肩口から先は存在せず、肩口には何かの金属を組み合わせたようなモノが見えていた。
肩から上はこれまで岩に包まれて天井とつながり柱状を成していたが、石片として剥がれ落ちた結果、現れたのは左腕と頭部だった。
左腕は上に真っ直ぐ伸び、天を支えるかのような、いや、天から来るモノを拒んでいるかのような姿勢で、頭部が上を見上げている。
それは、立ち上がれば全長4マトルにはなりそうな巨人騎士の彫像に見えた。
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